ステージに登場した新海誠監督は「またこのように戻ってこれてうれしいです」と笑顔をみせた

全国でロングランヒット公開中の新海誠監督最新作『星を追う子ども』。8月上旬からは韓国にて100館規模での公開も予定されているなど、今後も引き続き大きな注目を集めていくと思われる本作だが、東京での公開は残念ながら6月末に終了していた。

そんな『星を追う子ども』が7月9日より東京・テアトル新宿にて、2週間限定の凱旋上映をスタート。その感謝の気持ちをこめた新海誠監督による舞台挨拶が7月12日(火)に開催された。

今回の舞台挨拶では、監督としての作品についての解説および公開開始以降の2カ月間で自身が感じたことが語られ、その中でも東北地方の被災地を訪れた際に見た"風景"について言及。"不謹慎な言い方になるが"と前置きしつつ、その風景に"美しさ"を感じたという新海監督は、その風景を見ながら2つの言葉を思い出したと語る。ひとつは、サン=テグジュペリの『星の王子さま』より、「砂漠が美しいのは、その中に井戸を隠しているからなんだよ」という言葉で、その風景の美しさは、まさに情緒や抒情というものの本質だとし、「その風景の中に何があるかを想像するからこそ、それが美しく見える。それによって癒されるタイプの風景」で、たとえば『秒速5センチメートル』でいえば、夜景を描く中で、5秒くらいの短いカットにおいて、ふと手前の家の電気が消える。それだけで人は何か美しさを感じる。「それは、その裏側に人の生活があるということを知っているからこそ感じることのできる美しさだと思う」。

その一方で、対照的な言葉として、映画『ブレードランナー』にてレプリカントが語る「私はお前たち人間の信じられないものを見てきた。オリオン座の近くで燃える宇宙船、タンホイザー・ゲートのオーロラ……」を挙げる。その風景は、人間の手が届くことのない、本来残酷である自然そのものであり、新海監督が被災地で見た風景は、どちらかといいえば、こちらに近いと語る。

そんな言葉を思い出しつつ、実際に『星を追う子ども』の中でも、2種類の風景を描こうとしていたことに気づいたという新海監督。ひとつは、昔からずっと描いてきた「人を包み込んで癒しくれるものとしての風景」。作中でいえば、前半に描かれたアスナが過ごしている山間の田舎の町の風景であり、それは人間がゆっくり自然と一緒に作り上げてきた風景で、人はそれを見るだけで癒される。

それに対して、もうひとつ描こうとしてきた風景は、『ブレードランナー』でレプリカントが言った風景、つまり、「人の手が届かない、冷たい残酷なものとしての自然の風景」であるという。作中ではアガルタの後半に出てくるもので、「風景として物理的には美しいけれど、そこに癒しを見出すことのできない、冷たいものとして描こうと思った」と振り返った。

およそ15分ほどの短い時間の中、ソフトな語り口で観客を魅了する

また、この風景描写について語る際、公開を直前に控えるスタジオジブリの『コクリコ坂から』を引き合いに出し、「どちらかというと、最初のほうの、人を優しく包み込む風景が描かれている映画だと思う」と推察する。『コクリコ坂から』については、「原作も読んだし、すごく楽しみにしている」という新海監督だが、宮崎吾郎監督が言ったという「アニメーションでしばらくはファンタジーを描くべきではない」という言葉について、「今、『秒速5センチメートル』を作っていたら、僕も"日常"を描くべきだと言っていたかもしれない」と述べつつ、現時点ではまったく違うことを考えていると語る。

たとえば、『コクリコ坂から』のキャッチコピーである「上を向いて歩こう。」という言葉は、『星を追う子ども』には当てはまらないという新海監督。「自分の身の回りに揺るがない共同体があってこそ上を向けるんだと思う。周りを人に包まれている安心感があるからこそ上が向ける。でも、そういう安心感がない場所では、人はどこを向くことができるのか?」。ジブリ的な温かな風景ではない、異質な人の手の届かない自然の固い風景の中で生きていかなければいけないとしたら? アニメーションであれば、その中に何か情緒を見出せるのではないだろうか? そして、その中に情緒を描き出せるのではないだろうか? そのようなことをこの2カ月を経て、考え始めるようになったという。

舞台挨拶終了後に行われたサイン会。サインだけではなく、参加者ひとりひとりが話す感想に耳を傾け、かたい握手を交わしていく

その点を踏まえて、まだ漠然とした考えながら、「たぶん残酷な自然があって、手の届かないような場所があって、でもその中で人が生きていかなければいけない。それをどのようにアニメーションで描こうか、ということを今考えています」と次回作の構想についても言及。最後に、「『星を追う子ども』に出てくる登場人物たちは、『コクリコ坂から』の登場人物とは違って、なかなか結託して仲良く手を取り合って何かをするということができない人たちだと思います」という新海監督は、「温かな共同体の中にいても、どうしてもその中に優しく溶けてしまわない、固い孤独の核みたいなものをみんな気持ちの中に抱え込んでいて、それがときおり響きあうというタイプの作品を作りたかった」と語り、この2カ月間で、「どうしても溶かすことのできない孤独を抱えている登場人物をこれからも、全員ではないにせよ描きたいと思いますし、もしくはそういうものを抱えている観客の方に向けて、僕はほかでは作られていないような作品を作っていきたいという気持ちになりました」と結んだ。


現在、『星を追う子ども』は全国にて公開中だが、東京では、テアトル新宿にて7月22日(金)までの限定公開。なお、7月16日(土)にも新海監督による舞台挨拶、およびサイン会の開催が予定されている。詳細については、『星を追う子ども』の公式サイト、あるいは「テアトル新宿」の公式サイトをチェックしてほしい。

(C)Makoto Shinkai/CMMMY