IGZOの現状とRetina - なぜ第3世代iPadは「IGZO」を採用できなかったか

AppleがiOS端末でRetina Displayを全面採用したのを皮切りに、業界全体で急速に液晶ディスプレイの高精細化が進みつつある。Windows 8もまたRetinaのような高精細ディスプレイへの対応を打ち出しており、2013年以降はミッドレンジ以上のモバイル/PC製品ラインで従来比1.5~2倍の解像度を持つ液晶ディスプレイが幅広く採用されることになるだろう。特に高精細化と低消費電力駆動に対応したIGZOを持つシャープでは、今後3年でこの傾向がより顕著になると分析している(写真13、14)。中でもモバイル用途においてはバッテリ駆動時間が最大の命題の1つとなっており、これを大きく改善する技術としてIGZOが重要な役割を果たすと考えているようだ(写真15)。

写真13、14 シャープによる今後3年間のタブレット/携帯電話の画面解像度推移。より高精細化が進むと予測している

写真15 現在のモバイル端末におけるバッテリ電力消費は、バックライトやパネル駆動にかかる電力が多くを占めている

IGZOの応用範囲は広く、先日の内覧会ではそのサイズとして、4.9~6.1インチの携帯電話向け、10~11インチのタブレット・ノートPC向け、32インチのデスクトップ向けなどが確認できた。またIGZO自体はTFTを構成する技術であり、そのまま有機EL (OLED)ディスプレイにも応用できる。内覧会でも参考出展として、13.5インチサイズのQFHD有機ELディスプレイのほか、折り曲げ可能な3.4インチのフレキシブル有機ELディスプレイなどが展示されていた。ただ、有機ELの「低消費電力」「高輝度」といった特徴の一部はIGZOベースの液晶ディスプレイで実現されており、そこに有機ELの技術をすぐ必要とするものではない。前述の大画面化と合わせて、IGZOの今後のポテンシャルを示すという意味が大きいだろう。

写真16 シャープが参考出展した新IGZO採用のモバイル端末向け液晶パネル。実際にはカスタマイズに対応するため、サイズと解像度はこの限りではないらしい

写真17 新IGZO+有機ELパネルを使ったフレキシブルディスプレイ。バックライトを使用せず自発光を採用している有機ELパネルだからこそ可能な、薄型で折り曲げ可能なパネルだ

写真18 こちらは新IGZO+有機ELパネルを使った13.5インチのディスプレイ。IGZOの特性の多くはそのまま有機ELでも有効だ

写真19 IGZO技術を使うと、このように額縁の面積が少ないパネルを製造することも可能

RetinaとIGZOはどちらもユーザーにメリットをもたらすものであり、端末メーカーにとっても差別要因の1つとなるため、可能な限り採用を進めたいはずだ。それにも関わらず高精細ディスプレイ採用が長年にわたって進まなかった理由が「コスト」にある。製造量の少ない製品は高コストになりがちで、ハイエンドのみの採用に偏りがちな高精細ディスプレイは大きなコスト増要因となっていた。また高精細になるほど歩留まりが落ちる問題もあり、これらが採用のハードルとなっていたといえる。だがAppleでは一度採用が決まればMacBookの製品ラインで少なくとも数百万台、さらにiPadであれば数千万台、iPhoneに至っては億に近いオーダーを期待できる。これにより製造コストの問題はかなり吸収され、あとは「歩留まりを上げる技術」だけが問題となる。だが実はこの「歩留まりを上げる技術」という部分にキモがあり、これが新型iPadでIGZOを採用できなかった遠因でもあると筆者は考えている。

写真20 2011年に販売されたiOSデバイスは1億7,200万台。この販売台数が製造コスト増を吸収する(2012年3月のスペシャルイベントのKeynoteビデオより)

Appleは2010年春にiPadを発売した際、製造問題から供給が十分に行えず、当初の販売国を米国のみに絞ったほか、その米国でも数量限定販売という非常に厳しい状況を味わった。製造問題の原因となっていたのはLG Displayが供給する液晶パネルの歩留まりが上がらなかったことで、これが製品全体のタイトな供給につながっていたというのが定説だ。以後、Appleは基幹部品の多くで「マルチソース」と呼ばれる複数の供給先から調達する方式を採用し、安定供給が可能な方策を目指している。液晶ディスプレイも例外ではなく、このiPadでの教訓からiPad 2の世代では少なくともLGとAUOの2社から調達を行っており、同製品後期から第3世代iPadにかけてはこれにSamsungとシャープを加えた3社以上の体制を整えたとみられている。

