勝間和代氏

少子高齢化に伴う労働人口の減少への危機感から、仕事と私生活の調和を意味するワークライフバランスの必要性が叫ばれる昨今。優秀な人材を確保/維持するために、企業もその重要性を認識し始めるようになり、福利厚生の一貫としてワークライフバランスの制度を整備するところが増えてきた。しかし、福利厚生のためでなく、企業競争力強化のための施策としてワークライフバランスへの取り組みを訴えているのが、経済評論家の勝間和代氏だ。2月9日、内閣府主催のイベント「共同参画フォーラム2009」が行われ、勝間氏による「福利厚生でなく、競争力になるワーク・ライフ・バランスの進め方」と題した基調講演が行われた。

ワークライフバランスが近年注目を集めるようになった背景には、やはり少子高齢化の問題がある。日本においては、出生率の低下による人口減は先進国の中でもきわめて深刻な事態となっている。その原因として、女性の社会進出が進み、働く女性が増えたことによる晩婚化、ライフスタイルの多様化などが言われている。しかし、少子化問題を経済学的に見た場合、その原因は必ずしもライフスタイルの変化がもたらしたものではないと勝間氏は説明する。

その一因として大きなウェイトを占めるのは、やはり経済力の問題。端的に言うと、子育てにはお金がかかる。日本の教育費はOECD諸国の中でも2番目に高い水準。若年層の正規雇用の減少が進み、経済格差が広がる中、平均所得460万円では、国公立大学に進学させる場合でも子供1人を養育するのは難しいというのが実状だ。そこで、夫婦共稼ぎで子供を育てるというのが現実的な社会の姿となる。しかし「日本の場合、女性の社会進出が進んだと言われても、働く女性向けの社会基盤が整っていない」と勝間氏は指摘する。それを証拠に、男女共同参画の状況を国際的に比較した場合、日本は先進国でほぼ最低水準にある。

他方、内閣府が2000年に行った調査によると、女性の社会進出が進んでいる国ほど出生率が上がる傾向にあり、「他の国は子供を産んでも仕事を続けることが前提で社会基盤が整っている」と、勝間氏は日本との違いを述べている。さらに、週あたりの労働時間が50時間以上の労働者の割合が28.1%と、他国に比べて群を抜く状況。男女共同参画度合いが低い一方で、男性の22%が過労であるという統計もあり、それが他国に比べて著しく低い「男性の家事・育児への参加」率にもつながっていると言える。

こうした状況の中、勝間氏が掲げるワークライフバランスの最大の課題とは"時間不足の解消"だ。勝間氏が紹介した、世界30ヶ国の労働生産性を比較した調査によると、残念なことに日本は主要先進7ヶ国中、11年連続最下位。「日本人は働く時間が長いからお金を使う時間もない。これが経済の悪循環を生んでいる。さらに、若い男女が結婚のためのデートや、結婚後の出産・育児時間がなくなり少子化が進んでいる。デートの時間をいかにつくるかがカギ」と勝間氏。また、職場内においては、育児中の女性社員など一部の従業員を優遇するのではなく、職場全体が生産性の向上に努め、全社的にワークライフバランスに取り組むことが重要だという。

一方、日本における相対的貧困、若年層の賃金格差の問題は年々深刻化し、由々しき事態だ。新成人に対する意識調査では、4割以上が将来を悲観し、未来を担うはずの若者たちの間には暗い空気が漂う。男女共同参画問題では、それを構造上の問題だと捉え、1986年の雇用機会均等法をはじめ、育児休暇制度の設立といったさまざまな施策が打たれてきた。しかし、これに対して若年層の就労問題は「まだ自助努力の課題と捉えられている」と勝間氏。さらに「日本の労働力問題は終身雇用制度がすべてのボトルネックになっている」と仮説を提唱する。勝間氏によると、終身雇用制度のデメリットは、以下の3点だ。

  1. 雇用の流動性がなくなり、退職した女性の復職への道が閉ざされてしまう
  2. 期間限定的な正社員を雇えないため、育児休暇がコスト的に企業にとって過度な負担となる
  3. よい福利厚生を置かなくても社員が辞めないので最低限で済ませたいというインセンティブが生まれる

フルタイムの正社員を前提とした流動性が低いこうした働き方においては、「男性社員重視の施策が継続されがち。産業デザインが変わりデメリットのほうが大きくなってしまった今となっては、終身雇用制の見直しが急務」と主張する。

最後に「ワークライフバランスは環境問題に近い。環境問題も理解から対応までに30年ほどかかった。ワークライフバランスが叫ばれるようになったのはたかだか10年前。環境問題のように、その重要性を言い続け、価値観を転換し、一人一人ができることを地道にやっていくことが必要。その上で、『少子化対策が大事』『ワークライフバランスが競争力を回復する』という空気を醸成して、企業や政府の資源の優先配分先を変えていく。毎日0.2%を改善するぐらいの意識でやっていけば、いろいろな物事が解決していくはず」と、自身のモットーと重ねた、問題解決への独自の理論を語った。