インサイダー取引においては、情報提供者がその企業でトップクラスの役職に就いているほど、情報の価値が高まり、関係者が手にする儲けも大きくなる。そういう意味で言えば、IBMでシステム&テクノロジグループのシニアバイスプレジデントの地位にあり、次期CEOの呼び声も高かったRobert Moffatは、まさに最高の情報源だった。

スリランカ出身のRaj Rajaratnamによって創設されたヘッジファンドファームGalleon Groupが引き起こした一連のインサイダー取引事件、日本では報道されることが少なかったが、逮捕/告発された関係者の数は現時点で14名に上る。この事件を特徴付けているのが、IT企業、それもIBM、Intel、AMD、Akamai、Polycomといった名だたる企業がターゲットになっていることだ。Rajaratnamはファンド会社のNew Castle Funds LLCのコンサルタント仲間と組み、IBMのMoffat、Intelで資産運用部のマネージャを務めるRajiv Goel、AMDの前チェアマンHector Ruizなどを情報源とする"インサイダー情報ネットワーク"を構築、知り得た情報を元に不正な取引を繰り返し、およそ2,500万ドルもの利益を上げたとされている。

Rajaratnamの重要なブレーンのひとり、今回の事件の中核人物で、New Castleのやり手アナリストとして知られるDanielle Chiesiから"My IBM Guy"と呼ばれていたMoffatは、決算情報やSunへの買収提案など、リリース前の重要な情報を次々と彼女に流していたとされる。Sun買収に関する情報を事前に知り得た彼女は、Sun株の売り抜けで9万ドルの利益を上げた。また、ビジネス上、AMDと近しい関係にあったMoffatは、AMDの機密情報についてもChiesiに話していたという。

Moffatは一連のインサイダー事件で重要な役割を演じた人物として、10月14日に逮捕された。31年もIBMに在籍する現役のシニアバイスプレジデント、現CEOのSam Palmisano氏の腹心かつ後継とまで言われていた人物が巨額のインサイダー事件に関連していたと知ったIBM社内の動揺は想像に難くない。逮捕後まもなく、同社のスポークスマンは「彼はもう我が社の人間ではない」とコメント、もっともMoffatの弁護士は「He was not terminated.」- 解雇されたのではなく、「あらぬ容疑をかけられた自身の潔白を証明することに全力を挙げる」ため、みずから職を辞したとしている。保釈金200万ドルで保釈されたMoffatだが、今のところ、Moffatが一連の事件で金銭を手にしたという証拠はない。今後の調査では、彼とChiesiの利害関係が焦点になってくると見られている(FBIによれば彼らは個人的な友人関係にあるという)。

IBM システム&テクノロジグループ シニアバイスプレジデントに就任したRodney Adkins氏は51歳。2002年にはFortune誌の『米国で最も影響力のある黒人エグゼクティブ50人』にも選ばれている

IBMは10月30日、新シニアバイスプレジデント Rodney Adkinsの昇進を発表している。これまで対外的に名前が出ることが少なかったAdkinsだが、その優秀さにフロリダのハイスクール時代からIBMが目を付けていたという。同社でのキャリアは28年におよび、あらゆる部署 - プリンタ、パーソナルコンピュータ(Think Pad)、UNIX、サーバ、ストレージ、ソフトウェア - での仕事を経験している。黒人のエグゼクティブという立場から、同社で働くマイノリティのメンター役を引き受けていたりもした。「知識と経験を兼ね備えた、決断力に富む非常に有能なリーダー」と賞賛するアナリストも多いが、一方で、社内外での知名度のなさを理由に「シニアバイスプレジデントとして彼が成功するかどうかは未知数」とする懐疑的な向きも存在する。インサイダー取引という非常に不名誉な形でメディアを賑わせることになってしまったIBMだが、まずはステークホルダーの信頼を回復する - これがAdkinsのシニアバイスプレジデントとしての最初の重要な仕事となりそうだ。