業種や職種を問わず、企業において絶対に必要となる業務の一つに「文章校正」があげられる。なぜなら、日々の事業活動の中で報告書やプレゼン資料、プレスリリースなど多くの文書を扱うが、それらを社内外のステークホルダーに対し発信する場合には、必ず誤字脱字や表現のチェックを行うからだ。
とはいえ、人間がその作業を担っている以上、抜け漏れが発生することがある。また、そもそも校正担当者によっては文章の誤りを誤りだと気づかないこともあるだろう。理想は校正を専門とするプロに依頼することだが、しかし多くの文書を扱う企業にとって、その都度コストをかけられないのが現実だ。
そこで今、注目を集めているのがAIによる文章校正だ。これまでも校正を行うAIプロダクトは存在していたが、ここへきて登場したのが生成AIを活用した文章校正ツール「ちゅらいと」である。シンプルだが、企業において重要な業務である校正に革新をもたらすと期待される「ちゅらいと」。一体どのような経緯で誕生したのか。同サービスを開発したDATUM STUDIO株式会社 取締役副社長CAO 兼 ちゅらデータ株式会社の代表取締役社長である真嘉比 愛氏と同社でWebアプリケーションエンジニアのなちょす氏に話を聞いた。
真嘉比 愛氏(写真右)
DATUM STUDIO株式会社 取締役副社長CAO 兼 子会社であるちゅらデータ株式会社 代表取締役社長を務める。データサイエンティストとして豊富な経験と実績を持ち、「ちゅらいと」のプロジェクトオーナーとして陣頭指揮を執る。
なちょす氏(写真左)
Webアプリケーションエンジニア。「ちゅらいと」のプロジェクトマネージャー 兼 アーキテクトとして実装から設計まで担当。
様々な業界から、文章校正に関する要望をいただいていた
ちゅらデータ株式会社(以下、ちゅらデータ)はDATUM STUDIO株式会社(以下、DATUM STUDIO)の子会社として2017年に設立された企業だ。社名であるちゅらデータの「ちゅら(美ら)」は沖縄の方言で「美しい」を意味しており、その社名の通り、ちゅらデータは本社を沖縄に構えている。ちゅらデータの会社名の由来と創設について、同社の代表取締役社長であり、親会社のDATUM STUDIOでは取締役副社長も務める真嘉比氏はこう話す。
「ちゅらデータは、データ利活用のコンサルティング、データ基盤、AIモデルの構築などを事業として展開しているDATUM STUDIOの子会社として2017年に設立しました。私の強い希望で沖縄に会社を設立することになり、何かしら沖縄を連想できる社名にしたいと考え『ちゅらデータ』に決めました。今回ご紹介する「ちゅらいと」は、ちゅらデータが開発したプロダクトで、DATUM STUDIOおよびちゅらデータとしては初の自社プロダクトとなります」(真嘉比氏)
「ちゅらいと」は最近リニューアルされ、2021年の終わり頃から開発が始まっていたそうだ。開発のきっかけについて真嘉比氏は「当時、複数のお客さまから文章校正ツールをつくれませんか」と相談を受けていたと話し、続けて「それも1社ではなく、まったく業種の異なるお客さまから同じようなご相談を受けることが多かったのです」と振り返る。実際に相談を受けていた業種は金融業界や製造業、公的機関など多岐にわたっていたそうで、業界・業種を問わず多くの企業と組織で、文章校正における課題感やその課題を解決するツールのニーズがあったことが伺える。
確かにビジネスにおいて文章作成という仕事は普遍的と言えるだろう。自社からの情報発信や顧客への提案など、ほとんどの業務で文章を作成することが当たり前にあり、それに付随して校正という作業も必ず発生する。文章自体に誤りがあれば誤解を生んでしまい、信頼を損ねたりブランドを毀損したりと多くのデメリットに繋がってしまう。筆者においても、ライターという職業柄、誤字脱字は取引先との信頼を損ねてしまう可能性があり、校正業務における手間は非常に掛かっている。ちゅらデータでWebアプリケーションエンジニアを務めるなちょす氏は、こういった課題が多くの顧客のなかで顕在化していたと話す。
