BasecampのJason Fried氏が2017年に「The Calm Company」を出版することをブログで公表した。
- 2006年「Getting Real」: Basecampの前身である37Signalsのビジネス/デザイン/プログラミング/マーケティングの原則、効率的に優れたWebアプリを構築するための方法論。
- 2010年の「Rework」(小さなチーム、大きな仕事)
- 2013年「Remote」(強いチームはオフィスを捨てる)
- 2017年「The Calm Company」
日本でも出版された2作品、中でもコンパクトなチームでムダを省いて大きな成果を導くための考え方、哲学を説いた「Rework」は起業家のバイブルのような存在になっている。2010年にFried氏が行ったTEDトーク「なぜ職場で仕事ができないのか」も大きな話題になった。
Calmは、落ち着いた状態、平穏といった精神状態を指す。では、Calm Companyとはどのような会社なのか。
「朝早く、または夜遅く、そして週末にも、時間がある限り、誰もがより長く働こうとする。仕事に生活がズタズタにされる。人生が仕事の残りもの、ドギーバッグ、残骸、スクラップ…それで良いわけはない。ひどいことに、長時間にわたって懸命に働き、睡眠不足になることが多くの人にとって勲章のようになっている。疲弊し続けることは勲章などではない。愚か者の証である」、「カオスが仕事場の日常になるべきではない。前に進むのに不安や懸念は必要ない。1日をミーティングに費やすことが成功の条件ではない。これらは全て仕事の曲解である」(Fried氏のブログから)
そして「Calmは利益性である」「Calmは適切な目標である」「Calmとは週40時間労働である」「Calmはたっぷりと休息をとることだ」「Calmはより小さなチームである」「Calmとはコンテクストに即したコミュニケーションである」など、12個のCalmの原則を挙げている。
無理のない労働時間で、ノルマや締め切りに追われず、たっぷりと休んで、それで十分な利益を上げる……Calm Campanyなんて、本当に実現できるのだろうか?
Getting Real、Rework、Remoteに書かれている思想やアイディアは、これまでのBasecampの運営や製品開発に基づいている。同社は、スタートアップにとってチャンスに満ちたシリコンバレーではなくシカゴに拠点を置き、社員は海外を含めて30カ所に散らばっている。数年前、いくつかの製品が成長し、会社の拡大が議論になった。その時の結論が1つの製品への集中だった。小規模であり続けるのを選択したのだ。そして社名を37Signalsから、1つに絞り込んだ製品の名前だったBasecampに変更した。1年を通じて労働時間はほぼ週40時間、夏は4日間労働で週32時間になる。それで年度では17年度連続、四半期では68四半期連続の黒字を記録し続けている。Fried氏は「これまでの17年間、私たちはBasecampをcalm companyにするように努めてきた」と明言している。ちなみに共著者であり、BasecampのCTOであるDavid Heinemeier Hansson氏はRuby on Railsの生みの親として知られる。
Googleが成功するチームの法則の解明
個人レベルだったら、時間管理や仕事の効率化を実践することで、無理のない労働時間でより大きな成果を出すワークライフバランスも実現しやすい。だが、それをグループや組織レベルで実践させるのは難しい。残業禁止令は形を変えたノルマになりやすく、そうなると社員にとってストレスであることに変わりはない。Basecampは「calm(平穏)」という精神状態を目標に据えて生産性を向上させ、実際に成果を上げている。同社のオフィスの雰囲気は「騒々しいキッチンよりも図書館に近い」という。
Calm Companyのブログ記事を読んで、昨年の初めに話題になったGoogleの「プロジェクト・アリストテレス」を思い出した。Google社内の180チームを追跡、チームによって労働生産性の違いが生じる原因を分析し、生産性を高いチームを作るための理論の確立を試みたプロジェクトである。
何をやっても成功するチームがあれば、何をやっても失敗するチームがある。ところが、成功に一定のパターンが存在しない。優秀なメンバーが揃っていたら成功するというわけではない。成功しているチームのメンバーが別のチームではうまくいかないこともある。強いリーダーシップが必要なわけでもない。マネージャーが口出ししない個人まかせのチームも成功しているのだ。仕事を離れても親しいグループだけではなく、全く付き合いのない仕事だけのつながりのグループも成功している。性別、学歴など、メンバー構成も様々。明確な目標を設定していたり、信頼関係が築かれているチームが成功する可能性は高かったものの、成功を裏付けるような一定のパターンは見つからなかった。そうした中、プロジェクト・アリストテレスがたどり着いた答えは「psychological safety (精神的な安定)」だった。個人の優劣やチームを構成する形ではなく、誰もが落ち着いた状態で力を引き出せるようにする規範づくりがカギだった。
しかしながら、ソフトウエアエンジニアには感情のようなものを優先しない傾向が強い。カギを見つけたものの、Google社員の間に精神的な安定を植え付けるのは容易なことではない。その実現がThe Calm Companyのテーマである。
厚生労働省が昨年12月27日に発表した11月の有効求人倍率(季節調整値)は、前月から0.01%上昇して1.41倍だった。これは1991年以来、25年ぶりの高水準である。完全失業率も3.1%と日本は先進国の中で飛び抜けて低い。だが、これらは必ずしも喜ばしいことではない。ベビーブーマー世代が次々に引退する一方で、少子化の影響で労働人口が減少している。人手不足で経済がうまく回らない。これまでのような働き方のままでは、労働者も会社もやがてパンクしてしまう。だから、日本でも生産性を引き上げるために働き方を改革する議論が広がり始めている。
生産性の向上というと、時間の使い方やチーム作り、人材の有効活用といった形に目が向きがちだが、それらは根本的な解決にはならない。断片的な数字や短期的な数字ではなく、本当の意味で生産性を向上させていくにはマインドセットの改革がカギになる。