NVIDIAは8月30日、同社のGPUコンピューティング技術「CUDA」を学べる高校生向けセミナー『NVIDIA CUDA サマーキャンプ 2010』を開催した。注目されるGPUコンピューティング技術を、同技術の最前線で活躍する一流講師陣から直接学べる貴重な機会とあって、将来有望な現役学生が全国から集まっていた。

『NVIDIA CUDA サマーキャンプ 2010』。今回は高校生向けの募集だったが、実は、「中学生なんですけど、どうしても出たいんです」という熱意で参加OKになった中学生の参加者も

GPU(Graphics Processing Unit)は、従来はゲームや画像処理向けに進化してきたプロセッサであったが、近年ではその高い並列計算処理能力が注目され、汎用コンピューティングの分野でも活用が進んでいる。例えば最近では、NVIDIAのGPUコンピューティング技術が東京工業大学のスーパーコンピュータ「TSUBAME」で採用されるなど、先進的な科学技術分野での実績は特に顕著だ。また、世界中で350以上の大学が「CUDA」の講座を構えているともされており、そこからも同技術の注目度の高さが伺える。

今回のセミナーは、日本の若い学生が、その最先端のGPUコンピューティング技術に直接触れ、それを使いこなすことで様々な分野で活躍したいと志してもらえるよう、NVIDIAが取り組んでいる催しで、今年で2回目の開催(昨年の開催の模様はこちら)。当日の講師はGPUコンピューティングの研究で世界的に著名な東京工業大学 学術国際情報センターの青木尊之教授や、YDL for CUDA、EclipseプラグインやOpenCL本の翻訳などで知られるフィックスターズのエンジニアである田川慧氏など、非常に豪華な顔ぶれだ。

NVIDIAが最新GPU事情を紹介

セミナーではまず、NVIDIAのテクニカル マーケティングであるスティーブ・ザン氏らNVIDIAスタッフが登場し、GPUを取り巻く最新事情について紹介した。同社のGPUを半導体トランジスタ数で振り返ると、1995年に登場した最初の「NV1」は100万トランジスタに過ぎなかったが、2008年の「GeForce GTX 200」では、これが14億トランジスタにまで大きく進化を遂げた。

NVIDIA テクニカル マーケティング スティーブ・ザン氏

NVIDIAのGPUラインナップ。ゲーム向けの「GeForce」、ワークステーション向けの「Quadro」、組み込み向けの「Tegra」、HPC向けの「Tesla」と、様々なGPUが存在する

「NV1」からはじまったNVIDIA GPUの歴史。トランジスタ数は飛躍的に増加し、計算処理能力も劇的に進化した

その進化の過程で高度な計算処理能力を獲得したGPUは、それまでの"ゲーム向け"という位置づけから、(もちろんゲーム体験も飛躍的に進化を続けているが)ゲーム以外の様々な用途で活用されるまでに至っていることが説明された。例えばカーナビゲーションのシステムへの内蔵や、CGが不可欠となった映画の映像製作現場への導入、医療分野におけるCT画像の3次元映像化など、我々が普段意識しないような生活の中にも、既にGPUは溶け込んでいる。そして、NVIDIAが今もっとも注力して普及を目指しているのが、GPUを汎用コンピューティングで利用できるようにした技術「CUDA」なのである。

GPUは、それまでの"ゲーム向け"という位置づけから、映画制作で、医療分野で……と、ゲーム以外の様々な用途で活用されるまでに至っている

青木教授によるGPUスパコン講座

続いては、東京工業大学 学術国際情報センターの青木尊之教授が登壇。研究テーマである、GPUを活用したスーパーコンピュータ(スパコン)についての講義を行なった。最初に、「昨年の事業仕分けで、"1番でなくてはダメなのか"と、一般にもスパコンのランキングが話題になったが、これがそのランキングの最新版」として、2010年6月の「Top500」ランキングを公開。その中で、中国のスパコンが複数上位にランクインしている現状を説明した。

東京工業大学 学術国際情報センター 青木尊之教授

2010年6月の「Top500」ランキング。中国のスパコンが台頭している現状がある

そして、ランクインしている中国スパコンは、NVIDIA Tesla GPUを搭載したスパコンなど、GPGPUと呼ばれるGPUコンピューティング技術をメインに利用したものであることに注目。青木教授は実際に中国に渡り、関連ワークショップにも参加したそうで、その際、「中国は本気でGPUコンピューティング スパコンに取り組んでいる。単に実験的につくってみただけではなく、研究も利用にも本気で取り組んでいる。これは非常にやばいぞ、と感じた」と話す。その一方で、世界で最初期にスパコンにGPUを入れたのは、2008年の「TSUBAME」だ。

