経済キャスターの鈴木ともみです。今回は、前回に続く、連載コラム『経済キャスター・鈴木ともみが惚れた珠玉の一冊』夏の特別企画・スペシャル対談の第ニ弾/後編です。対談のゲストは『世界恐慌への序章 最後のバブルがやってくる~それでも日本が生き残る理由~』の著者・大阪経済大学 経営学部 客員教授の岩本沙弓さんです。同書は多くの読者の共感を得ており、すでに4刷のベストセラーとなっています。

公式データを基にしたファンダメンタルズ分析やテクニカル分析に加え、第三の分析・裏取り&裏読みを駆使した岩本さんならではの鋭い洞察。その奥深い分析力にあふれた内容は、私たちの知識欲を満たしてくれると同時に、心をも動かしてくれます。今回は、同書の『隠れテーマ』も探りつつ、できる限り真実を浮かび上がらせる対談を目指しました。

岩本沙弓さんプロフィール

金融コンサルタント・経済評論家・大坂経済大学 経営学部 客員教授。1991年より日・加・豪の金融機関にてヴァイス・プレジデントとして外国為替、短期金融市場取引を中心にトレーディング業務に従事。銀行在職中、青山学院大学大学院国際政治経済学科修士課程修了。日本経済新聞社発行のニューズレターに7年間、為替見通しを執筆。国際金融専門誌『ユーロマネー誌』のアンケートで為替予想部門の優秀ディーラーに選出。主な著書に『新・マネー敗戦』(文春新書)、『マネーの動きで見抜く国際情勢』(PHPビジネス新書)など。マイナビニュースにて『岩本沙弓の"裏読み"世界診断』も好評連載中。

鈴木 : 前編でお話いただいた『日本破綻論』『円高悪玉論』といった私たちにとっては当たり前の解釈となっている考え方が、実は「巧妙なプロパガンダのもとに成り立っている」その事実を知らされないのは恐ろしいことですね。

岩本 : そうなのです。特に『円高=悪』の考え方は、あらゆる事実を覆う隠れ蓑になっていますから、経済も金融マーケットもゆがめられてしまいます。

鈴木 : いきなり核心に触れてしまいますが、具体的に何をするため、何を守るために『円高=悪』のプロパガンダが必要なのでしょうか。

岩本 : 端的に言えば、いつでも必要な時に、ドル買い円売りの為替介入をしたいため…ということになるのかもしれません。

(『最後のバブルがやってくる~それでも日本が生き残る理由~』 第6章「日本の為替介入、不都合な真実」より抜粋)

1997年6月のことになりますが、デンバー・サミットからの帰路、橋本龍太郎首相(当時)はニューヨークに立ち寄り、コロンビア大学でスピーチを行いました。質疑応答の時間になると聴衆の中から、「過去20年間にわたって、アメリカのドルは円に対して、その価値を半分近く減価してきたという事実を考慮すれば、日本や日本人が米国債を蓄積し続けることに、あなたは長期的な利益があると思われますか」(中略)それに対して、橋本首相は何と答えたのでしょうか。以下は、1997年6月24日付朝日新聞の夕刊一面に載った記事です。

【ここに連邦準備制度理事会やニューヨーク連銀の関係者はいないでしょうね。実は何回か、財務省証券を大幅に売りたいという誘惑にかられたことがある。ミッキー・カンタ―(元米通商代表)とやりあったときや、米国のみなさんが国際基軸通貨としての価値にあまり関心がなかったときだ。(財務省証券を保有することは)たしかに資金の面では得な選択ではない。むしろ、証券を売却し、金による外貨準備をする選択肢もあった。しかし、仮に日本政府が一度に放出したら米国経済への影響は大きなものにならないか。財務省証券で外貨を準備している国がいくつかある。それらの国々が、相対的にドルが下落しても保有し続けているので、米国経済は支えられている部分があった。これが意外に認識されていない。我々が財務省証券を売って金に切り替える誘惑に負けないよう、アメリカからも為替の安定を保つための協力をしていただきたい】

