ツツカナの犯した致命的な読み抜け後の局面は、本当に大差である。人間同士が戦っていれば、心が折れて投了してしまうかもしれないほどだ。だがコンピュータはミスを悔いたりしないし、疲れることもなく、ただ淡々と粘り続ける。一方の船江五段はピンチを脱したことで心に隙が生まれてしまったのか、あるいは疲労が表に出たのか、明らかに冴えない手を続けてしまう。

図9(130手目△3二金の局面) この時点ですでに先手が勝ちにくい局面になっていた

この局面で互いの駒の損得を計算すると先手が銀一枚得をしている状態で、普通なら先手が大優勢である。しかし先手側は駒の働きが非常に悪く、プロ棋士の目から見ても先手がかなり勝ちにくい局面になっていたのだ。+400点あったボンクラーズの評価値も、この時点で互角を通り越してコンピュータ側の数十点プラスに逆転している。

プロ棋士側にとって痛恨の敗戦。対コンピュータ戦に大きな課題が残る。

先ほどの図は130手目の局面だが、この将棋が終わったのはそれから50手以上も後だ。しかし結論から言うと130手目以降、船江五段にチャンスは訪れなかった。時間がなくなり、体力も消耗した状態では、もう一度奇跡の大逆転をする余力がなかったのだ。

20:35に船江五段が投了。プロ代表5人の中でもっとも勝利を期待された男が敗れた。

図10(184手目投了図)

本局は逆転に次ぐ逆転という、ドラマティックで見応えのある名勝負ではあった。しかし、終わってみれば疲れを知らず1分将棋でも乱れないコンピュータの前に人間が屈した形で、第二局の敗戦と同じ轍を踏んでしまったことになる。そして、確実な1勝を計算していた船江五段の敗戦はプロ側にとって痛すぎる1敗である。もう人間はコンピュータに勝てないのだろうか……。

終局後ツツカナの開発者の一丸氏に、コンピュータ将棋を開発する理由をたずねた。

「一言でいうなら……意地ですね。それしかありません」(一丸氏)

記者会見で笑顔を見せる一丸氏

一丸さんは大学院生時代に軽い気持ちでコンピュータ将棋の開発を始めたというが、思うような結果が残せなかったという。そのことに納得がいかず「コンピュータ将棋選手権優勝」という大きな目標を立てて、損得勘定抜きで開発に打ち込んで来たそうだ。その原動力になったのは「ただの意地なんです」と言い、笑顔を見せた。

次回の第四局、崖っぷちに追い込まれたプロ側の代表は48歳のベテラン塚田泰明九段である。体力面や1分将棋での読みの瞬発力という点では、船江五段よりも明らかに不利であろう。だが「意地」という一丸氏の言葉を聞いたとき、塚田九段ならやってくれるに違いないと思った。プロ棋士とは「将棋なら誰にも負けない」という意地だけで生きている人間である。そして、その意地が一番強いのは最年長の塚田九段だと思うのだ。

「第2回将棋電王戦」第四局、塚田泰明九段 VS Puella αは4月13日。Puella αは、「第1回電王戦」で米長邦雄永世棋聖を下したボンクラーズと同じ伊藤英紀氏が開発したソフトである。

第2回将棋電電王戦 観戦記
第1局 阿部光瑠四段 対 習甦 - 若き天才棋士が見せた"戦いの理想形"とコンピュータの悪手
第2局 佐藤慎一四段 対 Ponanza - 進化の壁を越えたコンピュータが歴史に新たな1ページを刻む
第3局 船江恒平五段 対 ツツカナ - 逆転に次ぐ逆転と「△6六銀」の謎
第4局 塚田泰明九段 対 Puella α - 泥にまみれた塚田九段が譲れなかったもの
第5局 三浦弘行八段 対 GPS将棋 - コンピュータは"生きた定跡"を創り出したか?
第3回将棋電王戦 観戦記
第1局 菅井竜也五段 対 習甦 - 菅井五段の誤算は"イメージと事実の差
第2局 佐藤紳哉六段 対 やねうら王 - 罠をかいくぐり最後に生き残ったのはどちらか
第3局 豊島将之七段 対 YSS - 人間が勝つ鍵はどこにあるか
第4局 森下卓九段 対 ツツカナ - 森下九段とツツカナが創り出したもの