一歩先すら見通せないほどの変化に満ちたこの時代、勝ち抜くビジネスを実現するには、ITの力を活用して変革にチャレンジすることが不可欠だ。2022年5月10、11日に開催されたWebセミナー「Cloud & Security Conference 2022」では、デジタル変革に向けたIT活用の多彩なアイデアが展開された。
本記事ではDAY1のプログラムからピックアップして紹介する。
レガシーシステムから脱却するには一体何をすべきなのか
基調講演に登壇したのは、日清食品でグループ全体のデジタル化を牽引し、“武闘派CIO”として知られる株式会社ラック 執行役員 IT戦略・社内DX領域担当 CIOの喜多羅 滋夫氏だ。チャンスを掴むためのIT基盤のモダナイゼーションについて、豊富な経験をもとに多彩な助言を披露した。
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株式会社ラック 執行役員 IT戦略・社内DX領域担当 CIO
喜多羅 滋夫 氏
まず喜多羅氏は、経済産業省の最初のDXレポートから3年半以上経ったものの、現実にはモダナイズがなかなか進まないケースが多いのではないかと指摘。レガシーシステムから抜け出すメリットとして「事業継続性を担保するための透明性確保」「属人性からの脱却」「保守切れ等で生じる脆弱性への対策」「運用コストの低減」を挙げ、「DXを進めていこうと考えたら、やはり古いシステムにつないだままでは難しい」と語った。 とはいえ、それでもレガシーシステム刷新が進まないのには理由がある。喜多羅氏は「組織の意思決定=体制面の課題」「既存ユーザー=カルチャー面の課題」「システム間連携=テクノロジー面の課題」という3つの壁を提示し、それぞれの問題について解説した。
では、レガシーシステムをどのようにして止めていけばいいのか。喜多羅氏は日清食品時代に実際にとったアプローチを説明する。日清食品はいまでこそDXの進んだ組織になっているが、喜多羅氏が入社した頃は社内システム数が約180にのぼり、サイロ化・属人化も進んでいたという。その中で、新しいシステムの導入とレガシーシステムの廃止をワンセットで打ち出した。
「新しいものを入れるより、いま動いているものを止めるほうが何倍も大変。だからこそ、この2つは必ずセットにしていかなければ、思うように進みません。そもそもこの業務自体が必要なのかというところから一つ一つ丁寧に掘り起こしながら、議論を進めていきました」(喜多羅氏) もちろん抵抗を受けたが、そのたびに口にしたマジックワードは「やめたらいいのに!」。喜多羅氏はこの言葉を「本当に嫌われるぐらい言い続けました」と振り返る。ポイントは、とにかく誰かが「やめる」としつこく言い続けなければ、誰もやめないということだ。 最後に、DXの取り組みを進めていく中で重要なのは、経営者・業務部門・IT部門の3者が連動して共通のゴールに向かっていくことだと強調。将来を見据えたIT設計と戦略の重要性を示した。
変化に強いIT環境と組織づくりのヒントを知る
先進事例講演として登壇したのは、パーソルホールディングス株式会社 グループIT本部本部長の内田 明徳氏。 内田氏は最初に「トランジション」という言葉について説明。「変革とは一瞬で切り替わるものではないので、新たなステージに向けて準備するトランジションという考え方で取り組み続けることが重要です」と語った。
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パーソルホールディングス株式会社 グループIT本部 本部長
内田 明徳 氏
パーソルグループは統合を繰り返して成長してきたが、システムもスピード重視の突貫・並行作業で構築されてきた。そのため、IT部門は複雑化したシステムに悩まされ、潤沢な人的リソースもなかった。世の中の変化が加速する中でグループ各社から要望や不満が集まり、組織がうまく機能しない時期もあったようだ。 こうした背景のもと、変化に強いITと組織づくりに取り組んできた内田氏。「コロナ禍のように変化は突然やってきます。かつては変化を予測してコントロールしようとしていたのですが、まずはこの考え方自体を変えなければと考えました」と語り、変化が起き続けることを前提としたITと組織をつくる必要があると語った。 実際に内田氏は、パーソルにおいて組織理念の策定から始めた。パーソルのグループビジョン 「はたらいて、笑おう。」を安心して自分らしく働ける環境と置き換え、従業員体験の向上と継続的改善によりユーザー課題の本質的な解決を目指したという。 そのうえで、自組織が担うべき範囲を決め直し、中長期のありたい姿も定め、変化に強い自律型チームへの転換を目指して中期計画を策定。クラウドベース、ゼロトラストといった設計思想を磨き、セキュリティポリシーの細分化も実施している。
