住宅ローンの手続きを簡略化する「住宅ローンテック」サービスを展開する iYell(イエール)が、事業成長に伴って発生する業務量の増加を Azure AI サービスを活用して解決しました。採用したのは、Azure Cognitive Services と Power Automate です。iYell にとってはマイクロソフトの製品を本格採用した初めてのケースでしたが、導入を事業部門が主導し、PaaS を活用しながら、非エンジニアでも簡単に運用できる仕組みを構築しました。今後は、自社サービスに ChatGPT などの Azure OpenAI Serviceを導入することも視野に入れています。
2500 社に導入される住宅ローン業務効率化システム「いえーる ダンドリ」を提供
2016 年に創業し「隣の人を応援(Yell)する。応援された人はまた誰かを応援する。それが繰り返されて、幸せの連鎖(chain)が生まれる」をモットーに、住宅ローンの手続きを簡略化する「住宅ローンテック」サービスを展開する iYell(イエール)。主力サービスである住宅ローン業務効率化システム「いえーる ダンドリ」は、工務店や不動産会社を中心に導入企業 2500 社以上、住宅ローン審査申し込み月 1000 件以上、継続率 92.2 %の実績を誇ります。
いえーる ダンドリが多くのお客様に選ばれるサービスとして成長を続けている秘密は、手間のかかる住宅ローン業務を丸ごと専門家に任せられることにあります。住宅ローン業務とは、工務店や不動産会社が住宅の売買などでお客様と住宅ローンに関する契約を取り交わす際に発生する業務です。
具体的には、住宅ローンの選定と提案、 金融機関への事前相談、事前審査・正式審査申込み、不備書類の取付、金融機関への送付、お客様・金融機関への各種連絡、金消契約準備・日程調整、つなぎ融資の進捗管理 、火災保険付保などです。iYell ダンドリ企画部 部長 初瀬 弘一郎 氏はこう説明します。
「工務店様や不動産会社様は、契約済顧客の住宅ローン業務に時間を取られて、営業活動に専念できず、新規案件の契約件数が伸びないといった悩みを抱えています。いえーる ダンドリを利用すると、住宅ローン業務の全業務量の 25 %程度を削減することができます。削減した時間を使って集客や反響対応、見込み客フォロー、面談・顧客グリップ、建築プランの確定、請負契約締結といった営業活動に専念できるようになります」(初瀬 氏)。
いえーる ダンドリは、住宅ローンを契約する消費者にとっても大きな助けとなるサービスです。住宅ローンの相談や申し込みの手続きは、準備する書類の種類が多く、やりとりが複雑です。住宅ローンの種類がよく分からず、不動産会社などから提案される提携先の住宅ローンだけに選択肢が狭まってしまったり、手続き中にどの書類を提供したか分からなくなってしまったりすることも多くあります。いえーる ダンドリは、それぞれに悩みを持つ不動産会社と消費者を Web サイトやスマホアプリを介してつなぐことで、スピーディーで安心な住宅ローン対応を可能にすることを目指しています。
ただ、いえーる ダンドリというサービス自体も、ユーザー数の拡大とともに業務量が増大するといった課題を抱えていました。これを解決したのが Microsoft Azure(以下、Azure)の AI サービスでした。
お客様あたり 100 種類超の書類をチェック、ビジネス成長と共に作業量が増加
いえーる ダンドリが直面した業務量の増加とは、住宅ローン手続きで必要になる大量の書類の処理です。
銀行に審査を申し込む際には 100 種類ほどの書類が必要です。免許証、保険証などの身分証明書から、役所からもらう収入証明書や住民票書類、物件にかかる売買契約書などの各種契約書類まで、形式も紙や電子データなど多種多様です。紙の書類には郵送から FAX、手渡しまでがあり、電子データもメールの他に Web サイトやアプリ経由の場合もありました。お客様からだけでなく、不動産会社や、金融機関、司法書士などとやりとりする書類もありました。
「住宅ローンで取り扱う情報は個人情報ですから法令を遵守し厳格な社内ルールに則って管理しなければなりません。そこで当社では、いただいた書類をデジタルデータ化し、一定のルールでファイルに名前を付けて、安全なクラウドストレージ上で管理していました。お客様ごとに一つずつフォルダを作成し、データをいただくたびにフォルダにファイルを追加するのですが、案件数が増えるとフォルダも増え、フォルダに追加されるファイルのチェックが負担になっていきました」(初瀬 氏)。
書類の処理はオペレーター約 40 名という規模で実施していましたが、新規に追加されるファイル数は 1 日 500 ファイルを超えており、クラウドストレージのフォルダ管理だけで 4 人が付きっきりでチェックする必要があったと言います。