この発言がその後市場を大混乱に陥らせたという経緯があり、日米関係、外貨準備、為替レートなど様々な要素の本質に迫っていますので、あえて全文を記載してみました。(中略)長期的な円高基調にある中で、ビル・クリントン政権(1993~2001年)の初期では、円高を招く発言を米政府高官が故意に繰り返すことで、為替レートの動きを加速させたという経緯があります。(中略)橋本元首相の先の発言は、米政府の円高誘導が理不尽だと思った経験を踏まえてのものだったわけです。ただし、この発言は「だからと言って米国債を売って金を買ったりするつもりはありません」と結論付けていたのですが、米国側のマスコミの受け取り方には誤解があったようです。英語の文章はどうしても最初の1行に重要な情報が来るという文化的、言語的な特徴があります。この発言は最初の部分だけが先走ったまま通信社から発信されてしまったのです。【橋本首相は日本が米国債を売って金を買うと示唆した】と伝えられたために、翌日のニューヨーク市場は、1987年のブラック・マンデー以来最大の下げ幅を記録するほどでした。放っておけば市場参加者は慌ててドルを売り、米国株式を売り、米国債売りを行い、米国市場が瞬く間に大混乱に陥ります。直後から日本政府や大蔵省(当時)は火消しに躍起になっていましたが、この一件があった後、日本保有の米国債売却の話は、日米間でタブー視され続けてきた感があります。

鈴木 : 橋本元首相のコロンビア大学でのコメントについては、頭サビで会話をしたがる欧米人と、起承転結で話を進めようとする日本人との差がはっきり出ましたね(笑)。当時は、日本のマスコミも、米国メディアが発信した情報をそのままのニュアンスで伝えました。こういった要人発言をつぶさに検証するスタイルは、いかにも岩本さんらしいです。橋本元首相の実際の行動の裏に隠れている本音と建前が見えてきますよね。

岩本 : 結論を言ってしまえば、日本が米国債を買ってあげる事で、米国の借金を穴埋めしてあげてるわけです。当時の日米構造協議のなかで、橋本元首相はこんな記録を残しています。それは「米国がドルの価値維持に関心がないならば、こちらも交渉手段の一つとして日本が保有する米国債を売ってもいいのですよ」と言いたくもなったということ。ドル安のなかで、日本がドル買い介入をし、米国債を購入する。その後為替が円高になると、米国は自国の借金を目減りさせることができるのです。

(『最後のバブルがやってくる~それでも日本が生き残る理由~』 第6章「日本の為替介入、不都合な真実」より抜粋)

借金大国の米国にとってはドル安になってドル買いの為替介入をしてくれなければ、自国の借金の穴埋めをしてくれる資金が入ってこないのです。そして日本というドル資金の出し手がいる限り、米国にとってドル安は、借金を目減りさせる効果があり、国益となります。「円高だから為替介入でドルを買う」のではなく、「円高でないとドル買い介入ができないからだ」と逆に考えてみてはどうでしょう。誰も高いドルは買いません。安くならなければ日本国内でドル買いの為替介入の大義名分も立ちません。つまり「為替介入は輸出企業のためじゃなく、米国のためである」と見方を変えて考えれば、全てがすっきり解決するのではないでしょうか。しかし、本当の理由を表沙汰にするわけにはいきません。そんなことをすれば日本国民が怒り出すでしょう。

『世界恐慌への序章 最後のバブルがやってくる~それでも日本が生き残る理由~』(集英社、岩本沙弓著、定価1,680円(税込))

鈴木 : 『円高=悪』のプロパガンダを信じると、日本のドル買い円売りの為替介入がある度に、為替のトレンドが変わるのではないか、株式相場が好転するのではないか…などと期待を寄せてしまいがちですが、それではなかなか収益が上がらないままの状態になりますね。

岩本 : そうなのです。やはり冷静な判断が必要で、仮に自分が少数派だったとしても、思い込みを捨て、相場をニュートラルに見極めることが大切です。プロパガンダ抜きの本当の相場の姿を知ることが、収益を上げるための第一歩と言えます。

オバマ大統領の再選なら「ドル高政策」に?

