Googleのさまざまなサービスの中で、あなたは何を一番使うだろうか? 何か疑問に感じたら、すぐに”ググる”人、家に帰ったらとりあえずYouTubeという人、そもそも普段利用するブラウザがChromeであれば、かなりのレベルのGoogleユーザーということになる。そして、ブラウザと同じレベルで利用頻度が高いとされるアプリの1つに「Googleマップ」がある。

このアプリの依存度の高さを象徴する出来事が2012年に起きたことを、覚えているだろうか? それがAppleによる「マップ切り替え騒動」だ。

Androidのシェアが拡大するにつれ、iOSにおけるGoogleサービスの取り扱いはしばしば議論になっていた。現在でもiPhoneの既定の検索エンジンはGoogleだが、しばしばBingやYahoo!への変更が取り沙汰されているし、Siri関連の検索結果では実際にBingが利用されている。

2012年の騒動は、9月にリリースされたiOS 6でGoogleマップからAppleの独自マップへ標準の地図機能が切り替えられた際に起きた。いわゆるパチンコガンダム駅問題や、数百m単位で位置情報にズレが生じ、CEOのTim Cook氏が謝罪するにまで騒動が発展した。もちろん、その後の改良・改善によってユーザー満足度は向上しており、3D表示機能「Flyover」などは特に好評な機能と言える。

ただ、Googleマップの正確さやストリートビューの魅力など、その存在の大きさに改めて気付いたiPhoneユーザーも多い出来事だったことだろう。

今でも多くのiPhoneユーザーが、そしてAndroidユーザーのほとんどが利用するGoogleマップだが、その開発の裏にはグーグルの日本法人の活躍がある。前編では、Googleマップに欠かせない「ストリートビュー」の担当者インタビューをお伝えする。

ストリートビューはさまざまな機材で撮影

ストリートビューは米国で2007年5月にスタートしたマップサービスの1つで、日本では2008年8月に提供が開始された。その名の通り、道の様子を撮影した画像を、ほぼ360度、好きな角度で楽しめるもので、かつては都心の一部でしか見られなかったのだが、今では地方都市、街、場所によっては村の奥地まで見ることができる。

見られるものは、何も道だけではない。道なき道しか存在しない山や海、川のほか、飛行機、新幹線、原爆ドーム、軍艦島、ガーラ湯沢など、もはやストリートの域を超え、ありとあらゆる場所を体感できるプラットフォームへと進化しているのだ。

こうしたコンテンツ作りは、誰かが勝手に撮影してアップロードするだけでは成し遂げられない。今回は、ストリートビューサービスの影の立役者、グーグル ストリートビュー プログラムマネージャーの大倉 若葉さんと同マネージャーの長沼 由希子さんに話を伺った。

グーグル ストリートビュー プログラムマネージャー 大倉 若葉さん

大倉さんと長沼さんは、ストリートビューコンテンツ全体のハンドリングを行っており、撮影機材の貸出や撮影時の付き添いなどを含めたオペレーションを行っている。

一般的に「車の上部に搭載されたカメラで撮影している」というイメージが強いストリートビューだが、時と場所に応じて、さまざまな撮影手法が存在する。

トローリー

荷車にカメラを搭載したトローリーは、車が入れないような場所を撮影する際に用いられており、先ほども触れたガーラ湯沢はトローリーによって撮影された。また、ストリートビューとは異なるが、世界中の文化遺産などを収録するプログラム「Google Cultural Institute」では、美術館や博物館なども撮影している。

ストリートビューは、画像と位置関係が重要となるため、単純に写真を撮影するだけでなく、正確な位置情報を必要とする。位置情報の取得にはGPSを利用するが、人工衛星で位置情報を特定するため、建物内部の撮影時には正確な位置が把握できない。トローリーは、その問題を解決する、屋内撮影の標準機材のような位置づけだ。

トレッカー

ただ、トローリーも万能な機材ではない。荷車を利用しているため、山道や砂浜、小道などの撮影には向いていない。そうした環境で使用する機材が、背中にカメラを背負う「トレッカー」だ。

