【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

普通、人はどれぐらいのペースで鼻毛の手入れをしているのだろうか。僕は今まであまり鼻毛に関心がなく、言わば野ざらし状態にしてきた人間だ。鼻の穴から鼻毛がワサッと出ている自分の姿を想像すると、確かにいただけないとは思うが、その一方で周りは自分のことをそこまでじっくり見ていないだろう、という冷静な自分もいる。要するに、鼻毛の手入れをマメに気にするほどの自意識の高さが、僕にはないわけだ。

ところが、チーと結婚してからというもの、この鼻毛というやつを妙に気にするようになってしまった。理由は簡単である。ほぼ毎日のようにチーが僕の顔を隈なく観察し、中でも鼻毛のチェックにはことさら余念がないからだ。

たとえば、ある休日がそうだ。二人で出かける予定があったため、僕は自宅で身支度を終えたのだが、出かける直前の段になって、チーが注文をつけてきた。

「鼻毛、ちゃんと切ってねー。さっきから大量に飛び出してるから」

山田家ではこういうことが、実に日常的だ。そのたびに僕は少し不快な気分になる。確かに鏡をよく見ると、僕の鼻の穴から数本の鼻毛がワサッと顔を出しているのだが、僕が見る限り、それは口角を全力で上げたとき、すなわち鼻の穴が横に広がった状態になって初めて目立つもので、普通の表情のときはそこまで気にならない。この程度の鼻毛をいちいちマメに手入れしている男なんか、この世にいるのだろうか。

また、僕が自宅で仕事をしていて、チーが会社から帰ってきたときもそうだ。

「ただいまー」「おかえりー」のやりとりの後に、チーはこう続ける。

「今日も鼻毛出てるねー。ずっとそんな鼻で仕事してたんだ

うるせえ――っ。帰ってきていきなりそれか。ずっと家で仕事していたんだから、鼻毛なんかどうだっていいじゃないか。

しかし、そんな反論もむなしく、チーの鼻毛チェックは留まる気配がない。最近はますます気になりだしたのか、互いに顔を見合わせて会話をするたびにチーの目線は僕の鼻の穴に集中している。僕がどんなに真剣な話をしているときでも、場の空気を一切読むことなく、「また鼻毛出てるよ」と容赦なく指摘してくるわけだ。

ここまで頻繁に指摘されると、さすがに不安になってきた。僕は人より鼻毛の量が多いのだろうか、あるいは量自体は人並みでも、僕が手入れをしないから悪いのか。もし後者ならちょっとしたカルチャーショックだ。鼻毛が出ていない世の多くの男性たちは、みんな鼻毛をマメに手入れしているということになる。正直、今までそんな話を聞いたことは一切ないが、それは僕が知らなかっただけなのか。

友人たちに訊いたところ、少なくとも僕の周りに鼻毛をマメに手入れしている男性は一人もいなかった。「鼻毛の手入れなんか、よっぽどお洒落な奴しかしねえだろ」そんな見解が、どうやら一般的のようだ。ということは、僕は人より鼻毛の量が多いという結論が正解なのだろう。こうなると自分の体質を恨みつつ、不承不承カットするしかない。

そこである日、自分でカットしてみた。チーに小さなハサミを借りて、鏡とにらめっこしながら鼻の穴の毛を恐る恐る切っていく。しかし、ずいぶん切ったにもかかわらず、それでも口角を上げると、チロチロッと鼻毛が出てしまう。我ながらしぶとい奴だ。

自力では限界があるので、チーにも手伝ってもらった。妻に耳かきをしてもらう夫はよくいるのかもしれないが、妻に鼻毛カットをしてもらう夫は僕ぐらいのものだろう。僕はチーの膝の上で仰向けになり、鼻毛の手入れを彼女に委ねてみることにした。

すると、しばらくして鼻の穴が妙にスースーしてきた。「ねえ、ちょっと切りすぎなんじゃない? 」と僕。直感で、鼻の穴から毛がほとんどなくなったような気がしたのだ。

「けど、まだ鼻毛出てるよ」チーは平然と言った。
「なんで? もう充分切っただろ」
「じゃあ、自分で鏡見てくれば? 」

チーに促されるまま、鏡と対面した。パッと見た感じでは、鼻毛が出ている様子はなかったが、例の如く口角を全力で上げると、確かに鼻毛がチロッと顔を出した。しかしどう見ても、その鼻毛は極短なのだ。頭髪で言えば、五厘狩りぐらいの短さである。

その瞬間、僕は本当の理由に気づいた。そうか、一番の原因は鼻毛の量ではなく、鼻の形だ。僕は生まれつき鼻の穴が上に向いている、いわゆる豚鼻のため、どんなに鼻毛を短くカットしても、外から見えてしまう。体質ではなく、体型が悪いのだ。

しかしだからといって、チーがそれで納得し、僕の鼻毛を見て見ないふりしてくれるかといったら別問題だ。なにしろ彼女は何事にも細かいチェックガールである。いったん気になることができたら、それを口に出さずにはいられない厄介な性格の持ち主だ。

かくして、今も僕は毎日のようにチーから鼻毛を指摘されている。改善策は一向に見つからない。こうなったら鼻毛の永久脱毛しかないな、と思う今日この頃である。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
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