WPS により「中国民族ソフトウェアの旗艦」に

オンラインゲームでのテストに成功した後、キングソフトの経営陣にとっては、自らの汎用ソフトウェア製品をいかに国際市場へ浸透させるかが課題となった。キングソフトの海外戦略の二本柱として、汎用ソフトウェアとオンラインゲームの全面展開をいかに効率的かつ効果的に成し得るかということが課題となった。

過去数年、中国のソフトウェア企業は一種独特なスタイルでその海外展開を進めてきた。用友、金蝶など企業向けアプリケーションを得意とする企業に続き、キングソフトを代表とする汎用ソフトウェア企業も海外展開を本格化、しかも独自の手法と品質で競争力を発揮し、一時的にせよ、市場の注目の的となっている。

より大きな文脈でいえば、中国では国を挙げての「走出去」戦略を背景に、グローバル化、国際化が盛んに議論されるようになっている。紡績業をはじめとした製造業における貿易摩擦、カラーテレビ、DVD特許紛争、聯想(Lenovo)によるIBMのパソコン事業買収に代表される国境を越えての企業買収。これら全てが、世界に「中国」を新たに認識させると同時に、多くの中国企業に、いかに世界の大市場を通じて利潤を獲得すべきかを、深く考えさせる契機となった。

国際化は、中国のソフトウェア企業により広い市場空間を与え、ソフトウェア企業の国際化を加速させるだけでなく、中国国内市場における競争力も高め、結果としてある程度のシェア確保を容易にし、国際ソフトウェア市場での影響力を高めることにもつながっている。

もう十数年も前の話であるが、キングソフトは「WPS」で中国のオフィス用ソフトウェア市場のシェアを押さえ、その輝かしい実績が全ての中国人を感動させた。DOS時代にあって、パソコンを習うということは、WPSを習うのと同義だった。パソコンを買うのは企業や団体であり、企業や団体のパソコンとは事実上「ワープロ機」なのであった。当時はワープロ打ち、イコール全てWPS、であった。

中国国内市場において、WPSは、かつて極めて啓発的なソフトウェアだった。マスコミも惜しみなくキングソフトに高い評価を与え、たとえば「中国民族ソフトウェアの旗艦」、「中国ソフトウェア人材の揺りかご」、「中国ソフトウェアの黄埔軍校」といった形容で持ち上げていたのだ。

Microsoftの進出と海賊版による打撃

しかしキングソフトのWPSは、その後海賊版ソフトウェアの氾濫とMicrosoftの進出により、深刻な打撃を受けた。

もともと中国においてはソフトウェアの正規版を使用する率は高くなく、WPSの販売にも大きな影響が出た。1994年にはMicrosoftが中国に進出、ビル・ゲイツ氏の「海賊版なら我々の製品を海賊版とされたい」という大戦略により、WPSはMicrosoft Officeから「重創」(手ひどい傷)を負ったのだった。海賊版のOfficeはわずかな期間のうちに、WPSのほとんどすべてのシェアを奪い取ってしまい、WPSとキングソフトはその発展史上における最低迷期を迎えることになる。

この間多くのソフトウェア企業は、強大な外国ブランドと海賊版の挟み撃ちに遭って勢いを失い、二度と立ち上がれなくなった企業も多かった。キングソフトは国産ソフトウェアに極度に不利な状況下で「以戦養戦」の戦略を策定、他のソフトウェアを開発することでWPSとOfficeとの持久戦を持ちこたえさせ、その後数年間をかけ、「金山詞覇」、「金山影覇」、「剣侠情縁」など一連の著名なソフトウェアとゲームブランドを作り上げ、徐々にオフィス用ソフトウェア、セキュリティソフトウェア、ゲームという3つのコア事業を作りあげたのだった。

2004年になって、キングソフトは2度目の戦略転換を始めた。汎用ソフトウェアにおいては、「ソフトウェアサプライヤー」から「インターネットサービスサプライヤー」へ転換。さらにその後、キングソフトは明確な国際化戦略を打ち出していく。インターネットをフル活用し、海外展開を加速させるのがキングソフトの2004年以降の発展戦略となったのである。

しかし、知的財産保護への意識が低く、正規版の使用率も低い中国市場で、キングソフトは次第に生き残りの難しさを意識し始める。汎用ソフトウェアの発展にとり、海賊版は「最大の邪魔者」なのだ。

いくつかの、説得力あるデータが手元にある。金山詞覇のシェアが90%にも達したとき、キングソフトにもたらした利益はわずか数百万元だったというのだ。海賊版の影響で、金山詞覇のシェアと市場からの収益には大きなギャップがあったのである。

2000年、「剣侠情縁」の正規版販売量は十数万セットにすぎなかったが、それに対し海賊版ディスクの生産量はなんと300万セットにも達していた。市場に流通する正規版の率は5% にも満たず、海賊版のはんらん振りを垣間見ることができる。正規版率の高い海外市場がキングソフトを惹きつけたのは、自然な成り行きであったわけだ。