鈴木 : その上で、この本のメインタイトル『世界恐慌への序章 最後のバブルがやってくる それでも日本が生き残る理由』というお話が活きてくるわけです。同書は、プロパガンダ抜きで、これからの相場の姿を見通していきましょう! という内容です。ズバリ、今年から2016年にかけて米国主導のバブルになるとの分析ですね。

岩本 : はい。量的緩和策による過剰流動性のなかで、バブルが生まれます。バブルが生成される場所は、金融市場であり、コモディティ(商品)市場となります。

(『最後のバブルがやってくる~それでも日本が生き残る理由~』 第1章「資本主義最後のバブルが始まっている」より抜粋)

2012年から2016年までが米国主導の資本主義最後のバブルとなる気配です。史上最大の過剰流動性資金(市中に過剰に出回る資金)が積み上がっています。これらの資金が流れる先は株式や、原油や、穀物などの商品相場であり、為替でもドル高が進むと考えられます。米国はこれまでドル安とドル高を繰り返すことで、国債などの借金を棒引きしながら新たな借金をするというシステムを作り出しました。今回も、ドル安で米国の借金が減価した後にドル高に転換して、再び借金を重ねていくものと思われます。少しずつ時間をかけながら最終的には、スケールの大きな話になりますが、部分的な「金本位制の再開」をも視野に入れて、米ドルが復活を図るイメージです。(中略)実態なき景気回復というのは、日本では小泉純一郎政権時代の戦後最長の景気拡大局面(2002年2月~2007年10月の69カ月間)を指しますが、米国でも1990年代前半にジョブレス・リカバリー(雇用なき景気回復)がありました。今後も、同じような状況になるものと思われます。特にサブプライム危機以降、米国は政策金利を0%近くまで低下させました。金利がこれ以上、下げられない段階になって今度は量的緩和策の第1弾QE1や第2弾QE2を打ち出してきました。こうして潤沢に供給された資金は次なるバブルの原資となります。

鈴木 : 投機マネーが金融市場に流入してくるということですね。分析のなかで、私が「おや?」と思ったのは、『金の部分本位制』の話です。『金本位制の再開』をも視野に入れつつのドル高、ドルの復活ということですね。

岩本 : 金部分本位制は極論ですが、実は通貨体制は約30年単位で変化してきています。1944年ブレトン・ウッズ体制(金本位制)→1971年ニクソン・ショック(変動相場制)→1999年ユーロ誕生。30年間を一つのスパンとすると、次の新しい通貨体制が確立するのは2030年頃となります。その「大転換」に向けて世界は動き始めている、そのようなイメージです。

岩本沙弓氏は、「実は通貨体制は約30年単位で変化してきています」と指摘した

鈴木 : 2030年というと、まだ十数年先の話ですが、その長期的な見通しのなかで、短期的には、今年中にもドル高円安に転換するというお考えですか?

岩本 : そうですね。今年は世界が注目する一大イベントとして米大統領選があります。

もちろん、結果は出ていませんが、大方はオバマ大統領が二期目も就任するだろうとの予測のようです。であるとするならば、過去に二期に渡って政権を握った例を振り返ると、レーガン、クリントン、ブッシュといずれも一期目と二期目とで、為替政策をガラリと180度転換させているのです。仮にオバマ大統領が再選を果たした際には、これまでのドル安政策からドル高政策へと大きく舵をきって転換させる可能性があると考えられます。ただ、今から決め打ちする必要はなく、オバマ再選、そして来年の1月の一般教書演説を聞いて、ドル高転換を確認してからこちらも行動すればよいと思います。

鈴木 : なるほど。ドル高への流れは条件次第で始まると言えそうですね。その流れのなかで展開される金融市場のバブル相場の内容や近未来の見通しについては、第1章「資本主義最後のバブルがやってくる」、第8章「恐慌前のバブル相場はどう動くのか 近未来の予想」をじっくりお読みいただきたいですね。世界恐慌前の限定相場だということを前提とした上で!

岩本 : そうですね。予想通りにバブル化したならば、2015年末までには全ての投資を引き揚げるイメージはしっかり持っていただきたいと思います。

鈴木 : 岩本さん、今回も貴重なお話をありがとうございました。

岩本 : ありがとうございました。

執筆者プロフィール : 鈴木 ともみ(すずき ともみ)

経済キャスター、ファィナンシャルプランナー、DC(確定拠出年金)プランナー。中央大学経済学部国際経済学科卒業後、ラジオNIKKEIに入社し、民間放送連盟賞受賞番組のディレクター、記者を担当。独立後はTV、ラジオへの出演、雑誌連載の他、各種経済セミナーのMC・コーディネーター等を務める。現在は株式市況番組のキャスター。その他、映画情報番組にて、数多くの監督やハリウッドスターへのインタビューも担当している。日本FP(ファイナンシャルプランナー)協会認定講座『FP会話塾 ~好感度をアップさせる伝え方~』講師。

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