京都大学などの研究グループは、ビールの醸造に必要なホップの苦み成分を作り出す遺伝子を発見したことを発表した。同成果は、同大生存圏研究所の矢崎一史教授、同大学院生 鶴丸優介氏、キリンホールディングス、徳島大学らによるもので、英国の生化学専門誌に掲載された。

ビールにおけるホップの役割は、「ビール特有の苦みを与える」、「香りを与える」、「醸造中の雑菌に対する殺菌作用」、そして「泡持ちを良くする」といったものがあり、このうち、苦味はビール特有の味を出すために絶対といって良いほど必要なものでアルコール・フリーのビールにもホップが使われ。商業用として世界で約80品種が栽培され、ドイツのハラタウ、チェコなどがヨーロッパの産地として有名である。

ビールの苦味の本体であるホップの苦味成分(苦味酸)はポリフェノールの仲間で、アサ科のホップという蔓植物の雌花中にできる「ルプリン」と呼ばれる黄色い粉上の組織の中に特異的に貯まる。特殊な化学構造をしており、大きくα酸とβ酸に分けられ、α酸にはフムロン、β酸にはルプロンという英名が与えられているが、いずれも、フロログルシノールという単純なポリフェノールにプレニル基という「ヒゲ」が2つないし3つ結合した化学構造を持つ構造となっている。フロログルシノール自体にはこのホップ特有の苦味はないため、このプレニル基の「ヒゲ」が味にとって重要な役割を果たしていると考えられてきたが、このヒゲがどのような酵素によって母核につけられるかはこれまで未解明のままであった。

今回、研究グループは、「キリン2号」という品種に対して網羅的な遺伝子解析を行い、独自に蓄積した植物酵素のたんぱく質情報とコンピュータを使って候補遺伝子HlPT-1を絞り込んだという。その後、HlPT-1を昆虫の細胞を使ってたんぱく質にし、その酵素活性を証明。その結果、フロログルシノール類を基質として、プレニルのヒゲをつける酵素活性(プレニル化活性)が認められたほか、この酵素たんぱく質が数種類あるフムロンやルプロンの類似化合物を基質とし、最初のプレニル基をつける反応を司る「鍵」酵素であることが判明したという。

また、ホップの中のはプレニル化フラボノイドのキサントフモールという抗がん成分があるが、それを作る酵素反応も、このHlPT-1が行うことも判明した。植物の同類酵素で、このような広い基質特異性を持った酵素は珍しいという。

今回の成果を受けて研究グループでは、ホップの苦味成分は抗炎症作用や、血管新生抑制作用、細胞増殖抑制作用(いずれもがん組織の生長を抑える)が知られ、ヒトの健康維持に役立つ植物成分として注目されており、HlPT-1はキサントフモールの生産も担っていることから、こうした植物由来の抗腫瘍性成分の効率的生産に役立つことが期待されるとしている。

また、逆の用途として、こうした苦味成分やキサントフモールのような活性成分を含まないホップを生産させることも可能となるため、女性ホルモン様作用を有する8-プレニルナリンゲニンが多く含まれる新しいホップ品種の作出も期待できるという。

このほか、ホップは雄雌が別の植物であるため、品種改良に交配が必要となるが、雄株がこうしたプレニル化成分をたくさん含む優良遺伝子を持っているかどうかは、掛け合わせた子孫を作らないとこれまで分からなかったという課題に対して、ホップの優良な雄株あるいは交配株の品質を評価する遺伝子マーカとしての利用することで、新しい味のホップの選抜やビールの新製品開発にもつながる可能性があるという。