コンピューターの歩みはテキストエディターのそれと同じです。テキストファイルの作成や編集に欠かせないテキストエディターは、現行のOSであるWindows 7のメモ帳やMac OS XのTextEditのように標準搭載されていることからも、その重要性を理解できるでしょう。今回の「世界のテキストエディターから」は、特定のテキストエディターではなく、一般的な機能に数えられる配色について熟考してみます。

配色の成り立ちとは

テキストエディターの配色を考える前に、少し昔のことを思い出してみましょう。我々が何げなく使っているコンピューターの歴史をひも解くと、個人がコンピューターを所有する以前は大学や研究機関に非常に高額が大型コンピューター(メインフレームなど)やミニコンピューターを設置し、使用者は直結した端末(コンソール)を使用していました。

各パーツの小型化や普及を伴う価格の低下から、個人が所有できるパーソナルコンピューターが市場に出回るようになりましたが、1981年に登場したIBM PCは表示能力もMDA(Monochrome Display Adapter)というテキスト表示と印刷に特化したものでした(解像度自体は720×350ドットと後発のCGAよりも高いため、同解像度でグラフィック表示を行うサードパーティ製グラフィックコントローラも後に登場)。純正もしくはサードパーティ製のビデオカードを追加して、ようやくグラフィックを表示できるというものでした(図01)。

図01 コマンドプロンプトをグリーンディスプレイ風にカスタマイズした例

この際IBM PCに付属していたのが、黒地に緑色のグリーンディスプレイ。前述のとおり現在でも想像が付かないほど低レベルな表示能力しか備えていなかったため、この配色にシンパシーを感じる古いユーザーが少なくないのです。同様のロジックで語られてきたのがアンバー(イエロー)ディスプレイと呼ばれる配色(図02)。

図02 同じくコマンドプロンプトをアンバーディスプレイ風にカスタマイズした例

今は亡きDEC社のVAXというコンピューターで採用された配色は、琥珀色を用いていただけに、後発であるIBM PCのグリーンディスプレイよりも馴染み良く感じる方もおられるのではないでしょうか。国内のコンピューターに目を向ければ、往年の8ビットコンピューターでもグリーンディスプレイを採用した機種が多く、ブラウン管ディスプレイが別売りのPC-8000シリーズは、カラーディスプレイの他にグリーンディスプレイ、アンバーイエローディスプレイがオプションで販売されていました。

このようにハードウェア的な制限を持つ様々なコンピューターは、ディスプレイを長時間見つめていても疲れにくい、と言われている配色を採用することで、数多くのソースコードを生み出し、現在のコンピューター市場につながっているのです。

テキストエディターの配色は本当に見やすい?

この流れはハードウェア性能の向上と多色発光の実現で大きく変わりました。改めて述べるまでもなくWindows OSの標準テキストエディター「メモ帳」は白地に黒文字という配色を採用しています(図03)。

図03 Windows 7の「メモ帳」では、白地に黒文字の配色を採用しています

ここで疑問に思うのが、なぜ背景色が白なのかという点。筆者も疑問に思い、Windows OSの開発に携わった開発者の文献を読み散らかしてみましたが、唯一回答に近かったのが、ウィンドウの描画に使用する背景ブラシの初期値がCOLOR_WINDOWで定義しているからという一文。

同変数の設定値は「0」ですが、通常何もないことを指すNULLと同意義になってしまいます。そのため、Windowsプログラマは「hbrBackground = (HBRUSH)(COLOR_WINDOW+1);」という表記でウィンドウの背景色を白くしていました。

では、なぜ白色を背景色としてきたのでしょうか。前述と同じく明解な解説を見つけることはできませんでしたが、紙と異なりディスプレイ上の白は光源が各層を経て眼球に訴えてくる色になります。当初のグリーンディスプレイとことなり、人に対する優しさよりも「レポート用紙のように書ける(打てる)」といった感覚を優先したのかもしれません。

もう一つはWindows以前のOS環境が影響しているのではないでしょうか。例えばMS-DOSは黒地に白地の文字。そのMS-DOSが元にしたと言われているUNIXも通常は同配色を用いているため、質実剛健と同時に無味乾燥な印象を持たせます(図04)。

図04 Windows 95以前のOS、MS-DOS。黒地に白文字は質実剛健な印象を覚えます

蛇足ですがMS-DOS全盛期の時代、誰しもコンピューターが使えるようにするため、各ツールを呼び出すためのランチャーを用意するのが一般的でした。何らかの理由でランチャーがハングアップしてコマンドプロンプトに戻った瞬間、「○○さん、コンピューターが壊れました!」とあわてた社員がいたのも懐かしい話です。

結局のところテキストエディターの背景色が白となった理由はわかりませんが、このMS-DOSというCUI(Character User Interface)に対するアンチテーゼ、もしくは正当進化の位置にあるWindows OSの存在を強調するため、白地を優先したのではないでしょうか。もっとも、MS-DOS 6.2のテキストエディターは、青地に灰色の配色を採用しているため、筆者の穿(うが)った見方かも知れません(図05)。

図05 MS-DOS 6.20付属のMS-DOS Editor。青地に灰色の配色を採用していました