「TSUBAME2.0」は世界で競える2.4PFLOPS。その性能の大部分はGPUの活用で実現したものだ

青木教授もかかわる東京工業大学のスパコン「TSUBAME」は、今年の11月に登場する次期最新版の「TSUBAME2.0」でピーク計算処理能力2.4PFLOPSを実現し、国内トップ、世界でも競える性能を獲得するが、そのコストは「たったの32億円」(青木教授)と、高性能スパコンとしては極端にローコスト。その最大の要因はNVIDIAのGPUを搭載したことであり、2.4PFLOPSの計算能力のうち、実に9割がGPUの恩恵によるものであることが紹介された。青木教授は集まった学生たちに、「これからは、どうやってGPUを使っていくかがとても大事。そして、『並列計算』をマスターする人が、GPUスーパーコンピューティングを制す」と話した。

青木教授は続いて、その重要な「並列計算」の概念を解説した。並列計算には、「タスク並列」と「データ並列」の2種類が存在する。GPUが得意とするのは、データ並列すなわちSIMD(Single Instruction Multiple Data Stream)で、この計算処理を活用する際の考え方の"視点"が、これまでの計算処理の"視点"とは異なることから、学生たちに、「(既成の考え方に縛られない)若い人たちであれば、SIMD視点から学んで欲しい」と、自らの考える指針を述べた。

並列計算の概念例、「夏休みの宿題の分担」。この例だと、4人のうち、早く宿題が終わってしまった人は手が空いてしまう。これは「タスク並列」に近い

並列計算の概念例、「放課後の掃除当番」。大きさの異なる4つの部屋を、4人全員で順に片付けていくので、最速で終わる。これが、データ並列に近い考え方だ

また青木教授は、自身がGPUコンピューティングの世界に入ったきっかけや、現在取り組んでいるGPUコンピューティングの課題についても紹介した。なかでも興味深かったのは、今年の春頃に成果が発表され、大きな話題となった、気象庁の次期気象予報向け次世代気象モデル「ASUCA」での取り組みだ。

青木教授がGPUコンピューティングをはじめたきっかけは、理研のベンチマークコンテストだったという。これは、特定の計算課題に対し、何をやってもいいが、とにかく速く処理する、というコンテストだったそうで、ここで初めてGPUコンピューティングに触れたそうだ。まだGPUコンピューティングはあまり知られていなかった時代だが、「みんなGPUつかってくるんじゃないか?」と不安だったそうで、秋葉原で当時最速のGeForce 8800 Ultraを4枚入手し、見事優勝。ここでGPUコンピューティングに高い可能性を感じ、のめり込むことになる

青木教授の取り組みであるリアルタイムの津波シミュレーションも紹介。従来の津波シミュレーションは、津波発生時に、過去の津波データと照らし合わせることで、結果を類推するものだった。これはデータベースの蓄積が少ないこともあり、精度もいまいち。一歩で、GPUコンピューティングを活用すると、津波発生時に、津波がどういった動きをするのかをリアルタイムで計算できる。GPUの計算処理能力があって可能となったことで、完成すれば津波被害の最小化など、世の中に大きく貢献できるだろう

気象モデルのGPU計算化は世界的にもプロジェクトが進んでおり、例えば世界標準の次世代気象モデル「WRF」で、コードの1%をGPU化しただけで20~30%の性能向上が見られたなど、GPUの優位性が認められている。しかしながら、先のWRFの場合などは、非常に多くの参加者がかかわっていることもあり、すべてのコードをGPU化させようとしても、参加者間の調整などで困難が生じてしまっているそうだ。そこで青木教授ら国内の研究者は、しがらみの少ない日本ローカルな気象庁の気象モデルを、「どうせやるなら」という意気込みで、「フルGPUでやってしまった(笑)」のだそうだ。この「ASUCA」では、GPUの数に応じたリニアな性能アップなどの結果が出ており、世界から注目される取り組みとなっている。

気象モデルのGPU計算化プロジェクトの取り組み。GPUコンピューティングで気象予想も大きく変わる!? 細かな内容はこちらの記事が詳しい

青木教授は最後に、「このセミナーでは、これからのスパコンはGPUだと理解してほしい。きっと古い人は、俺GPU苦手なんだよね、という人が多い。そんななか、若い人はGPUからスタートできるので大きなアドバンテージになる」「そして、GPUスパコンと言えば東工大。他の大学では無く、将来はぜひ東工大に入学して欲しい(笑)」と講義を締めくくった。

