本番に強いアスリートなどを評して、「心が強い」「メンタルが強い」といったことがよくいわれます。もちろん、アスリートではなくビジネスパーソンであっても、大きな商談やプレゼンといった場でしっかりパフォーマンスを発揮できる「心が強い人間」になりたいものです。

トップアスリートのメンタルコーチとして、まさに「心が強い人間」をサポートしている飯山晄朗さんに、そんな人になるための方法を聞きました。

■心が強い人は、「感情をコントロールする方法」を知っている人

そもそもの話からすると、わたしは「心が強い」「心が弱い」といったことはないと考えています。

わたしが専門とするメンタルトレーニングにおいて、もっとも重要なものは「感情をコントロールする方法」です。なんらかの状況において必要以上にプレッシャーを感じるなど、感情(心)がよくない方向に動いたときに、その感情をきちんとコントロールしてよい方向に導くことができれば好結果が待っています。

結果を左右するのは、感情をコントロールする方法を知っているかどうか。そして、そのうえでトレーニングを積んで実際に感情をコントロールできるかどうか。それだけのことです。それは誰もができることであり、そうできている人について、周囲の人が「あの人は心が強い」「メンタルが強い」というふうに表現しているに過ぎません。

ただ、なかには感情をコントロールする方法についてなんの知識も持たないだけでなく、そのためのトレーニングも積んでいないのに、生まれながらにして感情をコントロールできる人がいます。10代といった早い年齢で頭角を現して、プレッシャーを感じることなくあっけらかんとオリンピックの金メダリストになってしまうようなアスリートなど、いわば天才肌の人です。

でも、そういう人もずっとそのままでいられるわけではありません。金メダリストになって、また4年後のオリンピックで金メダルを期待された途端、これまで感じることのなかったプレッシャーや身体のこわばりといったものを感じはじめます。

それまではなんの知識もなく考えることもなく感情をコントロールできていたため、その状況におちいったときの対処法がわからず壁にぶつかるのです。だからこそ、感情をコントロールする方法についての知識が重要だとわたしは考えます。

■脳の仕組みによって、感情がパフォーマンスを左右する

すでにお伝えしたように、世間でいう心が強い人とは、感情をコントールできる人です。そして、そうできる人が高いパフォーマンスを発揮できます。そのメカニズムには、脳の仕組みがかかわっています。

わたしたちの脳には、感情を司るために「感情脳」とも呼ばれる大脳辺縁系という部分があります。その大脳辺縁系がどんな感情を感じているかによって、脳幹という部分から分泌されるホルモンが変わります。ホルモンは、身体の様々な働きを調節する化学物質です。そのため、感情が変われば身体の調子も変わり、その後のパフォーマンスを左右するということになります。

たとえば、本番を前にしたアスリートが、「勝たなければいけない…」といった強いプレッシャーや義務感、緊張感を感じると、おなかが痛くなったり緩くなったり、頭痛が起きたり、手足の感覚がおかしくなるといったことがよく起きます。

ホルモンがそういう状態を招いているわけですが、これも人間の生命活動に必要だからこそ起こることです。いわば、ホルモンによる身体の防衛機能なのです。極度のプレッシャーや緊張感を感じる状況、あるいはそれらに伴う「つらい…」「怖い…」といった感情は、わたしたちにとって安心できるよいものとはいえません。

そのため、「いまの状況はよくないぞ!」「早くその状況から抜け出せ!」というふうに、身体の変調を通じて脳が自分に危険信号を発しているのです。そう考えると、「いまの状況は最高だ!」「この状況を楽しめるぞ!」というふうに脳が感じられて、自分がリラックスできることが、パフォーマンスを発揮するための重要なポイントです。

■高木菜那選手も実践していた「呼吸法」

では、どうすればそんなリラックスした状態を導けるでしょうか。そのためには「呼吸」を意識してください。

わたしたちは、ふだんとちがう状況に置かれると緊張します。アスリートなら試合の前、ビジネスパーソンなら重要な商談やプレゼンの前といった状況でしょうか。そういった状況で過緊張の状態におちいると、身体に様々な変調が表れます。そういう状態では高いパフォーマンスを発揮することなどできませんから、緊張をある程度緩めることが大切です。

そこで、呼吸の出番です。緊張しているときは自律神経のうち交感神経が優位になっており、逆にリラックスしているときは副交感神経が優位になっています。そして、自律神経は呼吸とつながっていますから、呼吸を変えることで自律神経をコントロールし、そして緊張状態をコントロールできるのです。とても小さな習慣に感じますが、効果は絶大です。

リラックスするためのポイントは、「息をゆっくり長く吐く」こと。息を速く浅く吸うと交感神経が優位になって緊張が高まり、息をゆっくり長く吐くと副交感神経が優位になってリラックスできるのです。

息を吐く時間は人によって肺活量もちがうために一概にはいえないのですが、「息を吸う時間の2倍の時間をかけて息を吐く」ことを目安としましょう。4秒かけて息を吸ったら、8秒かけてゆっくり息を吐くという具合です。

これは、わたしがメンタルコーチを務めたスピードスケートの高木菜那選手も実践していたことです。2018年の平昌五輪でふたつの金メダルを獲得した高木選手ですが、じつはとても緊張するタイプでした。緊張して交感神経が優位になると、人間は活動的になります。

以前の高木選手は、本番前になって緊張すると、うろうろと落ち着きなく歩きまわっては周囲の人に話しかけまくっていましたね(笑)。

そこで彼女は、スタート前にゆっくりと息を吐いて呼吸を整えることをとにかく一生懸命に練習し、そのうち「これがリラックスして集中できている状態だ!」というものを自分のなかで摑むことに成功します。そうなればもう大丈夫。元々素晴らしい力を持っていた選手ですから、スタートした瞬間にいわゆる「ゾーン」に入れるようになり、好結果を残せるようになったのです。

■一点を見つめて集中を高める「アイコントロール」

重要な場面で集中するという意味では、「アイコントロール」というメソッドも紹介しておきましょう。

わたしがサポートをしている高校の野球部が出場した秋季大会でのこと。途中から雨が本降りになる悪条件のなか、チームは劣勢に立たされていました。雨中の試合では、選手はどうしても手の滑りや足元のぬかるみなどを気にして心が乱れがちです。

そこで、選手たちに対してわたしは「一点に集中しよう!」と声をかけました。その野球部では、その声かけをすれば、投手ならボールの縫い目、野手ならグローブやバットのブランドマークを一心に見つめるように指導していました。

このように、視点を一点に絞ると「脳は集中できるという特性」を持っています。その集中法がアイコントロールです。その結果、チームは集中力を取り戻し、劣勢の展開をひっくり返して見事に勝利を収めました。

ビジネスパーソンのみなさんなら、重要なプレゼンの前など、緊張のあまりいろいろな思いが巡って集中できなくなるような場面で使ってもいいでしょう。「自分はこれを見つめれば集中できる!」というものをひとつ決めておくといいと思います。

もっと日常的なことなら、パソコン作業中に集中力が切れたといったときには、パソコンまわりを片づけて視界に入るものを減らし、画面の一点を見つめれば、集中力を取り戻せるはずです。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人