大型ディスプレイ向け映像コンテンツ制作・配信・運営管理を行うピー・ディー・シーは、大阪駅のリニューアルに合わせて、同駅エリア内で229台のデジタルサイネージシステムの構築に携わった。2001年にパナソニックのベンチャー支援制度により設立した同社は、デジタルサイネージシステムの大型案件を相次ぎ受注し、この分野における存在感を高めている。今回、代表取締役社長を務める菅原淳之氏に同社の取り組みについて聞いた。

ピー・ディー・シー 代表取締役社長 菅原淳之氏

--ピー・ディー・シーの概要から教えてください。--

菅原: パナソニックの社内ベンチャー制度「パナソニック・スピンアップ・ファンド」によって、2001年10月1日に設立しました。この制度は、パナソニックの中村邦夫会長(当時時社長)が、パナソニックに関連する事業であるという前提の下、将来の成長が見込まれるが、その時点では事業規模が小さく、パナソニックの内部で取り組むには適さないものなどを対象に、ベンチャー企業として別会社化し、インキュベートする仕組みとして開始したものです。

私自身、当時は大型LEDディスプレイの営業を担当しており、将来、大型化したプラズマディプレイパネルや液晶パネルの価格が安くなり、業務に使用されるだろうが、ハードウェアメーカーのパナソニックではそれらを活用したソリューションまで手が回らないだろうと考えていました。さらに、有機ELや電子ペーパーの登場などによって、紙に置き換わるような新たなビジネスも考えられます。

このようにパネルを利用することで生まれる新たな価値提案を行い、ディスプレイの活用を支援するビジネスを行うのがピー・ディー・シーということになります。ディスプレイを生産、販売するのはあくまでもパナソニックであり、私たちは、ソリューションを提案する企業というわけです。

--今、デジタルサイネージは大きな注目を集めているビジネスです。早い段階から、いいところに着目しましたね。--

菅原: 今だからそう言えますが、当初は資本金の2億円を食いつぶしそうなところまでいきましたよ(笑)。当社が最初に取り組んだのは、広告モデルによるデジタルサイネージ展開でした。東京メトロ新宿駅の地下道に自腹で10画面ものディスプレイを設置して、広告モデルで展開しようとしたのですが、通行人の反応はいいのに、広告代理店がこのビジネスに難色を示しました。

月々200万円程度の設備投資をしたのですが、まったく回収できない。パナソニックの宣伝部からも、広告代理店が首を縦に振らない限り、ここには広告を出せないと言われ、まさに孤軍奮闘の状態です。2年ほど続けたものの、1億8,000万円ほどの赤字となりました。正にギリギリの状態です。

しかしここで、もう1つの柱として地道に取り組んでいたソリューション型提案で成果が出始めてきました。もともとこの事業は小さいながらも黒字となっており、コンテンツ作成のノウハウや、スケジュール管理を伴ったコンテンツ配信の仕組みなども構築できるようになっていました。この仕組みが、2003年4月にグランドオープンした六本木ヒルズで採用され、当社の事業に注目が集まるようになったのです。

六本木ヒルズのHILLS VISIONでは、200台以上のディスプレイに対して、六本木ヒルズの基本情報、店舗案内、イベント案内、ニュース、天気予報、スポンサーCMなどを配信。来街者に的確に情報を提供する仕組みが高い評価を得ています。実は、先ほど、広告モデルでは大きな赤字を生んだと話しましたが、この経験が六本木ヒルズでのシステム運営に生かされています。

東京ミッドタウンでの導入事例

どうすれば媒体価値を上げるコンテンツが作成できるのかといったことから、空き枠が生まれた時はどのように対応すると効率的かといったことまで、さまざまな運営ノウハウが蓄積されていましたから、他社にはない提案ができたのです。自らがデジタルサイネージを運用するという、顧客の立場に立って仕事をしてきた経験が生きたと言えます。

--ピー・ディー・シーでは早い段階から、クラウド・コンピューティング型の独自情報配信システムを提供していましたね。--

菅原: 設立から約5年は、パナソニックの情報配信システムをライセンス方式で利用していましたが、2006年に独自のデシタルサイネージシステムとして「HAI」を開発しました。HAIを導入すると、PCのブラウザからアプリケーションを利用でき、さらに専門知識を必要とすることなく、映像コンテンツなどを登録できるのか特徴です。

コンテンツを登録すれば、自動的に放映スケジュールが生成され、自動的に配信・放映が可能になる。現場の担当者が、インターネット上で会議室を予約するのと同じような感覚で、コンテンツを配信できるようになるのです。しかも、これを月額方式で利用できるようにしましたから、初期の投資コストも大きく削減できる。デジタルサイネージの活用を加速するトリガーになったと言えます。

HAIは、TSUTAYAが2007年から全国規模で導入し、最新の作品映像やキャンペーン情報などを、TSUTAYAの本部から店舗のディスプレイに一括配信できるようになっています。現在、複合商業施設、銀行、電鉄、空港、自治体など、約5,000ヵ所で当社のシステムが利用されていますが、そのうち3分の1程度がHAIです。また、HAIはOEMも行っていますし、今後はHAIを活用した映像配信サービスが増加していくでしょう。

