「AIエージェント」の可能性と課題

2022年末にOpenAIの「Chat GPT」が登場して以来、IT業界は1つの大きなモメンタムに突入したと言っても過言ではない。その後、IT企業のみならずグローバル規模で業種・業界を問わず、どのように生成AIを利用していくのかということに取り組み、昨今では実際に組織内で「活用」していくフェーズを迎えている。

この活用するフェーズで注目されているのが「AIエージェント」だ。現在、大手からスタートアップまで、さまざまな企業がAIエージェントを提供し、鎬を削り合う状況となっている。大きな可能性を秘めたAIエージェントではあるが、複雑性も生み出すことが懸念されている。

組織・企業内の各部門が独自のエージェントを持つことによるサイロ化に加え、既存の自動化アプリケーション・ツールとの統合が不十分であり、可用性、信頼性、セキュリティ、ガバナンスの確保といった課題がある。

こうした組織・企業が抱える課題を解決するための製品として、日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)ではAIエージェント構築のためのプラットフォーム「IBM watsonx Orchestrate」(同、watsonx Orchestrate)を提供している。本稿では、同社 テクノロジー事業本部 データ・プラットフォーム事業部 製品統括営業部部長の四元菜つみ氏に、watsonx Orchestrateの機能やメリットに関して話を聞いた。

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    日本アイ・ビー・エム株式会社 テクノロジー事業本部 データ・プラットフォーム事業部 製品統括営業部部長 四元菜つみ氏

IBMの実践から生まれたAIエージェント基盤「IBM watsonx Orchestrate」

watsonxは、2023年5月のIBMの年次イベント「Think 2023」で発表された企業向けのAI活用を加速するためのプラットフォームで、その中でもAIエージェント基盤を提供するのがwatsonx Orchestrateだ。四元氏は同製品を以下のように説明する。

「watsonx OrchestrateはAIエージェントと呼ばれる前から、自社で活用してトランスフォーメーションを進める取り組み『クライアント・ゼロ(Client Zero)』がベースにあります。財務や人事、調達・購買の領域で活用し、得られたスキーム・仕組みを製品としてプリパッケージ化して提供しています。当社の経験がベースとなると、どうしても大企業だけを対象にしていると考えられてしまいますが、月額500ドルからスタートできます。そのため、中堅・中小企業、いわゆるミッドマーケットのお客さまも含めて、AIエージェントで生産性や効率の向上を目指すことができるソリューションです」(四元氏)

実際、クライアント・ゼロのプロジェクトにおいて、カスタマーサポートのケースの要約処理に活用し、四半期あたり12万5000時間を削減したほか、調達業務ではサプライチェーンのコンプライアンス対応に活用して、数十万時間単位の効率化が図れたという。

watsonx Orchestrateは、チャットインタフェースをベースに、ユーザーは自然言語で相談するような形で問いかけると回答し、チャット自体はWebやSlack、Teams、音声にも対応している。裏側はIBM独自のLLM(大規模言語モデル)「Granite」やGoogle、OpenAIなどサードパーティのLLMも組み込むことができるオープンなアーキテクチャとなっている。

また、API連携も可能なため、例えば他社のSaaSを利用している場合は提供されているAPIを叩いて連携できるほか、APIを作っていない企業固有のシステムの場合はRPAをキックする形で外部システムとの連携を可能としている。

四元氏は「IBM CloudとAWS(Amazon Web Services)上で提供していますが、マルチクラウドでサービスを展開・運用するのは簡単なことではありません。それを可能にしているのがRed Hat OpenShiftです。標準化することで、どのクラウドでも載せることができていますし、ソフトウェア版として提供することでお客さまのハードウェアにも載せることができるのは、OpenShiftの柔軟性と可搬性によるものが大きいです」と述べている。

「IBM watsonx Orchestrate」の柔軟な連携と拡張性

ここまで、watsonx Orchestrateの機能面について紹介したが、導入するメリットはどうなのだろうか。例えば、フローの保存形式やバージョン管理、再利用性など、他システムとの連携や拡張性、運用・保守のしやすさ、作成したワークフローを他チームで利用できるかなど、構築したフローが継続的に改善・活用できるか否かは導入の判断材料になる。

