前回より引き続き、NHKの受信料の徴収率を計算している。NHK受信料の徴収率は、NHKの主張では70.6%(平成19年3月末)。しかし、総務省の「公平負担のための受信料体系の現状と課題に関する研究会」では、その計算方法に問題があるのではないかという指摘をしている。

NHKは契約対象世帯を4415万件と計算しているが、研究会では、NHKと同じ国勢調査に基づいても4492万件、他の統計である住宅・土地家屋調査に基づくと4600万件、住民基本台帳に基づくと4734万件になると指摘している。 これは、一般家庭の話で、事業所での契約が含まれていない。そして、研究会は、NHKが算出している事業所の計算方法にも問題があると指摘しているのだ。

総務省「公平負担のための受信料体系の現状と課題に関する研究会」の資料を基に作成したさまざまなNHK受信料の徴収率。NHK発表は70.58%だが、研究会の指摘を考慮すると、65.07%から68.31%の間になる。つまり、3人に1人は「受信料を支払っていない」のだ

事業所というのは、民間企業や病院、ホテルなどだ。このような場所でも、テレビが置かれていれば当然受信料を支払わなければならない。ところが、家庭と違うのは、事業所は一部屋が単位なのだ。家庭では世帯が単位なので、リビングに1台、寝室に1台、子供部屋に1台、車の中にテレビ放送が受信できるカーナビが1台あっても、契約はひとつでかまわない。しかし、事業所では一部屋が単位なので、たとえばオフィスに1台、応接室に1台テレビを置いたら、2契約を結ばなければならない。さらに、社用車にテレビ受信ができるカーナビがあったら、これも別契約となる。

つらいのは、病院やホテルだ。病院やホテルは今ではほとんどの病室、客室にテレビが置いてあるだろう。すると、客室が50室あるホテルでは50契約を結ばなければならないのだ(ただし、事業所割引があり、2契約以降は半額になる)。NHKの受信料は月額1345円、衛星契約が2290円なので、50の客室があるホテルでは、毎月3万4970円、衛星放送も契約すると5万9540円の受信料支払いが必要になる。日本一客室数の多いホテルは、都内某ホテルの3680室だという。この場合、衛星契約をしているとすると、毎月421万4745円の受信料を支払っている計算になる。これはかなりの負担だ。

この契約対象事業所数をNHKは、事業所・企業統計調査に基づいて289万件と推計している。しかし、研究会は、この推計にも問題が多いと指摘している。まず、NHKは事業所の56%を世帯契約扱いにしている。これは、たとえば商店街の商店や下町の工場など、住居と仕事場が同じ建物にある場合だ。そこに住んでいて、仕事場が隣接しているのだから、これは一般の家庭と同じ扱いでかまわないというもの。しかし、このような事業所はほんとうに56%もあるのかというのが研究会の指摘だ。

さらに、NHKはホテル、旅館の客数が平均14室として計算しているが、実態を正しく反映していないのではないかと研究会は指摘している。確かに、今どき10室以下のホテル、旅館というのはそう多くはない気がする。一方で、カプセルホテルなどもテレビが設置されているところがあるが、これももちろん台数分だけ受信料契約しなければならない。そう考えると、平均14室というのは確かに小さい気がする。

また、一般事業所でも、テレビ設置率が42%、設置部屋数が平均1.5室とNHKは推計しているが、研究会はこれも小さすぎる推計なのではないかと指摘している。さらに、タクシー、レンタカーにもテレビ放送受信可能なカーナビがつけられていることがあるが、これももちろん契約の対象となる。NHKはこの台数を計算に入れていないが、研究会は22万件はあるのではないかという。

こうして、研究会が推計していると、NHKの推計289万件は小さすぎて、398万件以上になるのではないかという。

NHK受信料の窓口のサイト。割引制度などの解説もあるので、別荘をもっている人、家族が単身赴任や学生寮などに入っている人、あるいは二世帯住宅などに住んでいる人は、「家族割引」などの項目を読んでおくといい。このような割引制度があるのに、知らずに受信料を払いすぎている人はけっこういると思われるからだ

さて、前回、一般世帯の推計の問題を扱って、NHKの推計の他に、研究会は3つの推計値を示した。そして、今回事業所の推計では、NHKの推計の他に、研究会は1つの推計値を示した。これで、徴収率を計算してみたのが、表の数字だ。