顧客データが誤って別の顧客のフォルダに仕分けられたり、紛失したりすれば個人情報が漏洩し、業務に致命的な影響を与えてしまいます。仕分けからファイル名の変更、コピー、確認などは、複数人でダブルチェック・トリプルチェックを行う体制でしたが、それでも担当者によって、ファイルの命名やチェックの品質にばらつきが生じていました。
「AIを使えばこうした大量の書類の処理を効率化できるのではないかと考えました。すでにさまざまなクラウドベンダーから AI サービスが発表されていたので、いくつかのベンダーに問い合わせを行いました。そのなかで最もレスポンスが速かったのがマイクロソフトでした。見積りはもちろん、どういう仕組みで実現するか、そのためにパートナーがどんな支援をしてくれるかなどを回答いただきました。スピード感が心地よく、別のベンダーから見積りの回答が届く前に、マイクロソフトさんにお願いすることを決めたほどです」(初瀬 氏)。
そのスピード感は、問い合わせへの返信は即日、見積りの回答までは 2 週間、その 2 週間後にはプロジェクトのキックオフというものでした。
既存の業務プロセスに手を加えずに、導入するだけで業務を効率化できる AI サービスを開発
AI サービスの導入は、初瀬氏が統括する企画部門が主導しました。iYell ではサービス開発や運用のための社内エンジニアの他、開発パートナーとなるエンジニアも多数在籍しています。いえーる ダンドリのサービスに直接関わる業務とはいえ、作業負担の軽減という効率化を目的としたプロジェクトであったため、特別な予算をかけることは難しい面がありました。そこで、企画部門が決裁権を持ちながら、部門内の小さな取り組みとしてスタートしたと言います。
初瀬 氏と共に企画部門として AI サービス導入に携わったダンドリ企画部 前川 要 氏は、こう話します。
「当社では、スタートアップとして意思決定のスピードを重視しています。マイクロソフトのスピード感のある提案は、そうしたスタートアップのカルチャーにマッチしていました。提案していただいたサービスも、特別な IT 知識を持たない事業部門でも利用できる内容だったことも魅力でした。最初は小さくスタートしたのですが、テストデータを使った検証では大きな効果を確認することができ、そのまま本採用に至ったという経緯があります」(前川 氏)。
初瀬 氏も前川 氏も、プログラミングやコーディングなどの経験はほとんどありません。提案された AI サービスは、エンジニアの助けを借りなくともアップデートや改修が可能なもので、AI の精度も高かったと言います。
「既存の業務プロセスに手を加えずに、業務を効率化できることがポイントです。書類をいただいたら、この AI サービスでチェックするだけで、お客様専用のフォルダに自動的に仕分けして、命名規則に従ってファイル名を変更してくれます。一部では人の目によるチェックを行っていますが、基本的には AI が自動的にフォルダへの仕分けとファイル名の変更を行います。スキャンした紙の文書の場合も、テキストデータを自動抽出して、適切なフォルダに仕分けます。これにより仕分け作業が不要になり、内容のチェックも最小限で済むようになりました」(前川 氏)。
初瀬 氏は、AI の精度は想像以上だったとし、こう話します。
「住民票や源泉徴収票など決まったフォーマットできれいに印字された紙の文書は、AI – OCR などの技術で精度の高いテキスト化が可能だとは思っていました。ただ、今回のサービスは、フォーマットもバラバラなうえ、手書き文字も多く、内容も専門的です。そうした文書でも、正しく認識し、正確に仕分けできることに非常に驚きました」(初瀬 氏)。
4 人月から 0.5 人月へと工数を削減、限られた人員で事業成長を支えることが可能に
導入した AI サービスは、Azure Cognitive Services と Power Automate を中心にした Azure の PaaS サービスを使って構築されています。文字認識やテキスト内容の認識は、Azure Cognitive Services の画像認識機能やテキスト解析機能を活用し、自動的にフォルダに仕分けたり、命名規則に則ったファイル名変更には Power Automate の自動化機能を活用しています。
「スキャン画像からテキストデータを抽出したり、命名規則を変更する場合には、いえーる ダンドリ専用の辞書を用いています。多くの AI サービスは、この辞書のメンテナンスで専門的な知識や知見が求められるようですが、今回のサービスでは、辞書を Microsoft Excel で管理できるインタフェースを作成いただきました。これにより、業務プロセスの変更などがあったときに、エンジニアでない担当者でも簡単にアップデートや改修ができるようになりました。Azure の PaaS サービスを活用することで、事業部門がやりたいと思うことをそのままストレートに実現できたのです」(前川 氏)。
