物質・材料研究機構(NIMS)は12月20日、固体表面や生物中におけるセシウムの分布を蛍光により可視化できる「超分子」材料を開発したと発表した。

成果は、NIMS 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 超分子ユニットの森泰蔵博士研究員とジョナサン・ヒルMANA研究者らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、2013年1月に科学雑誌「Science and Technology of Advanced Materials」オンライン版に掲載される予定だ。

東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故により多くの放射性物質が飛散し、福島県を初めとする広い地域が汚染された。事故直後は放射性ヨウ素同位体である「ヨウ素-131」が検出されたものの、半減期が約8日と短いため徐々に減少し、現在は半減期の長い放射性セシウム同位体が検出されている。

一方、「セシウム-137」は半減期が約30年と比較的長いため、今後も主な放射線源として存在し続けるため、問題視されている。そのため、政府も放射性物質により汚染された地域の除染を計画・実施しており、すでにさまざまな除染技術が開発されてきたが、それらを導入するにしても、もし放射性セシウムの分布を可視化することができれば、作業の効率向上を実現できることから、さらなる汚染物質の削減につながることが期待されていた。

こうした可視化を目指し、文部科学省は航空機によるスクリーニングを実施し、広い範囲での空間線量率の分布状況、放射性セシウムの沈着状況を調査しており、また自治体や民間などが空間線量計などを用いて各地域の放射線量の測定も行っている。ちなみに放射線量は均一に分布するのではなく、放射性物質が集積し、局所的に放射線量が高くなったホットスポットが存在することが知られている。しかし従来の放射線測定器では、このホットスポットを特定するのは容易ではなかった。

そこで現在、産学官が協力し放射性物質を可視化するカメラの研究開発が進められており、これまでにも、空間線量の高低を測定できる東芝製の「ポータブルガンマカメラ」や宇宙航空研究開発機構の「超広角コンプトンカメラ」を基に、放射性物質の分布状況を可視化できるカメラが開発されてきた。

しかし、これらのカメラは高価なため、広く一般で使用することはできない。また、既存の放射線測定器よりも分解能が高く、数100~数mの空間にある放射性物質の分布を可視化するのには適しているが、それより小さな領域で使用するには不向きだ。

数cmから数μmのごく狭い領域の放射性物質、特に放射性セシウムの広がりを目で確認できれば、安全で、安心した生活を送ることができる。セシウムは通常自然界には多く存在しないため、放射性セシウムでなくとも、セシウムそのものを見つけることが汚染物質の検出に有効であると考えられるためだ。

そうした中でNIMSが開発したのが、「超分子相互作用」を利用してセシウムを検出する蛍光プローブだ。画像1に示されているように、この蛍光プローブはセシウム存在下のみで緑色の蛍光を発する。固体表面に存在するセシウム粒子の位置を目で確認でき、汚染された箇所のみを取り除くことができるというわけだ(画像2)。

画像1。セシウムを検出する蛍光プローブの分子構造と蛍光メカニズムおよび蛍光スペクトル

画像2。土壌中やろ紙上のセシウムを可視化

このプローブは、蛍光を発する「フェノール誘導体」に「エチレングリコール鎖」を介して「ニトロベンゼン」が接続された分子構造を有している。環状につながったエチレングリコール鎖は「クラウンエーテル」と呼ばれ、その径に応じたナトリウムやカリウムなどの金属イオンを内包することが知られている。

こうしたクラウンエーテルのように、構造に応じてほかの物質と相互作用する分子のことを超分子と呼ぶ。今回の蛍光プローブのエチレングリコール鎖の長さはセシウムを選択的に取り込むように調節されている。また、セシウムを内包した時のみ、フェノール誘導体は緑色の蛍光を発する仕組みだ。

セシウムとよく似た化学的性質を示すが、イオン径の異なるナトリウムやカリウムの場合、画像1にあるように蛍光プローブは緑色ではなく青色の蛍光を示すことがわかっている(写真は緑というより水色に見えるが、スペクトル的には緑色の範疇に入る)。つまり、今回の蛍光プローブはセシウムを選択的に内包し緑色の蛍光を発することが明らかになったのである。

具体的な検出法を示したのが画像2だ。セシウムを含む土壌に蛍光プローブのアルコール溶液を噴霧し紫外線を照射すると、セシウムを含む土壌だけが緑色に光る。緑色の蛍光により土壌中の汚染箇所を容易に目で見て特定でき、汚染された土壌のみを簡単に除去できることができたという。これにより、汚染廃棄物の削減が期待できるというわけだ。

また、ろ紙の上に散布された数mmから数100μmのセシウム粒子も同様の手法で緑色の蛍光を示し、その位置を視覚的に特定できることがわかった。つまり、数cmから数μmのごく狭い範囲に分布するセシウムを可視化することができたのである。

スギ花粉などの粒径40μm以上の粒子であれば目視が可能だ。10cm2の土壌に付着した粒径40μmのセシウム-137を可視化できれば、居住禁止区域に相当する300~3万kBq/m2の放射線濃度を検出できる計算になる。

さらに、実験では植物中におけるセシウムの蓄積挙動の観察も行われた。ひまわりの切り花を炭酸セシウム水溶液に数日間浸してから真空凍結乾燥して、その茎断面に蛍光プローブのアルコール溶液を噴霧し紫外線を照射すると、緑色に発光した(画像3)。

水や炭酸カリウム水溶液に浸したひまわりは緑色の蛍光を示さかったという。つまり、蛍光プローブを用いることで、ひまわりが吸収したセシウムの分布を目で観察できたのである。放射性でないセシウムでも、同様の手法で拡散・蓄積挙動を視覚化可能だ。

画像3。ひまわりの茎中のセシウムの分布を可視化

画像4に示されているように、測定スケールに応じて航空機によるモニタリングや放射線量測定器、放射性物質を可視化できるカメラ、そして今回の研究で開発された蛍光プローブを使い分けることで、放射性セシウムによる汚染状況をより細かく把握することができるようになる。

画像4。スケールに即した測定方法でセシウム分布を把握する

また、蛍光プローブとNIMSで開発したセシウム吸着材とを組み合わせることで、除染作業の効率化が期待されるという。特に、蛍光プローブは数cm以下の小さな領域におけるセシウムの分布状況を把握するのに適している。

さらに、放射性でないセシウムを用いることで土壌や食品、生体などの試料中におけるセシウムの分布状況を安全かつ視覚的にも観察可能であり、これによりセシウムの拡散・蓄積過程の解明につながることが期待されると研究グループはコメントしている。