NHKの徴収率は70.58%だが、研究会の推計では最高で68.31%、最悪で65.07%となる。つまり、NHK受信料を支払っている人はおおよそ2/3、3人に1人は支払いをなんらかの形で免れているということになる。この数値をどう見るかは、人それぞれの感じ方だが、私は1/3の人が支払っていないという事実を目のあたりにしてしまうと、真面目に支払っているのが少しばかばかしくなってくる。「けっこうな人が免れているんだなあ」という印象だ。少なくとも、この状態のまま、受信料値上げの話がでてきたら、かなりイラっとするだろう。

もちろん、だからといって「NHK受信料なんか支払わなくていい」などとみなさんに訴えるつもりは毛頭ない。支払いは放送法に定められている義務であるし、受信料制度があったからこそ、日本はどこでもテレビが見られる国になりえたのだ。

ただ、受信料をさらに徴収するために、ワンセグ携帯(すでに対象となっている)やパソコン(今後対象となる可能性がある)も加えようというのはなにか順序がおかしいのではないかと思う。もし、すでに自宅にテレビがあり、受信契約をしているのであれば、ワンセグ携帯やパソコンが何台あろうが追加契約をする必要はない。ワンセグ携帯やパソコンが問題になるのは、「自宅にはテレビはないけど、ワンセグ携帯やパソコンをもっている」というケースのみだ。しかも、地デジ放送が受信できるテレビパソコンは、すでにテレビと同じ扱いになっているのだから、対象となるのは「今後NHKがインターネット放送を始め」「インターネット回線を自宅に引いていて」「インターネットが見られるパソコンをもっている」場合のみだ。このようなケースがいったい何万件あるのだろうか。普通に考えて、学生や単身世帯が多いだろうから、昼間はほとんど不在にしているため、契約を結ぶのもかなり難しい。労多くして、益少なしの典型だ。

しかし、事業所では事情がまったく異なる。なぜなら、テレビを設置しているオフィスはそうは多くないものの、インターネットに接続できるパソコンはほぼ全員が使っているからだ。「テレビは置いていないので受信料契約は結んでいない」という事業所はたくさんあるだろうし、「社員食堂と休憩室にだけ置いてあるので、2契約だけ結んでいる」という企業も多いだろう。しかし、パソコンが対象となると、社内の部屋数の分だけ受信料契約を結ばなければならなくなる。

NHKは家庭からはともかく、事業所からは受信料をじゅうぶんに徴収できていない。NHKホームページの「NHK受信料の窓口」にある最新の統計(平成21年度末)では、NHKは徴収率を72%、世帯契約率を78%、事業所契約率を70%と発表している。しかし、事業所の契約対象数は、研究会の推計ではNHKの推計よりも109万件も増えたことを思いだしてほしい。年度が違うので、この数値をそのまま使うのは適切ではないが、仮にNHKが発表している最新の事業所契約対象数も109万件増えるとすると、契約率が53.04%になってしまうのだ。契約していながら支払い拒否をする事業所というのはそうは多くないと思うが、実質の徴収率は50%前後ではないかと推測できる。

なぜ、事業所の契約率と徴収率はこんなにも低いのか。それは事業所はコスト意識に敏感だからだ。私の知っているある中小企業も、なんとなくテレビを置いていたが、NHKから受信契約を結ぶようにいわれた瞬間に、テレビを撤去してしまったという。考えてみれば、仕事中にテレビを見るような必要はなく、どうしても見たい人は、自分のワンセグ携帯などで見ればいいし、ニュースなどはインターネットでも動画で見られる。報道やテレビ関係の仕事をしているとか、ホテルのようにお客様に対するサービスで置いているとかをのぞけば、会社にテレビがある必要はない。事業所から受信料を徴収しようとすればするほど、テレビを撤去していく企業が増えていってしまうのだと思う。「会社にテレビは置かない」という傾向は、アナログ停波でより加速すると想像できる。

「パソコンからも受信料を」は、テレビに依存しない学生や単身者を狙ったものというよりも、事業所から受信料を徴収する秘密兵器なのではないかといったら、あまりにもうがちすぎた想像だろうか。

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