噂レベルでは当初、2012年に登場する新型iPadにはIGZOディスプレイが採用され、供給元はシャープになるとの話が広がっていた。だが蓋を開けてみれば、第3世代iPadのディスプレイ供給は前述のようにSamsung、LG、シャープの3社体制となっている。この理由は明らかで、マルチソースでない場合に特定部品の供給がボトルネックで製造トラブルを抱える可能性があり、もしシャープの製造が滞った場合、第3世代iPad全体の製造問題を引き起こしてしまう。この懸念はは現実となり、Samsung自らが公言していたように第3世代iPadの初期ロットはSamsung製パネルを採用した製品になり、残り2社のパネルが含まれるのはセカンドロット以降ということになった。推察できる範囲では、歩留まり等の問題によりシャープの製造が当初のAppleの要求水準に追いつかなかったことが原因と思われる。

写真21 第3世代iPadの発表前、シャープ供給のIGZOを採用するとの噂が飛び交ったが、最終的にはSamsung、LG、シャープの3社がディスプレイデバイスを供給している

第3世代iPadでIGZOが採用できなかった結果、この製品はやや"いびつ"な設計にならざるを得なかった部分がある。それは従来比で7割増のバッテリを搭載しながら、駆動時間が従来よりもやや短いという点だ。その原因は2つあり、Retina採用によりプロセッサのGPUを強化して高解像度表示の処理能力を向上させなければならなかったことと、そして従来技術のまま高精細ディスプレイを実現したことで開口率が下がり、バックライトの輝度を上げなければならなかったことだ。

前者についてはRetinaを採用する以上、宿命的なもので仕方がない。iPhone 4/4Sではもともとの解像度が低いため問題とならないが、第3世代iPadでは2,048×1,536ピクセルとフルHD (1,920×1,080ピクセル)よりも解像度が高いため、それ相応の処理能力を必要とする。おそらくは、一部で報告されていた異常発熱もこのGPUに起因する問題だとみられる。

そして従来のa-Siベースのまま液晶パネルの解像度を上げたことで開口率が落ちる問題については、それを補うためにバックライトの輝度を上げ、表示の見やすさを確保しているとみられる。輝度を上げるということはそれだけ消費電力が上がり、バッテリ寿命を直撃する。第3世代iPadではバックライトの光源が従来の1つから2つに増やされたことが報告されており、これが結果としてバッテリ消費を早くし、追加のバッテリ容量を搭載するために重量・厚みの増加につながったと推察できる。筆者の周辺にも第3世代iPadの発表当初、「IGZOが間に合わなかったことで発売直前に急遽設計を変更した可能性がある」という話が聞こえてきていたが、その根拠となるのがこれだ。

またマルチソースでパネルを調達した結果、Samsung製とLG製は従来型のパネルだが、シャープ製のものはIGZOになるという混成状態となった。どのロットにあたるかをユーザーが選んで購入することはできないが、想像するにIGZOパネルを搭載したロットでは他の2社のパネルを搭載した液晶と比較していくぶんか"明るい"液晶となっているはずなので、調整のために輝度をわざと落として運用されている可能性がある。

まとめ――問題はやはり供給能力

ここまでAppleが展開するRetina Displayへのシフトとその最新デバイスであるIGZOの概要をみてきた。IGZOの適用範囲は広く、従来の液晶ディスプレイをそのまま置き換えるだけのポテンシャルがあり、しかも生産効率は従来とほぼ同等のため、供給も比較的潤沢に行えるとみられる。有機ELへの応用も可能で、フレキシブルパネルを使った屋外広告など、薄膜トランジスタ(TFT)を用いたさまざまな応用分野が考えられる。そして特にRetinaに代表される高精細液晶ディスプレイ分野ではそのメリットを存分に活かすことができるため、台風の目となる技術だろう。

一方で、それでも問題はやはり供給の問題になってくくる。IGZOの供給がシャープ1社に絞られた場合、いかに製造能力が高いといっても、Appleのように数千万から数億単位のオーダーを捌くだけの製造能力は確保できない可能性があり、シャープの製造能力が製品供給のボトルネックになる可能性は否定できない。この点が今後の課題だろう。

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