内野選手は1982年、兵庫県神戸市に生まれた。水泳をはじめ小さい頃からスポーツに親しんでいた彼だが、驚くことに、当時はまったく自転車に興味がなかったという。

「BMXを買うために、すぐにバイトを始めました。7万円のBMXを手に入れるために必死でしたから」

内野:「高校2年の時、クラスのみんなで『誰が一番運動神経があるか?』という話になって、スケートボードをやろうということになったんです。でも、神戸メリケンパークにスケボーの大会を見に行ったら、スケボーじゃなくてBMXの大会をやっていたんです(笑)。もともと自分は面白いことやスゴいことをやって人を驚かすのが好きだったんですが、それまで単なる乗り物としか思ってなかった自転車がその時ものすごくカッコよく見えて、逆に驚かされたんです。それが最初の出会いでした」

偶然が生んだ出会いによって一発で自転車の魅力に取り憑かれた内野は、ハードな部活動と並行しながら、放課後BMXの練習に取り組むようになる。しかし、当時はまだ一般的な認知度も低く、プロのBMXライダーになることは決して平坦な道ではなかった。

「昔は"悪いことをしない悪ガキ"でしたね」と内野選手。BMXの練習に明け暮れ、野宿していたことも

BMXにデジカメを装着したまま、次々と技をきめていく内野選手。ハードなシーンを撮影できるのもEX-G1ならでは

内野:「とてもじゃないけどすぐにプロになることは出来ず、高校を卒業して就職し、工場で働いていました。でも、日光に当たらない生活がこんなにも辛いのかと思い、3ヶ月半で辞めてしまいまして……(笑)。両親は厳しかったのですが、『23歳までは自由にしていい』という許可をどうにかもらい、その後、スポーツクラブで水泳のコーチを始めたんです」

持ち前の明るさで、おばさまたちから人気の高いコーチとして活躍する一方、BMXのテクニックを磨いていった彼だが、転機は突然に訪れた。

内野:「ある土曜日の昼、屋上でハンバーガーを食べた後、いい天気だなぁと空を見上げてたら、ふと『東京に行こう』と思ったんです(笑)。それまでもそう思うことはありましたけど、その時は『ホンマに行ったらどうなるんだろう?』っていう好奇心の方が勝ったんでしょうね。そのまま職場に向かい、支配人に『辞めます』と申し出ました」

動画
EX-G1をBMXに装着した状態で「ウッチースピン」。内野選手の目からは世界がこう見えている

突発的ともいえる"即断力"で上京した内野選手は、当時すでにアマチュアクラスでは敵なしのレベルにまで到達していた。それを裏づけるように、2002年、アマチュアクラスの年間シリーズで3位となり、ほどなくして彼はプロ昇格を決めるのであった。…つづきを読む

BMXで走りながら、流れていく風景を撮影することもある