【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

先日、大阪に住む僕の母親が我が家に遊びにきた。もともと東京出身の母親だけに、今も都内に実家や親戚の家があったり、昔の友人が住んでいたりするため、わりと頻繁に上京してくるのだが、そのついでに息子の新婚家庭をのぞきにきたというわけだ。

なお、我が母親はマリコという名前のため、我が家では親しみを込めて「マリーバ(マリコおバアの略)」という愛称で呼んでいる。昭和24年生まれ。とっくに還暦すぎだ。

そんなマリーバであるが、彼女は僕の近い友人たちが「山田家の最終兵器」とネタにするぐらい、濃厚且つ強烈なキャラクターの持ち主である。毒舌で天然ボケ、マイペースで大雑把、気分屋で自己主張が強いわりに人一倍繊細で気が弱い。これで文学と音楽、ファッションを愛する文化系でガーリーな60代だから、ほとほと変わり者だと思う。

ちなみに、具体的なマリーバ伝説をいくつか紹介すると次の通りである。

  1. 自分が生まれ育った実家なのに、その近所で迷子になったことが数回ある。
  2. 車の免許を取りたてのとき、「こっちの道のほうがすいている」という理由だけで”対向車線と知らず”に逆走してしまい、対向車と衝突事故を起こした。幸い、両者とも怪我はなかったが、警察にはこってりしぼられました。(約30年前のことです)
  3. 普段は家の近所でしか車を運転しないが、たまたま国道の大通りに出ることになったとき、普段と同じ感覚で時速30キロをマイペースに維持したため、背後で大渋滞が生じた。マリーバはクラクションをどれだけ鳴らされても、まったく動じなかった。
  4. 僕の同級生の友人(当時20代半ば)と初めて会ったとき、まだ話し始めて数分しか経っていないのに、いきなり「あたし、離婚しようと思ってるんやけど、どうかな? 」と相談を持ちかけた。もちろん友人は何も関係がないため、目を白黒させていた。
  5. 60歳を超えて、いまだに友達と頻繁に喧嘩をする。
  6. 美容院でお勘定を払って退店するとき、何を思ったか入口と正反対の場所にあるドアを開け、そのままスタッフルームに入っていった。なんでも、入口の反対側に出口があると勝手に思い込んでいたらしい。美容院はトンネルか。
  7. 父と夫婦喧嘩をしたとき、怒った勢いで息子に電話をかけ、「隆道、‘ヒ素’ってどうやったら手に入る?」と興奮気味に訊いてきた。もちろん洒落にならないので、息子の僕は「落ち着いて、落ち着いて」と優しくたしなめました。
  8. 父とまたも夫婦喧嘩したとき、あまりに腹を立てたため、どうにかして復讐してやろうと、家のリビングの床から数十センチの高さのところに透明の釣糸を張り巡らせようとした。もちろん、それで父の足を引っ掛けることが狙いだったのだが、「もし中途半端に転んで半身不随とかになったら余計に厄介」との理由で断念した。

などなど……。

書きだすとキリがなくなるので、このへんで終わりにするが、とにかくマリーバは奇天烈な女性だ。僕らの結婚式のとき、親族の間で「絶対、お母さんに喋らせるなよ。何を言い出すかわからんから」というお触れが密かに出回っていたほどである。

もっとも、だからといって僕はそんなマリーバのことを苦手だとか嫌いだとか、そういったネガティブな感情を持ったことは一度もない。誰よりも自分の味方でいてくれる両親は、僕にとって最大の安心材料だ。大体30数年前、僕はマリーバの中にいたのだ。

しかし、その一方でチーはどうなのか――。

僕にとっては実の母でも、チーにとっては結婚によって生じた戸籍上の義母であり、すなわち嫁と姑という何かとデリケートな関係である。もちろん、チーも今まで何度かマリーバとコミュニケーションを交わしているため、彼女の強烈キャラのことを頭では理解しているようだが、それでもまだまだ免疫は乏しいと容易に想像できる。家族全員が神経質で几帳面なA型という家庭で育った生粋のコマガールであるチーにとって、マリーバのように大雑把且つマイペースな天然キャラは、ともすれば天敵かもしれない。

しかも、マリーバが我が家を訪れる時間(土曜日の夕方ごろ)は、ちょうど僕が所用で家を留守にしているときだ。反対にその時間はチーが家にいるため、すなわち僕が帰宅する時間(夜7時ごろ)まで、チーとマリーバが我が家で二人きりになるわけだ。

「隆道が帰ってくるまで、チーちゃんと一緒に夕飯の準備でもしてるねー」マリーバは電話口で言った。「うん、わかった」僕はそう返事をしたものの、内心は不安だった。

マリーバの料理術は、食材の切り方から調味料のかげんに至るまで、何事も感性任せのアバウトレシピが特徴的だ。良く言えば臨機応変、悪く言えば雑なのだ。

一方のチーはレシピを参考に几帳面な料理をする正反対のタイプである。特にキッチンの衛生管理には飲食店並みに厳しく、マリーバのように雑菌におおらかな不衛生上等の姑と一緒に料理をすれば、方法論と価値観のギャップに悩まされることは間違いない。

果たして、チーとマリーバはうまく噛み合うのか――。その日、所用を済ませた僕は胸に大きな不安を抱えながら、二人が待つ我が家に帰宅した。

<次回につづく>

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) :
作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
山田隆道Official Blog
山田隆道公式Twitter