トレッカーによる山岳の撮影

背中に背負うだけで撮影・移動が可能なため、前述の小道や周囲の環境が変わりやすいイベントの撮影にも対応できる。一度はトライク(三輪車型)で撮影された阿波おどりも、機材が踊りの邪魔にならないように配慮し、後年はトレッカーでの撮影に変更されたという。

「トレッカーは、モンブランやエベレストのベースキャンプなど、雪山の登山で使用されています。もちろん日本でも、富士山の撮影でトレッカーを使用しており、世界遺産に登録されたタイミングでストリートビューを公開しました(吉田口ルート)」(大倉さん)

トライポッド

トライポッドは、三脚を使用したより簡素な撮影機材であり、前述の両機材でも撮影できないような屋内の店舗、通路などの撮影に使われる。わかりやすい例が北海道新幹線で、通路の真ん中にトライポッドを設置して撮影。JR北海道が特集ページで、グランクラスやグリーン車、新函館北斗駅(構内はトローリーによる撮影)などのストリートビューを公開している。

北海道新幹線の車両内写真はトライポッドで撮影された

その他

雪山の画像の中には、トレッカーを装着したスノーモービルで撮影したものがあり、スキー場のギャラリーページで公開されている。国内では直近に志賀高原スキー場が公開されている。

スノーモービルに取り付けられた例

また、船の先頭にカメラを取り付けた例もある。砕氷船の「知床観光船おーろら」での撮影や、東日本大震災の被災地の様子を記録して後世に残す「東日本大震災デジタルアーカイブプロジェクト」の三陸海岸沖の撮影などがそれにあたる。

Googleではなく、地元の人を巻き込む意義

さまざまな場所のストリートビューを取り上げてきたが、Googleがすべて撮影したわけではない。これらのコンテンツは「トレッカー貸し出しプログラム」と呼ばれる機材貸出プログラムによって、観光協会やNPOなどが撮影した。前述の三陸沖の撮影も、復興に向けて地元で活動する人たちによるものだ。

「三陸の被災地を撮影する際、現地の漁師の方に船の操縦をお願いしました。沿岸部の撮影は、単純に船を出せばいいというわけではないんです。養殖場や浅瀬の座礁など、現地の人でなければわからない環境がある。地元の方々だからこそ、できることがあるんです」(長沼さん)

三陸沖で撮影する際、地元の漁師が撮影に携わった

トライクを活用した撮影は日本チームが世界で初めて行い、隅田川のクルーズラインをストリートビューに掲載した。こうした事例は、テレカンファレンスで全世界に共有しているという

地元の人の協力を必要とする理由の1つに、「天候の変化に詳しい」ことが挙げられる。

撮影に用いる機材は、潤沢に用意できるものではなく、Googleが管理しているわずかな数を全国に展開して利用する。大倉さんたちの重要な仕事の一つに「機材のスケジュール管理」があるのだが、天候だけは思うとおりにはならない。

「以前、桃の季節の風景を撮影したんですが、桃の花というのは、桜より咲いている期間が短いんです。加えて、天気が良い日でなければストリートビューの撮影は難しい。天気予報だけでなく、地域の気象条件のリアルタイムな移り変わりを肌で感じている地元の人であれば、『今だ』というタイミングをご存知なので、ローカルでやっていただくことが重要なんです」(長沼さん)

「本当に天気に左右される部分は大きいですね。自分たちだけの撮影だと『大丈夫かな』とかなり気をもみますが、地元の方であれば安心して任せられます。日本は山間部が非常に多く、当然ながら天気を読むことが難しくなります。そういう環境だからこそ、3時間後の天気がわかる地元の人にお願いすることで、いい画像を撮影できます。貸し出し希望は非常に多く、さまざまな人に見ていただくために私たちも頑張って撮影していただく場所を選定しています。地元の魅力を伝えていただくためにも、『頑張って撮ってね』という思いで機材を送り出しています」(大倉さん)

長野県大町市の観光協会のストリートビュー掲載事例。協会がGoogleに貸し出しを依頼し、撮影を行った。専用サイトも開設するなど、力を入れている

>> ストリートビューと地方創生の関係とは