しばらく前に、ノートPCのSSDが壊れた。データのバックアップがあったので実害は小さかったけど、保証期間が過ぎてまだ半年の新しいモデルだったから「○○タイマー」という言葉が思い浮かんでしまった。ご存じない方は、○○にいくつか有名メーカー名を入れて検索を試すとヒットするはずだ。

米Appleの秋のスペシャルイベント (9月12日)、「iPhone XSシリーズ」や「Apple Watch Series 4」など新製品は予想を超えるような内容ではなかったが、今回サプライズだったのは同社が「Lasts longer (長持ち)」というポリシーをアピールしたことだ。

パソコンやスマートフォンなど耐久消費財は長持ちであるべきである。「Lasts longer」なんて当たり前と思うかもしれないが、耐久消費財を提供するメーカーはユーザーに買ってもらわないと売り上げが伸びない。特に今日のパソコンやスマートフォンのように成熟期を迎えて飽和状態が近い製品だと、新たなユーザーを増やすのが難しく、既存ユーザーの買い替えへの依存が高まる。極端な話、頻繁に買い替えてもらえる仕組みにした方が、耐久消費財メーカーの株が上がるというジレンマを抱えている。

そうしたビジネスの仕組みが色メガネになって、たとえメーカーがしっかりと製品をデザインしていても「○○タイマー」のような疑心暗鬼な見方をされてしまう。だから、「長持ち」であるかどうかに人々の関心が過度に集まるのをメーカーは避けた方が賢明なのに、Appleは自らそこに踏み込んだ。

  • これまでもAppleは製品を「より長く」という考えを示してきたが、今回はキーノートではっきりとアピール

Lasts longerは、ユーザーが不満を覚えずに長く使い続けられるデバイスに設計・デザインすること。iPhone XS / XS Max発表の最後に、Lisa Jackson氏 (環境担当バイスプレジデント)が環境への取り組みについて説明する中で述べた。Appleは環境へのインパクトを最小限にするために、自然資源からの材料の使用を最小限にとどめ、再生可能エネルギーを使い、効果的にリサイクルする仕組みを整えている。

  1. Sourced responsibly (責任ある調達)
  2. Lasts longer (より長く)
  3. Recycled properly (正しくリサイクル)

ハードウェア製品が適正に長く使われた方が環境にはやさしい。それは分かる。だが、メーカーのビジネスに対してはどうだろう。買い替えサイクルの長期化はデバイスの売り上げ減につながる。ハードウェア販売に依存している企業なら、被るマイナスは大きい。

もちろん、ただ高潔なだけの「Lasts longer」ではないだろう。ビジネス面での勝算もあってこそ、正しいことを実践できる。

「長持ち」の実現は簡単なようで、実は難しい。長く使える製品というと、まず「壊れない製品」を思い浮かべると思うが、それだけで長く使ってもらえるとは限らないからだ。「飽きがこない製品」「満足できる製品」でないと、ユーザーは使い続けるのが苦痛になる。

Appleは、細部までこだわったシンプルなデザインを徹底し、1つのデザインを製品の数世代にわたって使い続ける。それが本当に飽きのこないデザインであるのは、大きなデザイン刷新が数年おきでも同社の製品が売れ続けていることが証明している。満足できる製品についても、Appleは販売台数やシェアよりもユーザーの満足度を重視することを公言しており、実際にApple製品に対する満足度は高い。

Appleはユーザーに製品を長く使ってもらえるメーカーの1つであり、「長持ち」に人々の関心が集まるほど、その強みを発揮できる。

  • スマートフォン市場のトップであることよりもiPhoneユーザーの満足度を重視

PC時代のWindows PC市場がそうであったように、市場が成熟してハードウェアの進化が鈍ると低価格競争に市場は進む。今スマートフォン市場では、中国勢の低価格製品が台頭している。「より安く」で競争しないAppleは、所有欲も満足できる製品、満足して長く使い続けられる製品を提案する。999ドルのスマートフォンでも、より長く使うなら1年あたりの支出は少なくなる。高価格であることの言い訳に聞こえるかもしれないが、毎日使うデバイスだからこそ、満足できる製品を使う価値は大きいということだ。

  • 新しいモデルを購入する時、使ってきたiPhoneを「誰かに譲りましょう」とJackson氏。低価格製品と違って数年後にも残存価値が残るApple製品は中古市場で人気が高く、第2・第3の所有者にわたって長く使用される

低価格競争対策だけではない。Appleはハードウェア販売から収益を上げるメーカーだが、プラットフォーム戦略に舵を切ってから、アプリストアや音楽配信サービスといったサービスが急成長し、今やMacとiPadを合わせたぐらいの事業規模になっている。モバイル市場全体でも成熟期を迎えて成長ドライバーが、ハードウェアからサービスに移っており、これからは、そうしたサービスを受け取れるユーザーの規模、言い換えるとデバイスのインストールベースでプラットフォームの価値が評価されるようになるだろう。

Appleは2013年に「OS X Mavericks」でOS Xのアップデートを完全無料にした。すでにiOSのアップデートは無料だったが、PCは歴史的にOS有料だったのでビジネスモデルを覆す変更だった。しかし、結果的に無料アップデートに舵を切ってプラットフォームの進化を推進させたことが、OSのメジャーアップデートを売るよりはるかに大きな利益につながった。

「Lasts longer」も「より多くの製品を売る」という従来の耐久消費財メーカーの目標にはマイナスになる。だが、それによってハードウェアのインストール・ベースが安定することでプラットフォームが充実する。言うなれば「Hardware as platform」だ。