「校正は非常に手間のかかる業務であり、費やす時間やリソースの課題を抱えていらっしゃるお客さまは少なくありません。加えて、校正担当者のスキルのばらつきという問題もあります。だからといって、社内で校正スキルをゼロから育成するのも大変でしょう。外部で校正を委託できる会社に依頼する手もありますが、自社独自の表現や業界特有の専門用語などのレギュレーションに校正会社がどこまで対応できるのかを考えると、結局社内のチェックが必要となります。また、社内の複数の部署や担当者で確認が必要な場合、クイックに確認を回すには外部の会社に依頼しづらいことも多いです」(なちょす氏)
また、実際にちゅらデータ社内においても、文章校正のニーズは存在しているという。PowerPointなどで作成した提案資料をお客さまに提出した際、先方から誤字の指摘をいただいたことがあったとし、「校正の問題は我々としても他人事ではなかったのです(笑)。校正ツールを開発することでお客さまの課題にもアプローチでき、我々のアウトプットの質も向上させられると考え、ちゅらいとの開発に至りました」と、経緯を話してくれた。
生成AIの“暴走”を抑えながら、
文章校正の精度をさらに高めたリニューアル版「ちゅらいと」
「ちゅらいと」全面リニューアルの背景には、大きく分けて二つの要因があったそうだ。一つ目はユーザーインターフェースなどの体験をさらに改善したいと考えたこと。ちょうどリニューアルを検討し始めたタイミングで、なちょす氏もプロジェクトに参加したという。
「非常に優秀なWebアプリケーションエンジニアである彼女を迎えて、ちゅらいと全体のWebアーキテクトも見直していくことにしました。今後ユーザーがさらに増えていくことを見据えて、しっかり対応できるようなシステムを構築する必要があったのです」(真嘉比氏)
そして二つ目の大きな要因が、生成AIの登場だ。2022年末頃発表された対話型生成AIの登場を皮切りに、生成AIの活用が一気に普及、一般化した。この生成AIブームも、大きなきっかけとなったと真嘉比氏は当時を振り返る。
「生成AI登場のインパクトは大きかったです。対話型をはじめとする生成AIの登場は、我々が身を置く業界に強烈なブレイクスルーをもたらしました。我々としてもそこに追随しないと衰退してしまうという危機感を強く持ったわけです。だからこそちゅらいとにも、生成AIベースのモデルを採用して劇的なブラッシュアップを行う必要があると考えました」(真嘉比氏)
そうして全面リニューアルされた「ちゅらいと」は、生成AIを用いて文章校正を行うツールとして生まれ変わった。では具体的にどのような点が特徴となるのか。
仮に、現在一般公開されている対話型の生成AIサービスを「既存の生成AIサービス」と呼称するとして、既存の生成AIサービスを使用しての文章校正は、AIが“暴走”する問題があると真嘉比氏は指摘する。暴走とはつまり、校正の範囲を大きく逸脱した修正のことを指しており、「ちゅらいと」ではその問題を徹底的に抑えることで、安定的かつ高度な文章校正を可能にしたという。
そもそもAIのジャンルで言えば、文章校正は異常検知に近い性質を持っており、誤字脱字などの異常を見つければ修正を行い、異常が無ければ何も変更しない、といった挙動になる。しかし既存のAIサービスでは、文章としての異常が無くとも表現を勝手に変更するなど、利用者が意図しない修正が行われる場合がある。これは確かに筆者自身も、生成AIで誤字脱字チェックなどを行ってみた際に体感した問題だ。真嘉比氏はこの現象について「いわゆる“過検知”と呼ばれる現象です」と話したうえで、“暴走”という単語で表現した。
またその他にも、生成AIと独自ルールの相性の悪さについても言及する。たとえば一般的な表現とはずれてしまうが、あえてその表現を使用して文章を作成した場合、その独自のルールを既存の生成AIサービスに学習させることは難しい。半角と全角の使い分けや、句読点の使い方など一般的な用法に修正してしまうといったイメージだ。しかし「ちゅらいと」では、そうした既存のAIサービスの欠点も克服したうえで、生成AIの長所を引き出しているという。
「生成AIは『意味の理解』については従来のAIを大きく上回っています。たとえば文脈を踏まえた上で良い感じに修正してくれたり、人間が見落としてしまいがちな変換ミスを指摘してくれたり、固有名詞のミスを正確に訂正したりといった点です。人間の場合、助詞の『の』を無意識に多用してしまうことがありますが、文章を入れ替えたり助詞を変更したりして、意味合いや大きな流れを変えることなく、文章を整えてくれるのです」(なちょす氏)
