図2(21手目▲7七銀) 先手だけ飛車先の歩を交換し、さらに角交換している

ツツカナの指した△7四歩という手は、序盤から激しく戦う乱戦を誘った手だ。しかし船江五段はその誘いには乗らず、第二局と同じように「飛車先の歩交換」でポイントを挙げると、続いて第一局のように自ら角交換して「角換わり」の定跡に近い戦いに持ち込んだ。第一局と第二局のいいとこどりの展開で控室の評判も良く、プロ側にとっては順風満帆の序盤戦となった。

なお、この時点のボンクラーズ(第1回電王戦で米長永世棋聖を破った将棋ソフト)の評価は人間側の-159となっているが、これは第二局でも同じ傾向がみられたように、コンピュータ将棋は飛車先の歩交換を評価しないためだろう。

コンピュータが無理気味の攻めに出る。人間との思考法の違いとは。

図3(34手目△7六歩の局面) △7六歩はプロの感覚では無理気味の攻め。ニコファーレの大盤解説を担当する鈴木大介八段も「この手はたまげましたね」と解説した

図の△7六歩は積極的に攻める手だが、まだ十分な攻撃態勢が整っていないため人間の感覚では少し無理にみえる。第一局でコンピュータ将棋の習甦が桂を跳ねて攻めたが、それと同じような展開だ。

この手をみてコンピュータ将棋の関係者が語る。

「コンピュータ将棋は無理攻めをしてしまうことが多いんです。ひとつの弱点かもしれません」

無理攻めをしやすい原因はまだはっきり分かっていないようだが、人間に比べると先の展開を「浅く広く」読んでいることが影響しているのかもしれない。いまのコンピュータは平均で11手先の局面まで読んでおり、さらに状況によっては読む範囲を絞ることで、最大で20手ほど先まで読めるという。つまりコンピュータは、20手先までの範囲内で局面の形勢を判断して指し手を選択していることになる。

問題は形勢判断の基準だが、「攻撃は最大の防御」と言うように、攻めている間は攻められる心配がなく「有利」に感じやすい。コンピュータが読みを打ち切った局面が攻めを続けている途中であったなら「有利」と判断しやすいといえるだろう。実際にはもっと先の局面で攻めが続かなくなって不利になる場合があるのだが、最大で20手先までしか読めないコンピュータがそれを判断することは難しい。ゆえにコンピュータは、無理攻めをしやすいのではないだろうか。

それに対してプロ棋士は、読んでいる手の数の総数でいえばコンピュータよりも少ないが、知識と経験から読む範囲をぐっと絞ることで、必要とあらば30手も40手も先の局面まで深く読むことができる。「この攻めが続くかどうか」「攻めている間に戦果を挙げられるかどうか」を判断するという目的を持って深く読むことで、無理攻めを回避している。

なお、ボンクラーズの評価は△7六歩が指される直前の局面ではコンピュータの+179、指された後で+103となっているので、指しているのがボンクラーズならこの攻めは選択しない可能性が高い。コンピュータの判断能力も人間のそれに近いところまでは来ているといえよう。

さて、ツツカナが△7六歩と指した局面で昼食休憩に入った。注文は船江五段が里芋煮定食、一丸さんはカツ丼である。ちなみに一丸さんは、第一局で阿部光瑠四段が注文したうな重(松)見てみたかったそうだが「うなぎが嫌いなので諦めました」とのこと。なかなかユニークな人なのである。

船江五段が注文した里芋煮定食。ヘルシーだがボリュームはある

人間が評価値で逆転。プロ棋士は勝勢と判断して楽観ムードに。

昼食休憩明けの船江五段。自信にあふれた"いい表情"をしている

昼食休憩後、戦いは「ツツカナの攻め」、「船江五段の受け」の展開が続いたが、13手ほど進んだところでプロ側が攻勢に転じた。

図4(47手目▲5四歩の局面) ツツカナの攻めが止まり、船江五段が反撃に出る

図の▲5四歩は人間的には「急所の攻め」であり、明らかに人間側が優勢に見える局面である。コンピュータの評価に例えるなら+500以上は付けたいイメージだ。

「かなり勝ちやすい展開だ」
「方針が分かりやすいね」
「これは早い時間に(プロが勝って)終わりそう」

人間側が大優勢とみて控室は楽観ムードに包まれた

実はボンクラーズの評価はこの時点ではコンピュータの+309と人間の評価と正反対だった。しかし、それを見た控室のプロ棋士に動揺は見られない。第一局、第二局と経験したことで「形勢判断ならコンピュータには負けない、数手進めばボンクラーズの評価もプロと同じ傾向を示すはず」と自信を持っている。

実際のところ、数手進むとボンクラーズの評価は人間のプラスに逆転した。人間の評価にコンピュータが少し遅れて追いつく展開は第一局と同じであり、人間側の勝ちパターンである。控室には早くも楽勝ムードが広がり、プロ棋士の声も弾む。

しかし、ここからコンピュータが持ち前の力を発揮していくのだった。……続きを読む