AI サービスは、マイクロソフトのパートナーがスピード感を持って開発しました。開発開始から正式運用までは 3 カ月ほどしかかかっていません。初瀬 氏は、AI サービスによって得られた効果について、こう話します。
「大きく三つの効果があると考えています。一つ目は、業務を大幅に効率化できたこと。これまで 4 人が専門で担当していたところを、人の手による最終的な目視チェックだけで済ませられるようになりました。4 人月が 0 . 5 人月になったイメージです。二つ目は、命名規則に沿った標準的な運用を自動的に行うことができるようになったこと。人によるミスや属人的な処理が減り、『もらったはずのファイルがどこにあるか分からず探し出す』といった作業もなくなりました。三つ目は事業の成長に合わせて人員を確保する必要がなくなったこと。ボトルネックのない状態で、限られた人数で運用を回すことができるため、事業の成長を妨げることがなくなりました」(初瀬 氏)。
iYell では、全社的なコミュニケーション基盤やオフィススイート製品について、マイクロソフト製品ではないサービスを利用しています。Azure Cognitive Services も Power Automate も組織としては初の本格導入となりました。
「全社の標準プラットフォームではないサービスを初めて採用することになったため、システム管理やガバナンスの面から懸念を示されたことも事実です。ただ、それを大きく上回る成果を挙げたことで、社内調整の結果積極的に活用していく方針に変わりました」(初瀬 氏)。
オペレーターが AI を当たり前のように活用してお客様に寄り添ったサポートを提供
初瀬 氏は、AI サービス導入が成功した理由について、業務課題が明確で、それにピンポイントで応えられるサービスだったことを挙げます。
「AI サービスというと、AI が流行っているからまず入れてみようというアプローチになりがちです。もちろんそうした取り組みで新しい価値が生み出せる面も大きいと思います。ただ、今回のように、明確な業務課題に対して、適切なソリューションとして導入できるほど、AI は成熟してきていると思います。実は、今回のAI の学習は既存の定型的な辞書を使っただけで、不動産業界や金融業界に特有のフォーマットなどを学習させたわけではありません。今後、AI の学習を進めていくことでさらに精度が高く、まったく人手を介さない仕分け、さらにはそれを活用した自動処理なども可能になっていくと思っています」(初瀬 氏)。
さらに、将来的には、ChatGPT などの Azure OpenAI Service のテクノロジーも採用していきたいと話します。
「いえーる ダンドリのスマートフォン向けアプリでは、お客様、不動産会社、当社の住宅ローンデスクでの 3 者間コミュニケーションをチャットで行うことができる仕組みを提供しています。ChatGPT のようなテクノロジーは、そうしたビジネスコミュニケーションでも親和性が高いと思っています。これまでに蓄積してきたデータとチャットの新しい AI テクノロジーをうまくかけ合わせることで、住宅ローンについての問い合わせをこれまでよりも速く行ったり、オペレーターの応対品質を高めたりすることができると思っています。また、我々からお客様に寄り添った提案を行ったり、お客様側からチャットを使った気軽な相談を行ったりできるようになると考えています」(初瀬 氏)。
不動産業界における DX(デジタルトランスフォーメーション)は、他の業界に比べて遅れているとも言われます。そうしたなかで iYell は、住宅ローンの手続きを簡略化するところから業界の DX を推進すべく取り組みを進めています。そこでキーになってくるのが AI です。
「今後は、すべてのサービスがAIありきで動いていくと考えています。実際、今でも AI を使っていない製品やサービスは時代遅れになりつつあると感じます。いえーる ダンドリにおいても積極的に AI を取り入れ、お客様の満足度を高めていきたいと思います」(前川 氏)。
Azure の AI サービスは、PaaS として事業規模に関係なく利用できることがメリットだと言います。初瀬 氏も、こう展望します。
「住宅ローンを利用する際にはさまざまな不便があります。iYell は、住宅ローンの手続きを簡略化することで、お客様、不動産会社、金融機関にとって最適な世界をつくろうとしています。AI が人にとって変わるのではなく、オペレーターが AI を当たり前のように活用してより親身にお客様に寄り添ったサポートができるようにしていきます」(初瀬 氏)。
マイクロソフトはさまざまな AI サービスと PaaS サービスで、今後も iYell とお客様を支えていきます。
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