高性能と低コストを両立させた“こだわり”
「ちゅらいと」のリニューアルは、真嘉比氏がプロジェクトオーナーを務める傍らデータサイエンティストとして参画し、なちょす氏が牽引する形で進めたという。最初に行われたのが、さまざまな角度からの議論だった。「企業にとってあるべき文章校正とは何か」や、「ちゅらいとがどんなニーズで使われるのか」といった点の見直し、マーケットに複数ある文章校正ツールの中で「ちゅらいと」はどんな立ち位置を築くべきか、といった内容だ。先述した“修正のし過ぎ”に関する話し合いも行われており、「そもそも人間が作る文章には、意図せず不自然な表現や誤りが含まれることが少なくないため、対話型生成AIの大きな修正を受け入れる方が効果的なのでは?」といった大胆な意見も交わされたそうだ。
また、リニューアルにおいて最もこだわった点、苦労した点として真嘉比氏はこう話す。
「やはりサービスとして提供するからにはコストやパフォーマンスを考える必要があります。生成AIはご存じのように利用コストが高くなることが多いですが、今回のちゅらいとはコストを抑えることに成功しました。アプリケーション側もそうですし、ロジック側も工夫を凝らして、性能とコストを両立したのです。この点は最もこだわったポイントであり、苦労した点でもあります」(真嘉比氏)
続けてリニューアルを牽引したなちょす氏も、プロジェクトを振り返りその過程を語ってくれた。
「半年くらいは方向性を定める議論に時間を使ったと思います。生成AIベースでいくことを決めた後も、モデルを選定して『性能は良いけれど、ちょっとコストが高いね』と、モデル自体を変更したり。そうすると挙動がまったく違ったものになるので、また調整を行うという、トライ&エラーを重ねて進めていきました」(なちょす氏)
こうして完成された「ちゅらいと」は、大規模言語モデル(LLM)を用いた生成AIベースの文章校正ツールという大きな特徴を持ち、文章校正において高い精度を誇っている。
業種や企業に特化した機能の追加など、さらなる発展を視野に
「ちゅらいと」は現在法人向けに提供されており、ビジネスにおいて利用しやすい工夫が施されている。
「現在、ちゅらいとは企業のお客さまをメインとしています。企業の場合、チームや組織で使うことが多いので、メンバー管理機能はこだわったポイントです。また、校正の設定や修正の方向性などをメンバー間で共有し、同じ品質で校正できるようにユーザー辞書登録機能を備えた点もちゅらいとの使いやすいポイントだと思います」(なちょす氏)
インストール不要で利用できる便利なWeb版も用意されており、操作方法も直観的でとても簡単だ。
さらにChrome Extensionにも対応しているため、ブラウザ上にちゅらいとを追加して様々なWebサイトを校正することも可能だ。1アカウントにつき、月に10万字まで利用可能で、ダッシュボードからひと目で利用状況を確認できるため、管理がしやすいという点も大きな魅力の一つだろう。
具体的な活用方法についても、真嘉比氏は自身の体験をもとに教えてくれた。
「文書を作成しアウトプットする場面のすべてでご活用いただきたいですね。たとえばPowerPointにちゅらいとを組み込んでファイルを一括で校正することが可能です。我々自身もお客さまにご提案する際、資料をPowerPointで作成することが多いので、とても助かっています」(真嘉比氏)
その他にもユースケースでいえば、製造業での製品マニュアル作成や、採用担当者のジョブディスクリプション作成、広報担当者のオウンドメディアの執筆、プレスリリースの作成、社内報告書や提案書の作成など、さまざまな職域での活用が想定できるだろう。
「ちゅらいと」の今後の展望については、「校正担当者だけでなく、日常的に文章を作成されているすべての方々に活用いただきたいです。その上で、もっと業種や職種に特化したり、専門家しか知り得ないようなより複雑な文章やルールでも、AIが理解して校正できるような機能の開発も進めていきたいです」と真嘉比氏は口にする。