堀高明代表取締役社長とともにスターフライヤーを立ち上げたひとりとして、スターフライヤー創業の歴史をここに記していこうと思う。前回、航空事業をはじめるにあたって必要な初期資金を60億円とし、出資要請で苦戦を強いられた話に触れた。スターフライヤー就航2年前の2004年と言えば長く苦しい資金集め、そして、機材の発注である。

スターフライヤーはA320を導入したが、それまでにはかねてから暖めていた"ある策"があった

個人投資家集めを中止

資金集めの苦境はまだ続く。地元企業や機関投資家への資金集めに走り回る一方、地元の方々に少しでもスターフライヤーを知り、支援していただくために、個人からの投資も受けようという話が社内で出た。少額でも株主になってもらえば本人・知人が我々の飛行機にどんどん乗ってくれるのでは、との期待も強く、2004年秋に出資説明会を行うことにした。しかし想定外の事態が起こる。

当日会場に人が集まり始めた頃、総務担当者が血相を変えて駆け込んできた。「今回の説明会は中止してください」。証券会社から注意があり、50人以上の多数の個人・法人に対して出資を勧誘すると、金融商品取引法の定めにより有価証券報告書の提出を義務づけられると知らされたのだ。ところが、駆け出しのスターフライヤーにはそれに足る資料を作成するスキルも経験者もいないので、「とても無理」というのが総務・経理担当の見解だった。

当日の説明会会場で「やむを得ぬ事情により本日の説明会は中止します」と案内せざるを得なくなり、その後、広く個人への投資勧誘が行われることはなかった。この金商法の定めによる勧誘制限は企業への出資要請にも適用されるので、半年間に50社以上の企業に出資要請をすることができない。慎重にスケジュール表を書き、"空振り"を極力減らさないといけない、骨の折れる資金集めが続いた。

リース機発注にも資金がいる

2004年のもうひとつのトピックスは機材の発注だろう。堀社長とは「新品の機材でいく」ことで合意していた。先発の新興エアライン各社が中古機でスタートし、思わぬ機材故障で遅延・欠航を連発していた事例が頭に残っていたし、中古機の品質の見極めは大変難しい。

前の使用社エアラインがどんな整備をしていたか、隠れた不具合が残っていないかはよほどの大掛かりな点検をしないと分からないし、それを検証にいく時間も人間もない。他方、新造機は高い買い物だが、それだけにパイロット・CAの無償訓練、整備、部品のサポートなど新興エアラインには非常にありがたいサービスが受けられる。

これはリース会社が購入した航空機でも同じで、購入者の権利を引き継げるのだ。それに何より故障の少なさが魅力で、我々が使おうとしていたB737やA320のような"成熟した"機材は故障リスクが非常に小さくなっているのだ。

リース会社数社に「2006年3月に3機で就航」、つまり、「2005年末から2006年2月にかけて3機を納入できるか」を打診したところ、リース会社のGECASはB737でもA320でも用意できるという。他に納入可能なリース会社もあったので、これを対抗馬にGECASとの基本部分の条件を詰めていった。

ポイントは「1)月額リース料、リース期間」「2)差入保証金(セキュリティデポジット)」「3)標準装備品、エアライン購入装備品、技術支援」「4)整備義務、返還時の機体・整備条件」の4つとした。1)と2)の金額の多寡は資金調達に大きく影響するし、そもそもリース会社が相手にしてくれるだけの手持ち資金があるか、強力なスポンサーがいるかでないと先に進めないのだ。経済条件を詰め終わり、GECASでいくことを決めると次に機材をボーイングにするかエアバスにするかの大詰めの選択に入る。

エアバスのA320か、ボーイングのB737か

値引きの"二重払い"を要求

ここでかねてから温めていた策を実行に移した。双日(ボーイングの代理店)とエアバス・ジャパンに、ひとつの要望を出したのだ。「当社が導入する機材に対して、メーカーから"クレジットメモ"を出すことを検討してもらえないか? 」。後にスターフライヤーの代名詞にもなった"業界の非常識"である。

"クレジットメモ"とはメーカーが機体購入社に出す金券のようなもので、機体導入後にユーザーがメーカーから購入する有償訓練や部品、設備などの支払いに充当できる一種の値引きだ。通常メーカーは"購入者"であるリース会社には当然これを発行するのだが、リース会社から機体を借り受けるエアラインに対し、さらに上乗せして値引きを出すことなどあり得ない。言ってみれば"釣った魚にエサをやる"ようなものだからだ。

しかし、今回は特殊な事情があった。日本におけるエアバス社の機体はANAのA320が運航されているだけで、過去JAS(日本エアシステム)に導入したA300は退役。その後の新規商戦でも、エアバスはボーイングに対して苦戦を強いられている。今回、スターフライヤーがリース機とはいえエアバス機を導入することで、日本での同社のプレゼンスが維持でき、今後につながる機会となる。そのためには"釣った魚"にでも投資するのでは、と考えたのだ。

両社とも、絶句

ではボーイングはどうか。エアバスとは事情が全く違う。しかし、日本マーケットというオセロゲームの盤面を全占拠したい願望はあるはずだ。こうして両社と話し合ってみた。「両社とも、絶句」というのが最初の反応。当然だろう。しかし、スターフライヤーのビジネスプランとコンセプトを話すうちに、少しは「このエアラインは生き残るかも」と思ってもらえたかと思う。

最終的には両社とも、我々の要求にそって対応いただけた。両社の技術力、安全性、経済性には遜色がなかったので、最終的には「他と違うことをする」という理念と、"数少ない顧客"である方が手厚いサポートが期待できる方に決めるという考えに落ち着いた。こうしてエアバスA320を選択したのが2004年10月。ようやく資本金も年内までの大きな目標としていた10億円を突破し(年末時点で12億2,000万円、53の株主)、長い一年が暮れた。

※本文に登場する人物の立場・肩書等は全て当時のもの

筆者プロフィール: 武藤康史

航空ビジネスアドバイザー。大手エアラインから独立してスターフライヤーを創業。30年以上におよぶ航空会社経験をもとに、業界の異端児とも呼ばれる独自の経営感覚で国内外のアビエーション関係のビジネス創造を手がける。「航空業界をより経営目線で知り、理解してもらう」ことを目指し、航空ビジネスのコメンテーターとしても活躍している。