10月6日、エアアジア・ジャパンは航空運送事業許可(AOC)を取得し、2016年4月から3路線に就航すると発表した。これに呼応した形で、エアアジア・ジャパンのベースとなる中部国際空港は一時凍結していた第二ターミナルの建設方針を発表、ローコストキャリア(LCC)ターミナルとして機能させるとの報道があった(10月9日付け日経新聞など)。

筆者は中部がここで投資を決断した一因は、9月中旬にバンコクで行われた国際会議にあったと考えている。そこで今回、これから動くエアアジア・ジャパンと中部、つまり、LCCと国内空港の関係を、この会議で議論されたことを踏まえて考察してみたい。

中部国際空港は現在、ターミナルを新設しなければいけないほど飽和しているわけではない

出遅れた成田・中部の対策

現在の日本国内空港の成長を概観すると、羽田、関空、沖縄、新千歳、福岡などの国内基幹空港ではLCCの参入やインバウンド需要の拡大によって、出国者数がリーマンショック前の水準を回復している。その一方で、成田・中部はまだリーマン前には戻っていないのが現状だ。羽田にインバウンド需要が流れている成田はLCC専用の第3ターミナルを開業させて反転攻勢を狙うが、中部はなかなか抜本的な需要振興策を講じられていなかった。

また、ANAの中部=羽田線開設など国際線拡充にとってむしろマイナスともなりうる動きもあり、中部はこのあたりで将来に向けた対策を打ち出す必要があったのだろう。ただ、ターミナルの容量という点では、中部は飽和状態に達しているわけではないので、LCCターミナルの建設は当面様子見のままではないかという見方が多かったことも事実である。

ではなぜ、中部空港はここで投資を決断したのだろうか。その伏線は9月中旬にバンコクで行われた国際会議にあったと言えるだろう。

国内でLCCターミナルを設置している空港は、那覇、関空、そして成田である(写真は成田空港のLCCターミナル)

「空港運営の概念を変えてほしい」

バンコクで9月中旬、CAPA(豪州の航空コンサルティング会社)主催の国際会議では、「アジアLCCが空港に求めるもの」がテーマであった。この会議の提唱者であるエアアジアのトニー・フェルナンデスCEOは、1時間にわたって熱弁を振るった。トニー氏が主張した「空港に分かってもらいたいこと」は以下のようなことである。

エアアジア・ジャパンの就航は、エアアジア、そして、トニー・フェルナンデスCEOにとって再進出となる(写真は2014年7月新生エアアジア・ジャパン発表時のもの)

1.LCCを収益化することは可能
空港運営にはFSC(フルサービスキャリア)向けとLCC向けの2つのモデルがあり、この2つの異なる運営形態を両方とも収益化することは可能だ。LCCは絶え間なく成長し拡大していかねばならない。そのベースは「Simplicity」「Efficiency」「Technology」であり、これが低価格を支え、数のビジネス(Volume game)を制する糧となる。

2.空港の理解と協力が必要
このためには空港の理解と協力が必要だ。空港使用料とPSFC(旅客の施設使用料)を下げることが低価格を可能にし、多くの旅客増、ひいては地域の雇用増をもたらす。マレーシアのランカウイ島の空港は使用料を70%下げ、5年間で300万人の新たな旅客を生み出した。10ドル使用料が安いことが家族旅行にとっていかに大きいかを知るべきだ。

3.コタキナバル国際空港は成功モデル
我々はロンドンのガトウィック空港に独自ターミナル建設を検討しており、成功モデルであるマレーシアのコタキナバル国際空港のような運営を目指したい。LCCの旅客はボーディング・ブリッジなどのサービスよりも低価格というサービスを好むという現実を理解し、LCCの効率的オペレーションを支える施設を提供することで、空港はLCCとWin-Winの関係を築くべきだ。

4.LCCが空港に求める4つのこと
空港はFSC・LCC双方と良好な関係を作るべきだしそれが可能だ。EUの空港はアジアに比べてよりマーケティング志向であり、先を見た行動をとる(Proactive)ようだ。欧州のLCCであるライアンエアーもFSCであるブリティッシュ・エアウェイズも黒字だが、空港は双方と棲み分けながら運営している。LCCが望む空港やターミナルにおいては、「25分の折り返しを可能とするスポット」「安価な通信インフラ」「シンプルな施設(貨物施設は不要)」「安価な使用料」を提供し、FSC向けの空港では従来型の運営をすれば良い。これを混在させるべきではない。

