東京・六本木のTSUTAYA TOKYO ROPPONGIで、「水素・燃料電池展」が今月9日から30日まで開催中だ。日本自動車研究所とエンジニアリング振興協会が主催するもので、燃料電池自動車や水素エネルギーについてもっと知ってもらおう、というのがイベントの趣旨。店内には燃料電池自動車も展示されており、今月23日には試乗会も予定されている。

TSUTAYA TOKYO ROPPONGIの店内に足を踏み入れると、まず視界に飛び込んでくるのが1台のカラフルな車。一見すると普通のガソリン車にみえて、実はこれは水素で走る燃料電池自動車だ。展示車両は日によって変わるとのことだが、基本はスズキの「MRwagon FCV」か、ダイムラーの「F-Cell」。ドアこそロックされているものの、誰でも外観や、窓越しで座席をじっくり観察できる。そのすぐ奥には水素や燃料電池をわかりやすく解説した本や冊子(「水素で走る 燃料電池自動車」)、水素で動くR/Cカー(ラジオコントロールカー)なども展示されている。

ダイムラーの「F-Cell」。車体に描かれた絵は、「まもりたいしぜん まもりたいふうけい」をテーマに募集した、第5回「ブリヂストンこどもエコ絵画コンクール」の応募作品から選ばれた101枚

燃料電池車のしくみを解説する冊子「水素で走る 燃料電池自動車」など

水素で動くラジコン「H2GO」(2万6,000円)

ホライゾン社の「H - レーサー」(左・1万9,950円)と「ハイドロカー」(右・1万6,400円)。H - レーサーは、世界最小の燃料電池車を自分で組み立てる教育キット。超小型水素ステーションが付属しており、蒸留水(ミネラルウォーターでも可)を注いでソーラーパワーで水素を製造、クルマに水素を補給すると走る。1回の充填での走行時間はおよそ5分とのこと。ハイドロカーは燃料電池車のミニカーで、水素ステーションは付いておらず、車体に水素製造装置が搭載されている。自動的にコースを取り、障害物にぶつかっても方向を変えて走り続けるという。いずれもイベント期間中、TSUTAYA TOKYO ROPPONGIで購入できる

トークショーにモータージャーナリスト清水和夫氏

12日には、モータージャーナリスト&レーシングドライバーの清水和夫氏が登場。タレントでカーライフ・エッセイストの吉田由美氏がパーソナリティーを務め、燃料電池車や環境問題をテーマにしたトークショーが開催された。この中で清水氏は開口一番、「我が家には家庭用燃料電池システムがある。朝起きると60度のお湯が200リットルほどタンクに貯まっている。発電した時に使った熱をそのまま捨てるのはもったいないから、残ったその熱でお湯をつくるわけだけれど、そうなると今度は逆にお湯を使わないともったいないな、という感覚が生まれる」と自身の"マインドチェンジの体験"を披露。「環境に良いという行為は、必ずしも我慢を必要としない。そればかりか暮らしが豊かになることもある」と話した。

モータージャーナリスト&レーシングドライバーの清水和夫氏(左)とカーライフ・エッセイストの吉田由美氏(右)

車を例にとってもエコは強い。レースで勝つのは決まって燃費に優れた車だ。しかし対照的に、一般道を走るガソリン車のエネルギー効率は18%(エネルギーを100投入しても18しか使っておらず、残りの82は捨てているということ)と、エコとはかなりかけ離れているという実態もある。消費できなかったエネルギーの無駄が排熱となって路上に捨てられ、それが貯まって都心でヒートアイランド現象が起きているのだ。「余ったエネルギーを捨てるなんて、まだ使えるのにもったいない。無駄をなくすことがとても大事。それが結果的に暮らしも豊かにしてくれる。ひいては環境問題の改善にもつながるし、『自動車は環境によくない』というマイナスイメージまで払拭してくれるのではと思う」と清水氏は言う。

宇宙船では燃料電池を使う

理想的なエネルギーの使い方のモデルとして同氏が紹介したのが、宇宙船だ。「(水素エネルギーを動力とする)宇宙船では、宇宙空間から水素をとって燃料電池で電気をつくってその力で飛ぶ。発生した熱は宇宙船内(宇宙は寒い)のヒーターに使い、水は宇宙飛行士が飲む。そこには一切の無駄がない。これを宇宙だけでなく、地球でもやろう」と熱弁を振るった。とはいっても無駄のない社会の実現にはさまざまな方法があり、そのチャネルのひとつが燃料電池自動車とのこと。その場合、日本では、製鉄所などに未利用の副生水素(製造過程で副次的にできる水素)がたくさん眠っているので、それを活用できれば一石二鳥。清水氏は「仮にそれらをすべて自動車の燃料に振り向けると、700万台の燃料電池自動車を走らせることが可能だ」と推測する。

「2015年に普及スタート」への道のり

メリットたくさんの燃料電池自動車だが、ではいったいいつごろから"普通の車"になるのだろうか。普及への道筋を清水氏は「箱根駅伝」(往路5区、復路5区の計10人が走る)になぞらえる。「自動車メーカーの技術者などと話していても、いまはまだ往路の3区ぐらいかな、というのが共通した実感。ここにきて、燃料電池自動車としては世界初の量産車「FCXクラリティ」を出したホンダが一歩リードしているけれど、まだこの先にはアップダウンの激しい4区、通称"山上り"の5区が待ち受けている。各社しのぎを削っている最中で、まだレースの行方がどうなるのか、どこのメーカーが往路優勝するのかはわからない。ただ(技術的問題のクリアを目指した)"往路"のゴールはなんとなく見えてきたような気がする」

視界が開けていないのが"復路"だ。「往路の課題が技術開発だったとすれば、復路は燃料電池自動車の販売価格や、水素ステーションなどのインフラ問題をいかにクリアしていくかの戦いになるだろう。まだまだいくつもの難所が残っている。道のりは険しいが、ブレークスルーしていかなければならない」と清水氏。日本全国には現在、11カ所の水素ステーションがあるが、燃料電池自動車を普及させるにはもちろんこれでは足りない。数を増やしていくにも、そこには技術というより制度(政治)の問題が立ちはだかっている。これ以外に、水素インフラの整備を石油メジャーがどうとらえるか、という側面もある。「現代社会は液体の石油を扱うのには慣れているものの、気体で、しかも高圧の水素を運んだり、貯蔵したりするのは難しい」(清水氏)。「ガソリンスタンドを水素ステーションに衣替え」のように一筋縄ではいかないのだ。

価格は2015年に1台1,000万円前後!?

ちなみに日本政府の描く普及のシナリオでは、今からわずか7年後の2015年に、燃料電池自動車を一般の人が買えるようにするという。先日の北海道洞爺湖サミットで明らかにしたもので、清水氏によれば「価格は1台1,000万円前後」とのことだ。これは『ポルシェ911』とほぼ同じ金額。「一般の人が買える」とは言っても、ひとまず富裕層に限られそうだ。

同展では23日、トヨタの「FCHV-adv」と日産自動車の「X-TRAIL FCV」の試乗会も催される。13:00~18:00の間、15~20分間隔で走行する予定だ。また同日、地球環境問題を考えながら水素と燃料電池について学ぶ「水素・燃料電池ワークショップ」も開かれる。関心が高まりつつある燃料電池。その魅力は、知らない限り分からない。興味はあるけれどなんだか難しそうだな、と思っている方は、TSUTAYA TOKYO ROPPONGIに出かけてみてはいかがだろうか。