2032年までの五輪放映権を持つNBC Universal(NBCU)傘下のテレビ局NBCが東京オリンピックで苦戦している。広告枠の販売がすでに12億ドルを超えて前大会のリオを上回っており、黒字は確実なのだが、これまでのところ放送の視聴率がふるわない。TV放送とオンラインストリーミングを合わせた開会式の視聴者数は1700万人(速報値)。ロンドン(2012年夏:4070万人)、リオ(2016年夏:2650万人)や、前回の冬のオリンピックの平昌(2018年:2830万人)から大きく減少した。プライタイムのTV視聴者数の2500万人超えが期待されていたものの、Sporticoによると最初の4日間の視聴者数はリオ大会から43%減。この調子だと達成は難しい。スポンサーや広告主への対策が不可避な状況で、予備のスポットを無料で追加提供するなど埋め合わせ調整をすでに開始したと報じられている。
低調の理由として、日本との時差、COVID-19と無観客の影響など様々な理由が指摘されている。時差については、NBCは北京や平昌などアジアでの大会の経験を積み重ねてきて、以前よりも上手く対策している。コロナ禍の影響は根深い。オリンピック開催の準備が連日報道された日本と違って、米国では毎日のニュースがコロナ禍やワクチン接種、経済再開に占められ、大会前にオリンピックがほとんど話題になっていなかった。それでなくとも4年に一度のイベントで、今年がその年なのかよく把握していない人ばかりなのに、今回は開催延期が重なって、大会が始まってから東京オリンピックがこの夏に開催されることを知った人が少なくない。それぐらいオリンピックに対する関心が低い。モンマス大学が行った意識調査によると、ほぼ10人に1人がこの7月からオリンピックが始まることを知らず、全体の30%が放送を「見ない」、32%が「少しだけ見る」と答えた。
ただ、コロナ禍でスポーツへの関心が薄くなっているというわけでもない。7月20日にミルウォーキー・バックスの50年ぶりの優勝で幕を閉じたNBAファイナル2021は、同じ時期の開催にかかわらず視聴者率が昨年のファイナルから32%増だった。バックスが優勝を決めたゲーム6は2002年以来の高視聴率を叩きだし、昨年のコロナ禍の低迷からの回復を印象づけた。
何が違うのか? 視聴者の視点でコメントするとNBCの放送はマンネリ化していて古くさい。同局のオリンピック・プログラムは、ドキュメンタリー風のストーリーを用意してスポーツを感動的なドラマに仕立てる手法が評価されてきた。しかし、若い層でテレビ離れが進み、テレビの前に陣取ってネットワーク局のオリンピック中継を楽しむ層は縮小している。スポーツイベントを楽しむ方法は多様化しており、そうした変化に対応できていないことが視聴率の下落になって表れている。
「Peacock」で変わりたいけど変われないNBC
NBCも無策なわけではなく、同局は昨年夏に「Peacock」というストリーミングサービスを開始した。広告付きの無料プランと広告なしの有料サブスクリプションの2つのプランで、NBCの番組や映画を配信している。
ちなみにPeacockの全米規模の正式サービス開始は昨年の7月15日。延期されずに予定通りにオリンピックが開催されていたら、開幕直前にPeacockの正式サービスがスタートし、オンラインストリーミングでオリンピックを視聴したい人を取り込んで一気に登録者を獲得する……そんな算段をNBCは描いていた。それぐらいPeacockに力を注いでいるのだが、今回のオリンピックの観戦にPeacockを試した視聴者の間からはその視聴体験に対する厳しい声が挙がっている。
YouTube世代、テレビ離れしている世代は、野球やF1といったスポーツの試合やAppleの基調講演でも10分程度のハイライト版で見て満足する傾向が強い。NBCのテレビ放送との違いは、Peacockでは数分から15分以内のハイライト版を中心に提供していること。そのアプローチはうまく機能しているものの、大量のコンテンツをただ配信しているだけなのだ。コンテンツの検索性が弱く、またNetflix、Spotify、TikTokといった成功しているストリーミングサービスの肝であるユーザーがコンテンツを快適に見て回れる方法が整っていない。Peacockを開く度に、大量のコンテンツに戸惑い、何を見るべきか迷う。自分が関心を持っている競技や選手・チーム、国をべースに、自動的におすすめを表示してくれる機能が欲しくなる。
広告付きの無料プランでたくさんのコンテンツを視聴できるのはPeacockの魅力である。広告を主な収入源とする民放局らしいストリーミングサービスと言える。ただ、それゆえに有料サブスクリプションがテレビ放送から広告を抜いただけのサービスになってしまって、従来のテレビ放送から抜け出せずにいる。
7月13日に発表された2021年のエミー賞のノミネート作品は、NetflixやDisney+、HBO、Apple TV+など有料動画ストリーミングサービスの作品が多くを占めた。従来のTVネットワーク大手が放送しているドラマやコメディでノミネートされた作品はわずかだった。有料サブスクリプションサービスは、視聴者が支払う料金に満足できるオリジナル作品作りに努める。広告から収入を得ているテレビ局とのスタンスの違いが、制作された作品に対する評価に表れ始めている。
NBAファイナルが好調だったのも、NBAがかつての試合中継のスポンサーに依存した体制から、「ファンが顧客である」を基本にエンターテイメント性のある体験をファンに提供する戦略に切り替えたことが大きい。ゲームの放送をただ観戦してもらうだけではなく、ソーシャルメディアやデジタルマーケティングを活用し、有料サブスクリプションにも力を入れている。
NBCのPeacockはデジタルサービスの体を成してはいるものの、テレビ離れする世代の心理に訴えかけるサービスになっていない。五輪放映権の費用が巨額であるだけに、簡単にレガシーな収益モデルからシフトできないのが頭の痛いところだが、結果Peacockが動画ストリーミングの価値を発揮できない中途半端な状態になっている。
4月時点でPeacockの登録者の公式データは4200万人。無料サービスに登録しただけで使い続けていないユーザーが多く、Bloombergによると月間アクティブユーザーは1400万人。有料プランの契約者は約300万人だという。オリンピックで登録者数が増加しているものの、今の視聴者の反応だとオリンピック終了を待たずに離脱する人が少なくなさそうだ。このPeacockの迷走を打開できずに全体の視聴者数の減少に歯止めをかけられなかったら、この先のオリンピックで赤字転落する可能性にNBCは直面することになる。