--導入事例として、ほかにはどのようなところがありますか。--

菅原: 羽田空港の第一旅客ターミナルビルや東京ミッドタウン、キャナルシティ博多、コレド室町やコレド日本橋、タリーズコーヒーのほか、静岡市のまちなかコミュニケーションサイネージ、三洋電機加西工場のグリーンエナジーパークなどの行政や企業内利用の例もあります。また、ユニークなところではJR東日本が展開している次世代自動販売機でも当社の技術が活用されています。

三洋電機加西工場におけるgreen energy parkでの導入例

JR東日本が展開している次世代自動販売機

最近では、今年5月に開業した大阪駅におけるデジタルサイネージシステムがあります。ここでは、大阪ターミナルビルによる大阪ステーションシティ、JR西日本SC開発によるファションビル「LUCUA」、JR西日本伊勢丹によるJR大阪三越伊勢丹において、合計で229台によるデジタルサイネージシステムを導入しています。

大阪ステーションシティでは、36台のタッチパネル式デジタルサイネージをはじめ66台のサイネージを設置。商業施設としては初めてのASPシステムの採用により、サーバ管理やシステム管理を一元化。双方向型でのコンテンツ更新を可能にしています。アトリウムには世界最大となる152型のプラズマディスプレイも2台設置しています。LUCUAでは、42型のサイネージを49台導入し、イベント情報やテナントの情報を配信。JR大阪三越伊勢丹では53台のサイネージに館内のフロアマップやイベント情報を配信。一部のディスプレイには、タッチによる情報検索が可能な仕組みも提供しています。

大阪ステーションシティでの導入の様子。タッチパネルで検索できるのが特徴

大阪駅構内にも数多くのデジタルサイネージが導入されている

大阪駅のアトリウムには世界最大となる152型のプラズマディスプレイも設置

JR大阪三越伊勢丹ではタッチパネル式デジタルサイネージを採用

--東日本大震災以降、節電に対する意識が高まり、電気を使用するデジタルサイネージに対しては逆風が吹いているのではないでしょうか。--

菅原: 確かにそういう指摘もありますが、私はむしろ災害時にこそ、デジタルサイネージは重要な役割を果たすと考えていますし、その認識が高まりつつあると考えています。デジタルサイネージの最大の特徴は、最新の情報をリアルタイムで流すことができるという点です。

東日本大震災の際、六本木ヒルズと東京ミッドタウンでは、災害時に公共放送に切り替えるというルールに則り、すべてのサイネージで公共放送を流しました。さらに、建物は安全なのでこの場所から動かないで欲しいという内容のテロップを流し、冷静に行動してもらうことを訴えました。集まってきた帰宅困難者に対しても、正確な情報をリアルタイムに提供することができた。これはデジタルサイネージだからこそ成しえたことです。被災地にもっとデジタルサイネージが普及していれば、被害を縮小できたのではと思うと残念でなりません。

われわれは、緊急時に活用できるデジタルサイネージをもっと真剣に考えていくつもりです。例えば、公共放送を流す際にも地デジの配信施設が影響を受けても、衛星から受信できるようにBS受信機能を搭載したサイネージを用意していますし、太陽光パネルと連動したソーラーサイネージや、蓄電機能を搭載した蓄電サイネージも開発し、受注活動を開始しています。すでに大手不動産会社や自治体などからの引き合いもあり、新たなデジタルサイネージに対して注目が集まっていることを感じます。蓄電サイネージは人が集まりやすい場所に設置しておけば、サイネージの表示のためだけに蓄電するのではなく、携帯電話やPCなどの充電にも利用できます。機械を稼働させるための蓄電だけではなく、人間を守るための蓄電システムとしての利用ができるのです。

デジタルサイネージは、これまでは広告看板という用途だけがクローズアップされていましたが、これからは情報ステーションであることや、非常時の情報入手手段や蓄電設備としての用途が注目されると考えています。

--ピー・ディー・シーは、ちょうど設立10周年を迎えました。これからの10年はどうなりますか。--

菅原: ますますデジタルサイネージへの注目が集まるでしょう。この市場は、今後も年平均30%以上の成長が見込まれていますし、グローバルでのビジネスチャンスも広がる分野です。ディスプレイに蓄電池、太陽光発電装置を組み合わせることで用途提案も広がりを見せます。また、タブレットやスマートフォンへの配信といった点でも、当社にはビジネスチャンスがある。2005年にウォルマートが30万台以上のデジタルサイネージを導入してから、デジタルサイネージにはテレビ並の視聴効果があると言われていますが、今後は、その勢いがさらに加速するでしょう。

ピー・ディー・シーの2011年度の売り上げ見込みは20億円。これを2016年度には100億円規模に成長させたい。その時には、現在5%の海外売り上げ比率を30%にまで高めたいと考えています。ただ、次の10年も変わらないことが1つあります。それは、われわれの役割がお客様の売上高を最大限に持っていく会社であるということです。その手段としてデジタルサイネージシステムを提供する。つまり、すべての製品、サービスは、この姿勢を前提として提供していくものになります。これからの10年もその姿勢は変わることはないでしょう。