こうした点に関して、四元氏は「watsonx Orchestrateは非常に柔軟に作られています。AIエージェントが使うであろう他社のツール、例えばOutlookでのメール送信やSalesforceでの案件登録など、個別のツールは最初からプリセットで提供しているものがあるため、自由に使うことができます。また、プリセットで入っていなくても、社内で頻繁に使うものをテンプレートとして登録することもできます。年次イベントの『Think 2025』では『Agent Catalog』を発表しています」と話す。

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Agent Catalogは、人事・営業・調達など業務に特化した事前構築済みですぐに使えるエージェントをwatsonx Orchestrate上に用意し、パートナー企業が提供する150以上(2025年5月時点)のツールやエージェントにアクセスが可能。今後はAgent Catalogにおいてカタログ数・エージェント数の拡充を予定している。

四元氏は「他社と比べてもエージェントの数が充実しているのもwatsonx Orchestrateの特徴です」と述べている。

また、組織内でAIエージェントを活用していくためにはデータの質とガバナンスの担保は必須だ。そのため、データの質に関しては「IBM watsonx.data」、ガバナンスについては「IBM watsonx.governance」でそれぞれカバーできる。

同氏は「企業内のデータを集めて、AIエージェントに回答させるにはデータ基盤が重要になり、watsonx.dataは他社のエージェントのバックエンドとして使うことが可能です。watsonx.governanceも他社エージェントに対してガバナンスを効かせることができるようになる予定です」と説明する。

さらに、他社のオーケストレーションツールと比較した優位性として、ベンダーロックインしないオープン性を意識して作り込んでいる点を挙げる。四元氏は「そこが優位性であり、他社にはない大きなメリット」と述べている。

同氏によると今後、各社においてAIエージェントが提供されるようになると“野良AIエージェント”の増加が見込まれているという。そのため、AIエージェントの管理が複雑になることが予想されているが、オープンアーキテクチャのwatsonx Orchestrateであればマルチベンダー、マルチエージェントを一括管理することを可能としている。

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そして、四元氏にどのような課題を持つ日本企業に対してwatsonx Orchestrateは効果を発揮するのか尋ねたところ、以下のように話す。

「日本企業特有の課題としてはプロセスの煩雑化があると思います。そのため、例えば手入力や目視での確認、人に質問するといった人が介在せざるを得ないプロセスに対して、watsonx Orchestrateは大きな効果を発揮すると考えています」(四元氏)

一方で、日本企業はデータ保護や監査対応を重視する傾向にもある。こうした懸念に対してもIBMでは打ち手を用意。日本国内のAIガイドライン対応に加え、金融、医療、公共機関など業界ごとの規制に対応するための柔軟な設計を可能としている。そして、2025年にはHIPAA(米国の医療情報保護に関する法律『Health Insurance Portability and Accountability Act』の遵守を証明するもの)に対応する予定だ。

AIエージェントを導入する際のベストプラクティス

では、AIエージェントを導入する際のベストプラクティスとは、どのようなものがあるのだろうか?

その点について、四元氏は「大きな成果を得ようと欲張りすぎないことですかね。まずは、ゴールを明確に定めたうえでスモールスタートし、トライ&エラーで仮に成果が出なければ、改善するために工夫すべきポイントを把握して、もう1度試してみる。クラウドのため試すことができますし、AIエージェント自体が日々進化しています。もちろん、経営的判断で定量的な効果を測るためROI(投資対効果)を期待しがちですが、縛られる必要はないと考えています。IBM自身も5~6年経過して成果が見えましたし、強制力がある制度設計の中で運用していくことも肝心です」と提言している。

今後、watsonx Orchestrateの普及・展開に向けて、コンサルティングファームとの協業や販売代理店とのエコシステム強化などに取り組む姿勢を示している。

コンサルティングファームとの協業では、すでに昨年11月にEYストラテジー・アンド・コンサルティングとwatsonx Orchestrateを組み込んだ「Work Agent One」を開発。また、販売代理店とのエコシステム強化では、例えばwatsonx Orchestrateを活用したアセットや、構築したAIエージェントを搭載することなどを想定しているという。

このように、watsonx OrchestrateはAIエージェントの導入・運用における複雑性を解消し、企業の業務変革を現実のものとするための強力なツールだ。その効果を最大限に引き出すためには、まず自社の業務プロセスを見直し、どのような領域に対してAIエージェントを活用できるのかを具体的に見極める必要があるだろう。企業におけるAI活用のネクストステージに向けて、watsonx Orchestrateが果たす役割に期待したい。

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