組織のアプローチも、従来の管理型組織を見直し、アジャイル型運営に取り組んでいる。「変化が速い時代にトップダウンは合わないので、現場が自律的に素早く判断できるチームを目指しています。早く決め、小さく失敗することで学びが積み重なると考え、とにかくチャレンジしていこうとしています」と内田氏。組織で大事にしていることは、「聴」=人の話をよく聴いて対話を深めることと、「験」=実際に自分でやってみることだという。 内田氏は最後に、「変化が起きるトランジションのフェーズこそリーダーの出番。柔軟性としなやかさに加え、周囲の不安を受容する包容力も必要になります」と話し、リーダーシップにも進化が必要であることを示して講演を締めた。
ITプラットフォームのあるべき姿を熱く語り合う
Day1の最後は「デジタル時代を勝ち抜くためのITプラットフォーム戦略」と題しパネルディスカッションが行われた。フジテック株式会社 専務執行役員の友岡 賢二氏がモデレーターを務め、DXレポート作成を牽引した経済産業省の和泉 憲明氏、株式会社ギックス 上級執行役員の岡 大勝氏、TIS株式会社 IT基盤コンサルティング部 シニアテクニカルエキスパートの中澤 義之氏がパネリストとして参加した。
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左から
フジテック株式会社 専務執行役員 友岡 賢二 氏
経済産業省 商務情報政策局・情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室長 和泉 憲明 氏
株式会社ギックス 上級執行役員 Chief Technologist 兼 Chief Architect 前:株式会社ZOZO 岡 大勝 氏
TIS株式会社 IT基盤技術事業本部 IT基盤技術事業部 IT基盤コンサルティング部 シニアテクニカルエキスパート 中澤 義之 氏
1つ目のテーマは「これからの時代にあるべきITプラットフォームとは?」。 まず和泉氏が「むしろこれは私からみなさんに問いたい」と切り出し、「プラットフォームとはそもそも道路のようなもので、道路を整備したからといってその上のタクシーや運輸といったビジネスが元気になるわけではありません。なので、ITプラットフォームの要件だけを議論する人がいるとしたら、その人は何が目的なのでしょうか」と問題提起した。
岡氏は「ITプラットフォームの議論は、ビジネスとテクノロジー双方の観点に“北極星”があり、両輪で進めるものと思っています。 今はテクノロジーなくしてビジネスのデザインはできず、一方ではこういったビジネスを目指すためにこのテクノロジーを採用するといったアプローチもマストになってきています」と応じた。
一方、顧客企業のITをサポートする立場の中澤氏は「どういう未来であれば幸せになるかという視点で、顧客企業のみなさんが楽になる要素を提示し、共感してもらいながら一緒に取り組みを進めていくことが多いですね」と語った。 和泉氏は、“2025年の崖”が強烈なインパクトをもたらした最初のDXレポートを出した頃 を振り返り、「プラスを生むことを目指して技術負債に満ちた古いシステムをやめましょうと言ったつもりだったのですが、古いシステムはマイナスだからゼロにしましょうという議論になりがちです。つまりプラスの新しい価値創出に向けてかじを切るのではなく、技術負債の返済にフォーカスされている気がするわけです」と懸念を表明した。
これに対して岡氏は「和泉さんが言う通り、一歩先を見なければならない一方で、重いシステムは減らしていかなければならない。それはどちらかではなく、両取りしていく戦略が必要だと思います。企業の競争力の源泉はやはりお金。新しいテクノロジーはコスト削減につながるので、うまく使えば競争力向上に向けた原資が出てきます」と語った。 中澤氏も、IT刷新の現場では「やはりコストを減らし原資をいかに出すかという点でリプレースを行い、負債の返済で生まれた余力をプラスの部分に投資していくという姿勢で考えていくことが多いですね。その意味では、和泉さんが指摘した“将来こうありたいから今こうする”といった部分はまだまだ弱いと感じています」と応えた。
ディスカッションはこのテーマが熱く盛り上がり、多くの時間が費やされたが、もう1つのテーマ「関係者をどう巻き込み、プロジェクトを推進するか」についても、経営トップ・現場・IT部門の三角形の回し方などについて3氏からアイデアが示され、ディスカッションは幕を閉じた。