横浜市立大学などの研究グループは、大麦に多量に含まれるヒト血漿中のコレステロール量を下げる機能性ステロール「スティグマステロール」の産生を制御する遺伝子を突き止め、小麦で機能性ステロールを増量する技術を開発した。同成果は同大 木原生物学研究所の荻原保成教授、唐建偉 特任助教、川浦香奈子 助教、村中俊哉 客員教授(現 大阪大学教授)らの研究グループと、理化学研究所植物科学研究センターの大山清研究員らによるもので、米国科学雑誌「Plant Physiology」に掲載された。
大麦には機能性物質が多く含まれているが、加工適正が悪く、十分利用されているとはいえないのが現状である。一方、小麦は加工適正に優れており、さまざまな食品に利用されているが機能性成分は大麦と比べると劣ってしまう。一般に広く用いられているパン小麦には、交雑育種で作成されたDNA組み換えでない大麦の7対の染色体を1対ずつ導入した系統が存在しており、研究グループでも、これらの大麦染色体導入小麦を用いて、大麦の持つ機能性物質を小麦で利用することを目指した研究を行ってきた。
植物ステロールは、メバロン酸経路を経て生合成され、モデル植物であるシロイヌナズナでは、この経路の大要が近年明らかにされた。
機能性ステロールであるスティグマステロールは、シトステロールからCYP710Aの働きにより生合成され、ムギ類の実生で植物ステロール分子をGC-MSで測定してみると、大麦では、乾重量あたり小麦の約2倍のスティグマステロールが含まれている。
大麦染色体導入小麦において、スティグマステロール量を比較解析したところ、大麦3番染色体(3H)を導入した系統でのみ小麦親系統の約1.3倍の増加がみられたという。これは、スティグマステロール生合成に関連する遺伝子がオオムギ3H染色体に座乗することを示唆するもので、シロイヌナズナの植物ステロール生合成経路に関連する遺伝子の発現量をDNAマイクロアレイをもちいて網羅的に解析してみたところ、スティグマステロールの産生を触媒するCYP710A遺伝子の発現が3H導入小麦系統で上昇していることが確認されたほか、ステロール生合成経路の途中にあるDWF5遺伝子の発現も上昇していることが確認されたという。
小麦は異なるゲノムを組み合わせた異質倍数体で進化してきたことを特徴としており(パン小麦は、異質6倍体であり、ゲノム式としてAABBDDと表記される)、A、B、Dゲノムおよびオオムギ3H由来のDHF5、CYP710A遺伝子をクローニングし、3A、3B、3D、3H染色体に座乗することが確認された。
これらの遺伝子をそれぞれシロイヌナズナに導入して、ステロール量を測定した結果、CYP710A遺伝子を導入した場合にのみスティグマステロール量が増加していることが確認され、パン小麦においてCYP710A遺伝子を増加させると機能性ステロールであるスティグマステロールを増量できることが明らかとなった。
パン小麦(CS)と大麦(Betzes)、大麦染色体導入系統の実生におけるステロール含有量の比較。7種類の大麦染色体導入系統のうち、3Hを導入した系統で機能性ステロールであるスティグマステロール量が約1.3倍に上昇していた |
今回の成果により、大麦染色体導入小麦をもちいて、大麦の持つ機能性物質をパン小麦に取り込むことが可能となるというほか、大麦染色体導入小麦系統の解析により、機能性物質生合成関連遺伝子を効率的に解明することが期待されると研究グループでは説明している。
なお、小麦には、関連遺伝子の異種染色体座乗領域を従来の交雑育種法により、ゲノム内に取り込むシステムがあり、異種ゲノムが持つGABAなどのアミノ酸関連物質、抗酸化物質、神経性物質関連遺伝子を小麦に導入することで、日常的に食べる健康食品としての小麦の活用が期待できるようになるとも研究グループでは述べている。