システムを“役割”で分類する「SoR」と「SoE」

企業がビジネスを展開するにあたって、ITシステムは不可欠なものです。一般的な企業が、最初にコンピューターを使い始めた当時には、事業にまつわる“お金”の流れを記録し、管理する「会計」業務の効率化が、その代表的な利用目的でした。

その後、半導体の性能向上や、新技術の登場、コンピュータリソース自体のコモディティ化など、さまざまな要因を背景に、ビジネスとITとの結びつきはさらに強まり、活用範囲も大きく広がりました。会計に加えて、生産、販売、受発注、人事などに関わる情報の統合管理、社内外との情報共有やコミュニケーション、電子商取引、戦略立案や行動支援のためのデータ活用など、多くの例を挙げることができます。

そして今、社会全体の「デジタル化」が進む中で、ビジネスにおけるITの活用領域は、顧客接点の拡大や強化、そして、急速な進化が続くAI、IoT、高速な無線ネットワークなどの新技術も取り入れた、新たなビジネス価値の創出といった分野に広がりつつあります。

近年、こうした多様なITシステムを、その役割に応じて分類する「SoR」「SoE」といった用語が登場しています。この新しい分類方法は、特にデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組む企業にとって、ITシステムの開発運用、それに伴う投資や組織づくりの戦略を考える上で有用です。今回は、この「SoR」「SoE」をテーマに取り上げます。

「記録する」ためのSoRと「顧客を引きつける」ためのSoE

先ほど述べたように「SoR」「SoE」は、企業が持つITシステムを、担っている「役割」によって分類するものです。

「SoR」は「System of Record」の略で、日本語にすれば「記録のためのシステム」ということになります。企業においては、会計や受発注管理において、お金の動きや取引履歴をデータベースに「記録」するシステムがその代表格です。

こうしたシステムは、企業を経営する上で極めて重要なものです。予定外に長期のシステムダウンが起こった場合、事業そのものが止まり、大きな損害を招くリスクが高まります。さらに、経営者がステークホルダーや監督官庁などへ開示すべき、経営状況に関わるデータを正しく扱えるものであることが不可欠です。そのため、SoRには、高い信頼性と正確性が求められます。

「SoR」には、ERPといった、いわゆる「基幹業務システム」を中心に、従来から企業にある、大規模システムの多くが含まれます。

一方の「SoE」は「System of Engagement」の略です。“engagement”の動詞形である“engage”には“(注意や興味などを)引く”あるいは“(人を話などに)引き込む”といった意味があり、語意としては「(顧客を)引きつけるためのシステム」となります。

「SoR」では、信頼性や正確性、安定稼働といった要件が重視されます。しかし、近年では、市場の急速な変化や顧客ニーズの多様化へ、より柔軟かつ迅速に対応できる設計のシステムも求められています。「SoE」は、“顧客とつながり、関係を強化する”ことを目的に設計されるシステムであり、その最終的なゴールは「ビジネス成果への貢献」です。要件としては、企画・開発・展開・運用における高い「アジリティ(迅速性)」と「柔軟性」が、より優先されます。

なお、「SoR」「SoE」という表現については、「キャズム」等の著書で知られる経営コンサルタント、ジェフリー・ムーア氏が2011年に出したホワイトペーパーが初出とされています。これに近い企業システムの分類は、ITリサーチ会社のガートナーも行っており、そこでは、SoR的なシステムを「モード1」、SoE的なシステムを「モード2」、役割が異なるこれらのITシステムが企業内に併存する状況を「バイモーダル」と読んでいます。

また、特に日本では、SoRの「事業継続に必要不可欠」、SoEの「顧客との関係強化や新たな価値創出を図る」といった特性に注目して、SoRを「守りのIT」、SoEを「攻めのIT」と呼ぶこともあります。

要件が異なればアーキテクチャや方法論も変わる

頭で「SoR、SoEという企業システムの分類方法は、DXを進めるための戦略立案に有用」と述べました。理由としては、両者は求められる要件の違いから、開発・運用の方法論、利用される技術、システムそのもののライフサイクルなども大きく異なるため、それぞれに対して個別に、投資、組織、開発・運用の方針を立て、実行していく必要があるためです。

SoRでは、メインフレーム、オンプレミスの時代から、高信頼性、高可用性、安定稼働が極めて重視されてきました。その要件を満たすためのアーキテクチャ、開発・運用プロセスが適用され、多くの場合、それが現在に至るまで続けられています。

SoEにおいて、優先度の高い要件は、変化に適応できる「柔軟性」と「迅速さ」です。求められる機能や、達成すべきビジネス目標は、時間と共に変化する“あいまい”なものであることを前提に、短期間で試行錯誤しながら開発・運用が続けられることが理想です。そのため、アーキテクチャとしては、他サービスとの連携や変更が容易な「疎結合」、開発手法としては「アジャイル」が多く採用されます。開発・運用の効率化や最新技術との連携も求められるため、インフラとしては、コンテナやDevOpsツールといった「クラウドネイティブ」な周辺技術と相性が良い「PaaS」が活用されるケースが、特に新興企業で多くなっています。

  • 表1:「SoR」と「SoE」の違い(出典元 Rigelinez)

    表1:「SoR」と「SoE」の違い(出典元 Rigelinez)