5.LCCはFSCのように複雑ではいけない
(LCCの経営形態も進化しており、短・中距離の地点間輸送(Point to Point)から長距離、そして、乗継輸送もLCCがカバーするようになっている、という会議での議論を踏まえ) エアアジアXの旅客の80%がエアアジア各社に乗り継いでいる。FSCは多様なニーズに対して複雑さを抱えざるを得ず、LCCがこれと連携を行うとオペレーションが複雑になり、結果うまくいかない。これはFSCが行うLCCにも当てはまる。企業的組織経営ではダメで、経営者が信念によって引っ張る経営(Leader driven)でなくてはLCCは失敗する。

6.東京近郊にLCC空港を
日本では過去の思い出したくない経験を乗り越え、新たに事業を展開する。日本の空港は総じてインバウンド旅行客誘致に熱心であるが、自治体が(経済的支援等で)どれだけコミットできるかが重要だ。安倍晋三首相に「東京近郊にLCC空港をつくるべきだ」と言ったことがあるが、行政にも積極的な行動を期待したい。

トニー氏の言葉をまとめると、LCCが就航する空港やターミナルの経営の主眼は従来と異なり、「航空会社から金を引き出すのではなく、旅客に金を使ってもらう」ものにすべきという主張であった。

このバンコクの会議には中部の友添雅直社長も参加しており、会場でトニー氏と長時間話し合う姿も見られた。トニー氏が要望していることを今、日本で実践しているのは関空とピーチ・アビエーション(以下、ピーチ)だが、成田も後を追い始めた。この会議でのやりとりが、後に中部にLCCターミナルを決断させる最後の一押しになったとも考えられるだろう。

日本の空港でLCCが収支を上げにくい理由

しかし、日本におけるLCCの現状はアジアにおける隆盛とはまだ趣を異にする。ひとつは収支だ。いまだピーチ以外は黒字を経験しておらず、バニラエアがようやく2015年度収支均衡を目指せるかどうか、ジェットスター・ジャパンに至っては3年間で270億円の赤字を累積している状況である。

日本のLCCは公租公課、施設費、人件費(特にパイロット)は大手と大きな差がなく、座席キロ当たり費用7円台を達成しているピーチ以外は、本格的な低コスト構造が作り切れていない。その大きな要因は機材稼働である。

各費用単価の削減をし尽くした後は、少しでも機材を長く飛ばして単位コストを下げるしかない。しかし、日本の地方空港には運用時間制限があるため、国内線機材は22時から7時まで寝てしまう。あらゆる切り詰めをしてターンアラウンド時間を短くしても、それが「あと1往復」の稼働増につながらないのだ。国際線で稼働を上げるにも、収支の見通しをつけるには時間がかかるし、就航地も限られる。

ローコストな第二空港の活用を

もうひとつが空港だ。アジア各地は首都の近くにローコストな第二空港を持ち、LCCのハブ運航を可能としているため、大きな潜在需要を開拓できている。一方日本はといえば、距離・時間の制約から、安いという要素だけでは成田や茨城に東京・神奈川の需要を誘引することがまだ十分にできていない。LCCバスの拡充や鉄道アクセスの整備、航空乗継特別運賃など、今後さらなる工夫や充実を図る必要がある。

また、日本の空港のほとんどは国・県の管理であり、国交省は着陸料等での差別的取り扱いを行わないよう指導している。民営である成田・中部・関西も国が事業計画の認可権をもつのでこれに従わざるを得ず、新規航空会社誘致に知恵を絞るにもなかなかネタが限られてしまうのが現状だ。

新生エアアジア・ジャパンのメンバーには、トニー氏の友人でもある楽天代表取締役会長兼社長の三木谷浩史氏も加わっている(写真は2014年7月新生エアアジア・ジャパン発表時のもの)

エアアジア・ジャパンは2011年にANAと合弁で設立し、2012年8月に成田=新千歳線などに就航したが、業績不振や方向性の違いにより2013年に合弁を解消。同年に日本市場から撤退した。「日本事情」を3年間知り尽くした新生エアアジア・ジャパンが中部でどんなLCCとなるのか、同空港に就航する他の航空会社との公平性を維持しつつ空港がどのように地元LCCを育成していくのか、大きな興味を持って見守っていきたい。

筆者プロフィール: 武藤康史

航空ビジネスアドバイザー。大手エアラインから独立してスターフライヤーを創業。30年以上におよぶ航空会社経験をもとに、業界の異端児とも呼ばれる独自の経営感覚で国内外のアビエーション関係のビジネス創造を手がける。「航空業界をより経営目線で知り、理解してもらう」ことを目指し、航空ビジネスのコメンテーターとしても活躍している。スターフライヤー創業時のはなしは「航空会社のつくりかた」を参照。