SAPジャパン サステナビリティ推進室 室長 松尾康男氏

昨年末、元東京大学総長の小宮山宏氏が呼びかけ人となり発足した「スマートシティプロジェクト」なるものをご存じだろうか。東京大学柏キャンパスがある千葉県柏市の「柏の葉キャンパス」駅周辺を実験フィールドとするプロジェクトで、三井不動産、シャープ、SAPジャパン、NTT、日立製作所などの企業が参画し、環境や少子高齢化など日本社会が抱える課題を解決していく方法を実証していこうという計画だ。ここで生み出されたソリューションが、世界が同じ問題に直面したときのモデルケースとなるかもしれない、というプランも描いている。世界に向けた「ショーケース」となること、新社会システムとして世界に輸出すること - これが同プロジェクトの目的だ。

このスマートシティプロジェクトは、参画企業が共同出資した「スマートシティ企画株式会社」が運営を行っている。会社を作ってプロジェクトを推進することで、企業のほうも成果を出すことにより積極的になる、という思惑である。

参画企業の1社であるSAPジャパンは今年2月からサステナビリティ推進室という部署を設けている。8月26日、その室長を務める松尾康男氏が同社で行われたプレスセミナーにおいて、スマートシティプロジェクトを含む、SAPのスマートグリッドへの取り組みについて説明を行ったので、これを紹介したい。

スマートメータのための機能強化「SAP AMI Integration for Utilities」

SAPは2008年11月からSAP ERP 6.0の追加機能として「SAP AMI Integration for Utilities」を出荷している。その名の通り、ベースとなっているのはガス会社や電力会社など公益事業法人に対して提供していた機能群(SAP for Utilities)だが、これをスマートメータの双方向通信機能に対応して機能強化したものがSAP AMI Integration for Utilities(以下、SAP AMI)となる。ちなみにAMIとは"Advanced Metering Infrastructure"のことで、「SAPが提供するAMIソリューションとは、スマートメータそのものではなく、双方向性をもつスマートメータが提供するデータを公益企業が業務に活用するためのアプリケーション - たとえばエネルギーデータ管理や料金計算、顧客管理システムなどが相当する」と松尾氏は説明する。

ここで、松尾氏が強調した"スマートメータの双方向性"という言葉をすこし補足しておきたい。エネルギーの消費状況や停電などの状況などのデータを「スマートメータから取得する」だけでなく、料金を支払わない顧客に対して供給制限/停止や再開、顧客への情報提供など「スマートメータへ指示を行う」 - スマートメータではこの2つが両立するからこそ、検針、装置管理、顧客サービスの各分野で多岐にわたる機能を実現できるのだ。

スマートメータからのデータの取り込みと、一連のプロセスを連携させることができるSAP AMI。ベースとなっているSAP for Utilitiesはワールドワイドで600社以上の公益企業に採用されてきた。顧客企業の要望を採り入れ、また電力会社やスマートメータのメーカと協力しながらAMIの仕様を固める作業を進めている

SAPは、ERP側のSAP AMIのほかに、スマートメータ側のシステムである「MDUS(Meter Data Unification & Synchronization)」をもつ。これは同社のパートナーから提供されるアーキテクチャで、各端末から取得されたメータデータはいったんMDUSに集められる。MDUSは端末ごとの差異を吸収し、データを同じ形式に揃えた上でSAP AMIに渡す。逆にSAP AMIからスマートメータへの指示も、MDUSを介してから各端末に伝えられる。「SAP AMIとMDUSは基本的なアーキテクチャは同じ。メータデータとマスターデータを統合し(unify)、同期する(synchronize)ことで、さまざまなことが可能になる」(松尾氏)という。将来的にはこのアーキテクチャをさらに発展させ、「大量の供給停止の指示、督促プロセスとの統合、SAP ERPへのダイレクトデータ転送などのほか、スマートメータが直接供給制限を行ったり、SAPから各家庭のディスプレイにメッセージを送信する機能など、市場のニーズに応じて取り込んでいきたい」(松尾氏)としている。またそのためには、スマートメータ自体の双方向性機能の強化も重要なポイントになるという。

ステークホルダーのメリットを最大限にするスマートグリッドとは…

SAP AMIはワールドワイドで約20社の顧客をもち、150万件のスマートメータを保持する英Centricaや、180万件への電力供給と170万件へのガス供給を兼ねている米ミシガン州のConsumers Energyなど、大規模案件も多い。一方で国内においてSAP AMIを導入している公益企業は1社のみだという。これについて松尾氏は「SAP AMIはSAP for Utilitiesをベースにしているが、公益企業のためだけのソリューションではない。スマートメータを経由して家電製品や電気自動車がネットワークでつながれば、それにあわせたサービスもさまざまに考えられる。日本はどちらかというとそういった通信会社や自動車会社からの問い合わせが多い」と語る。

個々のデバイスがスマートメータを通してネットワークに接続し、再生可能エネルギーの利用や各種エネルギーデータを収集する都市基盤=AMIインフラを構築する - SAPジャパンはスマートグリッドの次なる展開目標としてこう掲げる。冒頭で触れた柏の葉キャンパスのスマートシティプロジェクトへの参加もその一環だ。SAPジャパンは、SAP ERP以外からもデータを抽出/分析できるBusinessObjectsなどのソフトウェアソリューションを提供している。「(スマートシティプロジェクトでは)5年、10年といった長いスパンではなく、2、3年で何らかの成果を出せるよう、各社ともさまざまな試みを展開している」(松尾氏)

だが、そうした大規模プロジェクトが存在しているにもかかわらず、どうも日本においてはスマートグリッドへの関心がうすく、また、関連事業を展開しているはずの企業も積極的な姿勢を見せることが少ないように感じる。これはおそらく、国民=生活者という重要なステークホルダーを十分に巻き込む段階に至っていないからだろう。企業活動においてもステークホルダーのメリットを最大化することは、当然の義務である。同じようにスマートグリッドの展開にあっても、最大の受益者たる生活者にどんなメリットが得られるのかが明確にされてしかるべきなのだが、実際のところあまり伝わってこない。おそらく、事業者にとってもそれはまだ模索中の段階なのだろう。「スマートグリッドのプラットフォームなんて、実は作ろうと思えばすぐにできる」と松尾氏は言う。それを阻んでいるのは、生活者、事業者、そして国や自治体などすべてのステークホルダー間に、ルールや規制を含めた明確なコンセンサスが存在しないからにほかならない。スマートグリッドが実現する社会が、誰に、どんなメリットを、どんな形で提供するのか - 大きな器にふさわしい中身を決めるには、SAPを含め、多くの事業者がまだ試行錯誤の段階にある。

SAPジャパンが考える"生活者を中心としたエネルギーマネジメントの姿"。スマートグリッドによって、生活者のQOLはどう向上するのか、SAPジャパンを含むスマートグリッド関連企業はこれを明確に提示する必要がある