企業の競争力を加速させる生成AIの新たな形として、「AIエージェント」という言葉を聞かない日はない。国内最大級のLLM「Sarashina」を有するSB Intuitions株式会社も、AIエージェントの商用化を目指し、現在パートナー企業との開発に取り組んでいる。同社が構想するAIエージェントは企業にどんな変化をもたらすのか、技術本部 事業戦略部 事業開発スペシャリストの池田 亘希さんと、事業開発アソシエイトの陳 語トウさんに話を伺った。

  • (右)SB Intuitions株式会社 技術本部 事業戦略部 プロダクトチーム 事業開発スペシャリスト 池田 亘希さん、(左)SB Intuitions株式会社 技術本部 事業戦略部 プロダクトチーム  事業開発アソシエイト 陳 語トウさん

    (右)SB Intuitions株式会社 技術本部 事業戦略部 プロダクトチーム 事業開発スペシャリスト 池田 亘希さん
    (左)SB Intuitions株式会社 技術本部 事業戦略部 プロダクトチーム 事業開発アソシエイト 陳 語トウさん

業務を自動化できるAIエージェントの台頭は必然だった

―― まずはお二方の業務について教えてください。

池田さん:Business Development(事業開発)として、当社が開発するLLM「Sarashina」やRAGなどの周辺システムを市場で展開するための戦略立案や、導入における技術支援を担当しています。また、製薬、金融、医療、法律といった業界向けのプロダクト開発に向けた事業企画や、パートナーシップの締結に注力しています。CEOの丹波とさまざまな企業に赴き、商談を行うことも多いです。

陳さん:私は業界特化モデルのプロダクト化における企画や、共同研究の推進業務を担当しています。

―― 昨今話題の「AIエージェント」ですが、なぜこんなにも注目されるのでしょう。

池田さん:ここ数年のビジネスにおける生成AIの普及の流れを振り返れば、AIエージェントの台頭は必然といえるかもしれません。

2023年にChatGPTが登場して以降、多くの企業がチャットボットとして生成AIを活用するようになりました。しかし、生成AIのモデル単体では学習済みの知識に依存するため、実際のビジネスシーンでの利活用には限界があります。そこで2024年に注目されたのが、自社のデータやインターネット上の情報などの外部情報を参照し、生成AIの知識を補完することで回答精度を高める「RAG(Retrieval-Augmented Generation)」です。これにより、生成AIはより業務に即した回答を生成できるようになりました。 しかし、RAGを活用してそれなりに業務を効率化できるようになると、今度は「AIに業務そのものを任せたい」というニーズが生まれます。そこで注目されているのが「AIエージェント」です。

AIエージェントとは、いわば一連の業務プロセスを自動化するものです。 これまでの生成AIは、ある種「質問回答」にとどまっていましたが、AIエージェントは「タスクの実行」まで担う点が大きな違いです。例えば契約書を締結する際、ドラフト作成や法務観点からのレビュー、さらには合意が取れた際の署名などといったプロセスが発生します。これらの工程を各部門の人間が行っていくと数週間はかかりますが、それぞれの役割を持ったモデルが連携しながら一気通貫でタスクを実行できるようになることで、大幅な業務効率化を実現できます。

このように、AIエージェントを営業部門やマーケティング、経理や人事といった各部門に導入することで、既存のビジネスプロセスは大きく変わると考えられています。いわば、DX、AXならぬ、「Agent Transformation」といえるかもしれません。

  • SB Intuitionsが考えるAIエージェントの水平・垂直適用

また、ユーザーが業務プロセスのレールを敷いてあげることでタスクを遂行する「ワークフロー型AIエージェント」だけでなく、ゆくゆくは非定型業務に対しても人間の意図をくみ取り、適切に対応できる「自律型AIエージェント」の実用化も期待されます。もちろん、当社もその実現を目指しています。

ビジネスチャンスの拡大とともに、社員に求められるスキルも変化

―― AIエージェントが普及することで、ビジネスにどのような効果が期待できますか?

池田さん:ビジネスの世界では、意思決定の質と回数が成長を左右するといわれています。AIエージェントを用いて業務の質とスピードを上げることで、ビジネスチャンスの拡大が期待できるでしょう。例えば投資会社なら、投資先の選定のための調査に時間を要して1カ月に1度しか投資先を決められなかったのが、AIエージェントが膨大なデータを分析し、迅速にインサイトを提示することで、1日で投資判断を下せるようになるかもしれません。

陳さん:生成AIを導入したものの、特定のタスク処理にしか活用できておらず、導入コストに対するリターンが少ないことに悩む企業も多いです。AIエージェントは、このような課題の解決策にもなりうるのではないでしょうか。多岐にわたる業務を自動化することで、よりコアな業務に専念できるリソースが生まれます。相対的なROIが高いといえるでしょう。

池田さん:AIエージェントによって企業の成長が加速するとともに、社員に求められるスキルも変化していきます。従来の業務をAIエージェントに代行してもらうためには、AIエージェントがこなした業務のアウトプットを正当に評価し、適切な指示を出せる能力が必要です。「答えを得ること」と「そのプロセスを理解し応用できること」は全くの別物です。単に生成AIの結果を受け取るだけではなく、生成AIがどのようなプロセスでその答えを導き出したのかを理解し、それを応用できるようなAIリテラシーを身に付けていくことが、これからの時代は求められていくでしょう。