東工大では「GPUコンピューティング研究会」として、無料のワークショップも開催している

現役エンジニアと一緒にCUDAハンズオン

ここまででGPUコンピューティングの基礎知識を身につけたところで、今度はCUDAプログラミングを実際に体験してしまおうというのが、ここからの内容だ。講師はフィックスターズの現役エンジニアである田川慧氏。ある程度プログラミングの知識がある学生にとっても難解な内容であったはずだが、田川氏の「ちょっと難しいかもしれないが、今日ここで一回悩んでおけば、必ず身に付く」という言葉に励まされ、熱心に講義を受ける参加者の姿が見られた。

フィックスターズのエンジニアである田川慧氏

講義では、最初にプログラムを書くにあたっての基本的なシングルコア・マルチコアプロセッサでの処理の違いから、CUDAプログラミングの概要、CUDA文法の使い方や記述の際の注意点などがレクチャーされた。そして予習が済んだところで、いよいよ本日のセミナーの集大成。参加者がチーム別にわかれて、それぞれが自らの手で実際にCUDAプログラミングを記述し、出題された課題に挑むプログラミングコンテストが実施された。

CUDAプログラミングの概要、CUDA文法の使い方や記述の際の注意点など、基礎から応用までみっちりレクチャー

全国から様々な参加者が集まった中で、難しい表情で解を検討する姿や、手がかりに気付いて盛り上がる姿など、各チームとも、ちからを合わせて困難な課題に挑戦する様子は印象的だった。そして課題の達成度に応じてチーム毎に採点がされ、上位チームへは表彰とNVIDIA特製Tシャツの進呈が行なわれた。なお、最終的にチームに順位はついたものの、講師の田川氏は「難しい課題だったにもかかわらず、短時間でよくここまで出来たと関心する」と、感想を述べていた。

プログラミングコンテストの様子。チームでちからを合わせて課題に挑む参加者たち

ちなみに、1位と2位の差は結構大きく、1位のチームは本当に凄かったそうだ。さて、1位チームはどんな学生なんだ、と聞いてみると、「以前から学校の研究でCUDAをやっていて、それが参考になった」と話す子や、「最初にGPUと言うより、最初に並列化に関して興味があって、GPUに行き着いた。将来はGPUに携わる仕事がしてみたい」と話す子、「今日はすごく楽しかった。最初に応募要項を見てぜんぜん無理だと思っていたけど、思い切って応募してよかった。実は予習もしていなかったけれど、来てみたら何となく出来ちゃいました(笑)」と話す子まで、なんとも末恐ろしいメンバーで構成されていた。

お楽しみの参加者特典! NVIDIAの日本代表も激励

セミナーの最後の締めくくりは、お楽しみの参加者プレゼントだ。エルザ ジャパンからGeForce GTX 460カード「ELSA GLADIAC GTX 460」が3名に、日本エイサーからスタイリッシュ液晶モニタ「S243HLbmii」が2名に、それぞれ抽選で参加者にプレゼントされた。さらに当日、日本エイサーから予告されていなかったサプライズプレゼントとして、3D立体視のNVIDIA 3D Vision対応液晶「GD245HQbid」も用意された。

プログラミングコンテストの1位チームにはNVIDIA特製Tシャツをプレゼント

エルザ ジャパンの「ELSA GLADIAC GTX 460」をゲットした3名

日本エイサーの「S243HLbmii」は2名に

日本エイサーからサプライズプレゼント、NVIDIA 3D Vision対応の「GD245HQbid」

さらにサプライズゲスト、参加者特典のプレゼンターとして、NVIDIAの日本代表であるスティーブ・ファニー・ハウ氏が"こっそり"お忍び乱入。突然だったため、「あっ、NVIDIAの日本代表です」と紹介すると、「いつの間にか知らない人が混じってる……」と訝しげな表情だった参加者はびっくりして歓声を上げていた。

NVIDIA 日本代表 スティーブ・ファニー・ハウ氏。「コンピューティングの将来はGPUコンピューティングです」

ハウ氏は、「皆さんありがとう。コンピューティングの将来はGPUコンピューティングです。だから、あなたたちは我々にとって大切な人たちです。将来、NVIDIAに入社してください。そうすれば好きなだけGPUが貰えるし、NVIDIA特製Tシャツも欲しいだけ貰える(笑)」と、会場の笑いを誘っていた。

参加者全員で記念撮影!!