2011年5月7日より全国ロードショーとなった新海誠監督の最新作『星を追う子ども』だが、6月16日(木)には、東京・池袋のシネマサンシャイン池袋において、「星を追う子どもスペシャルナイト Vol.3 『星を追う子ども』を読む」が開催された。

「星を追う子どもスペシャルナイト」では、ゲストが登壇する前に、新海監督による一人語りが行われる。ここはぜひ実際に劇場にて楽しんでもらたいポイントである

6月2日に行われた「Vol.1」6月9日に行われた「Vol.2」に続き、今回3回目となった「星を追う子どもスペシャルナイト」では、ゲストに大妻女子大学教授である大野真氏が登場。「深読み映画論」にて新海監督の前作である『秒速5センチメートル』を鋭く読み解いた大野氏が、どのような視点で『星を追う子ども』に迫るのかに大きな注目が集まった。

まずは『星を追う子ども』を見た率直な感想を大野教授に迫る新海監督。「やはりご多分に漏れずと申しますか、一番最初はジブリがどうしても浮かんでしまった」という大野教授だが、「パロディとも違うし、無意識に似てしまったものともどうやら違う。新海さんの意図はどこにあるのかというのが大きな疑問だった」と続け、結局『星を追う子ども』を4回見て、次第に新海監督のやりたかったことがわかってきたと語る。

新海監督が、大野教授の著書「深読み映画論」を読んでメールをしたのが、2人の出会いのきっかけとなっている

「ジブリから入って、ジブリと違う場所に出る」。このことに納得できたという大野教授。特に映画終盤の流れについては、「持ち上げるつもりはないが」といいつつ、「完璧だったというのが正直な感想」と述べる。

「ジブリは僕も大きな影響を受けていますし、日本のアニメーションを作っている人なら全員が巨大な影響を受けていて、逃れようと思ってもなかなか逃れられないものだと思う」という新海監督は、「ジブリはもはや日本のディズニーのような存在で、すでに環境のようなものである」と分析。日本のアニメはキャラクターデザインが特徴的で、「ピンク色の髪をしている子がだいたい主人公(ヒロイン)で、メガネをかけていると委員長的なキャラであるように、パーツの組み合わせでできている」と、東浩紀氏の指摘を引用しつつ、論を展開。「僕たちの世代にとって、ジブリはキャラデザと同じように、組み合わせの対象という感覚がある」と語る。

さらに、「宮崎駿さんの作品は、神話の形に大変近い」という新海監督は、今回の『星を追う子ども』を作るにあたっても、「ある程度、神話的な形、普遍的な形をもった物語にしたいと思った」と語り、「一つの大きな形として、行って戻る話にしたかった」と説明。これは神話のひとつの原型であり、こういった神話的であり、普遍的なパーツを組み合わせることを、ある程度自覚的にやったのが今回の作品であると結論付ける。そして、アガルタに行くことによって、アスナは自分自身の孤独、寂しさの核みたいなものに触れることができたのではないかという大野教授は、「『ただ寂しかったんだ』ということを知ったことが、彼女が(地上に)戻ってくる要因になった」と読み解く。

それに対して、アスナのセリフは神話の構造から導き出されたものではなく、自分自身が言わせたい言葉だったと補足する新海監督。「ただ、それでは物足りない人もいるかもしれない。あれだけ大げさな舞台装置を設定しておいて、ヒロインの女の子の気づいたことが『私、ただ寂しかった』。それでいいのかと。あそこで力が抜けてしまったという意見もときどき聞くのですが、僕はあれが言いたかった」と力説する。

以前、大野教授のゼミに参加した際、「アガルタでシンが髪を切るシーンは、『もののけ姫』におけるアシタカと似ているのでは?」という質問を受けたという新海監督。「『もののけ姫』は好きな作品なので、覚えていないわけはないのですが、絵コンテを描いているときにはまったく意識していなかった」と語り、「何か大きなものに向かうときに髪の毛を切るというのは、昔から普遍的にあるしぐさであり、だからこそ宮崎さんも使い、僕も接近してしまったんだと思う」と説明する。

「新海監督はロマンチストだと思う」という大野教授だが、「『秒速5センチメートル』や『雲のむこう、約束の場所』、『ほしのこえ』を見ればわかるじゃないですか」と前置きしつつ、「普通のロマンチストはどこかに飛んでいってしまい、形をもたないが、新海監督は、内部のマグマみたいなものを非常に冷ややかな器に盛って、それをすっと差し出す。そういう才能のある人だと思うので、ただのロマンチストではない」と語る。

また「『秒速5センチメートル』は抒情詩で、『雲のむこう、約束の場所』もやっぱり物語のつもりが詩になっていたが、今回は明確にちがうものを作ろうとした」という新海監督に対して、三島由紀夫と小林秀雄のやりとりを引用しつつ、「『秒速5センチメートル』までの作品は抒情詩、非常に美しい抒情詩だったと思う」と同意する大野教授。「『秒速5センチメートル』も、最後に明里と思しき女性が踏み切りの向こうに行く。それが、もし振り向いていれば、そこから新しい物語がたぶん始まって、全然違う物語になっていたのではないかと思う。他者や社会というものが入ってくるのが小説であり、物語。今回、新海さんがやったのはそれである」という大野教授の言葉に新海監督は、「『秒速5センチメート』のような作品を作ってほしいというお言葉をたくさんいただくのですが、今回、違う方向に踏み出したのはまちがいではなかったと思えて、慰められました」と安堵の笑みを浮かべた。

さらに大野教授は「ホフマンスタールも三島もランボオも、10代で詩を捨てています」と続け、「ホフマンスタールは、人間とのもっと強い関係を求めて、オペラや小説や演劇に向かったりもしていますが、でも彼が20歳になって最初にやったことは古代ギリシア悲劇の翻案なんですよ。古典的名作をもとにそれを翻案するという、いわゆる本歌取り。今回、新海監督は宮崎作品を本歌取りしたのではないか」と読み解いた。

ジブリと新海監督との関係において、「非常に意外に思ったのは、新海監督が『ゲド戦記』が好きだということ」と驚きの表情で語った大野教授。新海監督は、その周辺の状況も含めて、宮崎吾朗監督作品については注目しているという


ここまで3回に渡って開催された「星を追う子どもスペシャルナイト」だが、6月23日(木)には第4回目として、首都大学東京教授で社会学者の宮台真司氏がゲストで登場する。宮台氏がどのような視点で『星を追う子ども』を論じるのか? 参加方法などの詳細は公式サイトをチェックしてほしい。

イベント名 星を追う子どもスペシャルナイト Vol.4『星を追う子ども』を論じる
日程 2011年6月23日 (木)
時間 20時10分の回上映終了後
場所 シネマサンシャイン池袋
ゲスト 宮台真司 (社会学者・首都大学東京教授)
内容 監督×ゲストを招いてのティーチイン
※日時などの詳細は変更になる場合があるので、必ず公式サイトでの発表をご確認ください