「為替取引はゼロサムゲームだ。だから、資産運用には向かない」との指摘をみかける。これについて、考えてみたい。

ゼロサムゲームとは、勝つ者がいれば、必ず負ける者がおり、損益の「総和(=サム)」がゼロになるという意味だ。為替取引は2通貨の交換なので、勝つ者がいれば負ける者がいるのは道理だろう。

外貨を持たない者は円のリスクを目一杯抱えている

では、為替取引をしなければ、勝ちも負けもしないのか。当然のことのように聞こえるが、ここに大きな誤解がある。日本に住んで、円で生活し、円資産を保有し、外貨を持たない者は、実はお金の100%を円に投資しているとも言える。換言すれば、円のリスクを目一杯抱えているということだ。

円安になれば、エネルギーや食料、その他の輸入品の価格が上昇することで生活は苦しくなる。また、円安を追い風に外国人がこぞって不動産などを購入して価格が上昇すれば、それらは円しか持たない者にとって手が届かないものになるかもしれない。

つまり、為替のゼロサムゲームにおいて、円安になった場合、円しか持たない者は広い意味で必ず「負け組」になる。もちろん、円高になれば、「勝ち組」になるわけだが。厳密に為替の影響を排除しようとすれば、世界に流通している各国通貨をその流通量に応じて保有する必要があるかもしれない。それは現実的には不可能だ。

為替取引は常に「ゼロサム」

ただ、保有資産の通貨を分散させることで、為替変動の影響を減殺することはできる。外貨資産を持つとはそういう意味であり、生活防衛も資産防衛も、資産運用の重要な一部と言える。

他方、株式投資は、企業や経済の成長に合わせて資産価値が増加する「プラスサムゲーム」だとされる。ただし、これには指摘すべき点が2つある。まず、「プラスサム」は全員がまんべんなくプラスになるという意味ではない。当たり前ながら、総和がプラスだとしても、大きくマイナスになる者がいないとは限らない。

もう一つは、「プラスサム」が過去の経験に基づく予測に過ぎないという点だ。今後の経済情勢次第では、「ゼロサム」や「マイナスサム」にならない保証はない。これに対して、為替取引は常に「ゼロサム」だ。

我々は、幅広い株式に長期で投資しても、「プラスサム」にならなかった例を身近に知っている。仮に、1989年末に日経平均を3万8,915円で買ったとしよう。10年後には1万8,934円に値下がりした。長期保有が前提なので、さらに10年待ったとする。2009年末の日経平均は1万546円だった。これに対して、「日経平均では対象が狭すぎで、たった20年は長期ではない」との反論が出てくるのだろうか。

安全性が高いとされる債券にしてもそうだ。利回りゼロの国債を買って長期保有すれば、リターンはプラスになるだろうか。市場金利がマイナス幅を拡大していけば、その国債の価格は上昇する。その可能性は否定できないが、そうならない可能性も十分にありそうだ。また、格付けの低い債券、いわゆるジャンク債の場合は、そもそも「投機的」とされており、元本が大きく棄損する可能性もある。

要するに、株式や債券投資は資産運用に向いており、外貨投資は向いていないとの二元論は短絡的過ぎるということではないか。

ところで、一般の個人にとって、外貨投資といえば、外貨預金やFX(為替証拠金取引)が思い浮かぶだろう。ここでも、外貨預金は安全で、FXは危険だとの二元論はあまりに表層的だ。FXでも、レバレッジを1倍にして、長期保有を行うのであれば、外貨預金と基本的に同様の投資を行うことはできる。あくまでも「やり方」の問題だ。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査部チーフアナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。

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