旧来のまま使われ続ける「SoR」がDX推進を阻害する

では企業は、SoRとSoEが混在するシステム状況に対し、どのような方針を持つべきなのでしょうか。特に古くからITを積極的に導入してきた企業ほど、SoRの運用保守にかかるコストの増加が、DX推進の重い「足かせ」となっているケースも見受けられます。

現在では、SoRにおいても、インフラとしての「クラウド」は主要な選択肢です。オンプレミス時代に作った業務システムを使い続けるため、ハードウェアのEoL(End of Lifecycle、保守期限終了)をきっかけに、アーキテクチャ等を変えることなく、業務機能単位で仮想化環境やクラウド(IaaS)に、そのまま載せかえていくという決断をする企業もあります。

これは、事業に必要なシステムを「延命」する上で、たしかに有効な方法のひとつです。しかし、手順書を元にした運用はこれまでと変わらず、システムに使われている技術自体のEoLや、独自のシステムに対する運用管理のノウハウを持った技術者の退職などによるブラックボックス化は進んでいきます。結果として、システムを維持するための、コストの肥大化は止まりません。一般的に、企業のIT予算の7割以上は、既存システムの運用・保守に費やされているとされ、ビジネス価値を生む「攻めのIT」、つまりSoE領域への投資を阻害する要因になっています。

変化を求められる時代において、企業が保有するITシステムは、すべて「SoE」的なものになっていくべきだという潮流もありますが、業務遂行の根幹に関わる「SoR」も、完全になくなることはないと考えられます。全体としてのIT予算が限られている中、企業においては、最新のアーキテクチャ、技術を取り入れながら、SoRの運用保守に関わるコストを可能な限り圧縮しつつ、SoEに投入できるリソースを増やしていくこと。そして、そのための体制づくりを進めていくことが重要になります。

データから洞察を得るための「SoI」

ここで、「SoR」「SoE」に関連して、最近使われ始めている「SoI」という略語についても紹介しておきます。「SoI」は「Systems of Insight」、つまり「洞察のためのシステム」を指します。

企業のシステムで処理、蓄積されるデータが膨大になるにつれ、それらを大規模に分析した結果を、何らかの形でビジネスに生かそうとする取り組みが盛んです。例えば、「コマースサイトでの行動データや購買履歴、検索履歴、マーケットリサーチ、ソーシャルメディアでの発言といった多種多様なデータを、AI技術を取り入れて分析することで、潜在的な需要を見つけ出す」、あるいは「工場の生産機器にIoTを導入し、データを基準にリアルタイムで品質モニタリングや改善を実現する」といったような試みが、多くの企業で進められています。

こうした「データをビジネスに活かす」取り組みは、これまでも「ビジネスインテリジェンス(BI)」「データマイニング」「ビジネスアナリティクス(BA)」「データストリーム分析」「モダンBI」「ビッグデータ活用」などなど、多くの名称で呼ばれてきました。

「SoI」も、基本的にはそれらの延長線上にあることは間違いありません。ただ、「SoR」「SoE」との関連性に着目して「SoI」の役割を考えると、この分類が必要になっている背景がイメージできます。

まず、データを生みだす「システム」と、蓄積される「データ」は、基本的に独立したものであること。そして、膨大で多種多様な「データ」を蓄積し、分析するためには、専用の技術やアーキテクチャ、ノウハウが必要になること。これは特に、AI技術の活用領域において顕著です。

さらに、データそのものや、分析から得られた「洞察」は、SoR、SoEのどちらとも連携できること。先ほど挙げた例で言えば、前者はSoE、後者はSoRとの連携例ということになります。機能よりも「ビジネス上の役割」にフォーカスして分類する場合、「SoR」「SoE」のいずれとも連携し合う、データ活用のためのシステムを「SoI」と呼ぶのは妥当であると言えます。

DX時代に求められる企業のシステム戦略

「SoR」「SoE」および「SoI」は、それぞれ異なる役割と特性を持つシステムです。企業は、その違いを理解した上で、開発・運用の戦略を立て、適材適所で導入していく必要があります。

これらは、独立、相反するものではなく、連携して運用されます。SoE、SoIの構築展開にあたっては、積極的に新たな手法やアーキテクチャを取り入れ、クラウドサービスを活用することで、開発・運用を効率化、迅速化するための最新の技術を活用しやすくなります。一方、SoRには、企業の長年にわたるビジネスデータが蓄積されています。運用保守のコストをできるだけ圧縮する方法を確立しながら、データの活用を進めることで、ビジネス価値の向上に貢献できます。

DX時代において、企業には、これらのシステムをバランス良く組み合わせて活用し、ビジネス価値を最大化するための戦略が必要になるでしょう。

  • 図1:「SoR」「SoE」「SoI」の連携でビジネス価値の最大化を図る(出典元 Ridgelinez)

著者:篠田 尚宏
Ridgelinez株式会社 アーキテクチャ&インテグレーション

クラウドの黎明期より、多数の企業向けソフトウェア・サービス事業の企画開発に従事。 OSSを活用した大規模商用クラウドサービスのプロジェクトに参画、サービス企画から運用品質までリードしている。 Microsoft Azure Solutions Architect Expert、Google Cloud Professional Cloud Architect、ITILなどの資格を持ち、主にクラウド技術を活用した企業のIT戦略やアーキテクチャの策定支援などを行う。