名古屋大学(名大)は、商業的に使用されたすべてのアスベスト繊維(石綿)による「中皮腫」発がん過程において、「鉄過剰」が主要な病態になっていることを発見したと発表した。

成果は、名大大学院 医学系研究科 生体反応病理学の豊國伸哉 教授と蒋麗 研究員らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間8月3日付けで英国ならびにアイルランド病理学会誌「The Journal of Pathology」電子版に掲載された。

工業製品への応用が非常に魅力的な物質も、時には人間の健康への脅威となることがある。その1つにアスベスト繊維(石綿)がある。アスベスト繊維は「奇跡の鉱物」といわれ、同時に採掘量は少なかったが国内にも多数のアスベスト鉱山が存在したことなども手伝って、日本においてこれまで合計1000万t以上が使用されてきた。

ところが、アスベスト吸入から30~40年後に肺がんや悪性中皮腫が引き起こされることが明らかとなり、アスベストは現在では「静かな時限爆弾」として恐れられている。

中皮腫(悪性中皮腫)は、肺や腹腔内臓器を覆っている中皮細胞由来のがんだ。今後中皮腫罹患者は増え続け、2025年をピークとし、今後40年間に日本だけでも10万人以上が死亡すると試算されている。現時点で治療法は模索の段階であり、極めて早期に発見されなければ治癒は難しい。

これまでWHOの報告書によれば、青石綿(クロシドライト)は白石綿(クリソタイル)にくらべて500倍の発がん性があり、茶石綿(アモサイト)は白石綿にくらべて100倍の発がん性があるとされている。白石綿は青石綿や茶石綿に比べれば発がん性は低いが、現在でもカナダ、ロシア、ブラジル、そしてアジア諸国などで未だに市場が形成されている状況だ。

これらの発がん実験は70~80年代によくされていたが、今回、すでにアスベストに曝露された人に関して予防法を探索するため新たなテクノロジーを使用して、この3種類のアスベストの発がんを再評価。そして、下記のような新知見が得られたのである。

実験は、商業的に使用された3種類のアスベスト(白石綿、青石綿、茶石綿)の標準品10mgを、ラットの腹腔内に投与するという単純なモデルで行われた。このモデルではアスベストがただちに標的細胞である中皮細胞に接触することになる。

すると、最終的にほぼすべてのラットで悪性中皮腫が発生したが、白石綿による発生が最も早期であり(50%発生、1年3カ月)、青石綿と茶石綿は同等の結果で白石綿の5ヶ月遅れであった。

鉄は必須栄養素であり成人1人あたり4g含まれ、その60%は赤血球中の酸素運搬タンパク質ヘモグロビンの構成成分として存在する。ところが、鉄は価数を変える遷移重金属であるため、過剰になると活性酸素を発生する化学反応の触媒として作用してしまう。

その触媒作用を増強する薬剤をラットに投与したところ、どのアスベストに関しても、中皮腫の発生が有意に早くなるのが確認された。このことは、アスベスト発がんに過剰鉄が関与している1つの証拠である。

さらに、周辺臓器の鉄含有量の測定も行われ、すべてのアスベストで顕著な鉄沈着が認められた。白石綿の場合は、赤血球の破壊(溶血)とそれに伴う内容物の繊維表面への吸着が病態に関与するものと推測している。

発生した中皮腫を、マイクロアレイ技術を利用した「アレイCGH法」で解析すると、ほとんどすべての腫瘍で「Cdkn2a/2b(p16/p15)がん抑制遺伝子」の「ホモ欠損」が認められた。このゲノム変化はヒトの中皮腫においても高頻度に認められるものであり、これまでに過剰鉄による発がんとの関連が報告されている遺伝子変化である。総じて、すべてのアスベストによる発がん過程において、「鉄過剰病態」が重要であることが明らかになった。

今回の研究では、完成した中皮腫のゲノム解析からは、原因となったアスベスト繊維の同定は困難であることが判明したが、その一方、すべてのアスベスト発がんで局所の過剰鉄病態が確認された形だ。この事実は、すでにアスベストに曝露された人々で中皮腫予防戦略として使用できる可能性がある。

白石綿は、中皮細胞に到達すると予想以上に早期に発がんを起こす。空気中から胸膜に到達する経路の評価は別途必要ではあるが、白石綿に関するこれまでのデータを再検討する必要があると考えられるという。肺気腫などにより気胸が発生した場合には、気道と胸腔がつながるので、特にリスクを考慮する必要があろう。

また研究グループは現在、過剰鉄の制御による中皮腫予防の動物実験を施行中だ。白石綿に関するこれまでのデータを再評価し、肺がんなどへの影響も考慮していく予定としている。

アスベストから発がんに至るまでの流れ