陳さん:逆に言えば、AIエージェントを使いこなすスキルを身に付けることで、個々人のバックグラウンドに関係なくキャリアアップを目指せるチャンスともいえるでしょう。

  • SB Intuitions株式会社 技術本部 事業戦略部 プロダクトチーム 事業開発スペシャリスト 池田 亘希さん

    SB Intuitions株式会社 技術本部 事業戦略部 プロダクトチーム 事業開発スペシャリスト 池田 亘希さん

独自に開発したAIエージェントで日本のビジネスをより良くしたい

―― SB Intuitionsでは将来的なAIエージェント開発を目指し、主力業界でのLLMの技術検証が進んでいると伺いました。

池田さん:2025年1月には大手製薬会社である中外製薬様とパートナーシップを目的とした基本合意を締結しました。「製薬業界で活用されるAIを一緒に創りましょう」とご提案したところ、Sarashinaの日本語精度の高さと、AIエージェントがもたらす可能性に共感いただき、この度の基本合意に至りました。

ここで開発するAIエージェントや製薬業界に特化したモデルは、中外製薬様だけに活用していただくのではなく、製薬業界全体に横展開していくことを考えています。私たちがプロダクト化に挑む根底には「独自に開発したLLMやAIエージェントで日本のビジネスをより良くしたい、日本企業の競争力を底上げしたい」という思いがあるからです。

現在は、製薬業界ならではの業界課題や、中外製薬様におけるAI活用の現在地を踏まえ、本当の意味で製薬業界に資するLLMはどのようなものか、既存のビジネスプロセスをどのようにAIエージェントとして落とし込んでいくか、といった広い視点でディスカッションを進めています。中外製薬様の「日本の製薬業界を強くしたい」という思いがあるからこそ、一緒に挑戦できるのだと思います。

陳さん:週次で行っているディスカッションでは、両社から10名以上参加します。私たちは生成AIのプロですが製薬のプロではありません。製薬における専門的知識を共有いただいたり、LLMの仕組みや技術面の課題をお話ししたり、毎回約3時間にわたる深い議論を行っています。

このディスカッションで驚いたのは、製薬業界における業務の複雑さと膨大な情報処理の必要性です。創薬の計画作成や試験結果の分析・整理など、多くの業務では厳格なデータ管理や慎重な分析と意思決定が求められています。こうした業務において、生成AIの活躍の余地が大きいのではないかと感じています。

  • SB Intuitions株式会社 技術本部 事業戦略部 プロダクトチーム  事業開発アソシエイト 陳 語トウさん

    SB Intuitions株式会社 技術本部 事業戦略部 プロダクトチーム 事業開発アソシエイト 陳 語トウさん

各業界に特化したモデル開発、「挑戦のしがいがある」

―― 重要な業務を担っているお二方ですが、なぜSB Intuitionsに入社されたのですか?

池田さん:子どもの頃からテクノロジーに興味関心があり、大学院では機械学習や画像検索などの研究を行っていました。AIに携わる仕事がしたいとソフトバンクに入社しましたが、最初に配属された部署で自治体や法人のDX支援を担当しているうちに「上流視点で技術活用を考える仕事はおもしろい」と感じたんです。その後、国産生成AIの研究開発と社会実装を目指すSB Intuitionsが設立されることになり、これは飛び込むしかないと思い、ジョインしました。

陳さん:私は日本の大学を卒業後、自動車部品メーカーの生産管理部や経営企画室で在庫管理と重要会議の事務局を担当していました。仕事の関係で技術情報を追いかけるうちに生成AIに関心を持ち、いつしか生成AIがもたらす影響を見るだけでなく、影響を生み出す側の一員になりたいと思うようになったんです。転職活動を進める中、SB Intuitionsが掲げる「傍観者ではなく挑戦者へ」というメッセージに心打たれ、「まさに私のことだ!」と思い、ジョインしました。

―― 実際に入社してみていかがですか。

陳さん:「AIは人を幸せにできる」という期待が増しました。製薬業界と同じように、医療業界でも人手不足による業務過多は深刻です。当社のモデルを活用いただければ、医療従事者の方々の負担を軽くすることができますし、より多くのリソースを患者対応に充てることで満足のいく患者対応ができるかもしれません。パートナー企業を広げて各業界の課題を見つけ、当社の技術で応えていく……。まだまだ取り組むべきことは残されていますが、挑戦のしがいがありますね。

池田さん:私は「失われた30年」世代にあたり、経済的にも暗い日本を過ごしてきました。だからこそ、生成AIを通して世の中をひっくり返したいんです。当社には国内トップクラスの性能を誇るLLM、その開発を下支えする国内最大規模の計算基盤、そして日本のAI研究におけるトップタレントたちが在籍しています。一見大それた野望を、遺憾なく発揮できる環境であることは間違いないですね。

―― 最後に、商用化に向けた意気込みをお願いします。

池田さん:現在は海外製LLMを用いた生成AIサービスが広まりつつありますが、今後実用化が期待されるAIエージェントの「エンジン」が海外製LLMだけでは、生成AIの広い社会実装は進まないと考えています。バイオリンばかりが集まって演奏するよりも、多様な楽器を組み合わせて奏でるオーケストラのほうが、表現できる楽曲も豊かになるでしょう。それと同じように、あらゆる産業のさまざまな業務を自動化・高度化するためには、そのエンジンとなるモデルの多様性が必要不可欠です。

勝つモデルも大事ですが、良いモデルを作りたい。私たちだからこそ作れるモデルを作ることに、こだわりたいと考えています。そして、日本企業にとって安心・安全に利用できる有用なAIサービスを提供していきたいです。相当高くて厚い壁かもしれませんが、やってみないと分かりません。だからこそ面白いんです。この挑戦の先に何が起こるのか、私も楽しみです。

SB Intuitionsでは国内最大級のLLMの
プロダクト化に挑む人財を募集しています。

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撮影場所:WeWork