SpotifyやApple Musicなどの音楽ストリーミングサービスに支払う月々の料金は、どのようにアーティストに分配されているのだろうか?

多くのユーザーは自分が支払っている料金が再生しているアーティストに直接届くと信じて、好きなアーティストの曲を聴いている。ところが、Sharky Laguana氏によると、既存のストリーミングサービスが採用している分配方法では、支払った料金の大部分がユーザーの再生とは関係のないアーティストに分配される可能性がある。

しかも、一部の小さなユーザーグループの再生によって分配先が決められる。それでは音楽への正当な対価にならないとして、同氏は9月の1カ月間、サービスを使っていない時にも音量を絞って好きなインディアーティストの曲をノンストップで再生する「SilentSeptember」運動を提案している。ちなみに、Laguana氏はBandagoという観光用大型自動車のレンタルサービスを営むCEOだが、以前はCreeper Lagoonというバンドのギタリストだった。

Laguana氏の警告をもう少し詳しく説明すると、既存の音楽ストリーミングサービスはアーティストへのロイヤリティの算出にビッグプール方式を採用している。例えば、100万人のユーザーがいるとして、まずは売上をひとまとめにし(ビッグプール:999万ドル)、そこからストリーミングサービスの取り分30%(300万ドル)を引いた残り(699万ドル)がロイヤリティの総額になる。

999万ドル(総売上) - 300万ドル(サービス30%) = 699万ドル(ロイヤリティ)

そしてロイヤリティ(699万ドル)を総ストリーミング数で割った金額が1ストリーミング再生当たりの支払額になる。仮に総ストリーミング再生数が10億回だったとしよう。

699万ドル(ロイヤリティ) ÷ 10億(総ストリーミング再生数) = 0.007ドル(1ストリーミング当たりのロイヤリティ)

自分が好きなアーティストの曲を再生すると、0.007ドルがそのアーティストに支払われる。何の問題もないように思える。しかし、音楽を聴くためではなく、ひたすら再生回数を増やすユーザーが出てきたらアーティストへの支払いは歪んでしまうのだ。

「Sleepify」のようなことが起こるため、Spotifyのロイヤリティについて不満を表明するアーティストは少なくない

Spotifyは31秒以上、Apple Musicは20秒で再生1回分と数えるそうだ。ビッグプール方式では、再生クリック数によってアーティストへの分け前が変わる。2014年3月にVulfpeckというファンクバンドが約31~32秒の無音トラックを10個(10曲?)収めた「Sleepify」というアルバムをSpotifyで提供し、ファンに対して就寝中にループ再生するように呼びかけた。「Sleepify」は翌月にSpotifyによって取り下げられたが、Vulfpeckは「Sleepify」から数万ドル規模のロイヤリティを得た。そんなことが起こり得るのだ。

1万人のファンに1回ずつ最初から最後まで聴かれた曲と、1人のユーザーによって一部が1万回再生された曲、音楽サービスがどちらの曲を重んじるべきかは明らかだ。しかし、ビッグプール方式ではクリック数が重んじられ、クリック数の多い曲への分配の比率が大きくなる。曲が楽しまれることとクリック数が多いことは必ずしも一致しないから、握手券のためにCDが購入されるのと同じようなことが、ストリーミングサービスでも起こる可能性がある。

曲を楽しむという目的からズレても、アーティストをサポートするためのクリックならまだましなほうだ。適当な曲をリリースし、ロイヤリティを奪い取るためにひたすらボットに再生し続けさせるクリック詐欺も起こるかもしれない。ビッグプールのトラブルが最悪なのは、音楽が好きで音楽を楽しんでいる人たちが支払っている料金の分配先が、再生クリックを増やしている曲に流れていってしまうことだ。

総売上(ビッグプール)からではなく、ユーザーの支払額の枠内からロイヤリティの分配を算出する契約者シェア方式(Subscriber Share Method)だったら、クリック詐欺のような問題を避けられる。

1ユーザーの支払額(9.99ドル)-30%(7ドル) = ロイヤリティ(6.99ドル)

あるアーティストの曲の再生が25%を占めていたら、6.99ドル×0.25=1.75ドルがそのアーティストに支払われる。誰かが1人のアーティストだけを1万回再生を続けたとしても、そのクリックからの支払いは6.99ドルが上限になるし、自分が支払っているサービス料金がそのアーティストに流れるようなことはない。

問題はストリーミングサービスの不透明感

Laguana氏が述べるように、ビッグプール方式が危ういものだとしたら、なぜ見直されないのだろうか。クリック詐欺が起こってもロイヤリティの分配が変わるだけで、ストリーミングサービスの取り分(30%)には影響しないため、ストリーミングサービスの対応は鈍い。また、ストリーミングサービスの歴史は長く、すでにビッグプール方式が定着している。将来、クリック詐欺が深刻な問題になったら慌てるだろうが、現状では今さら変更することにレーベル大手は腰が重いとLaguana氏は指摘している。

SilentSeptemberは、音楽を楽しむ音楽ファンが存在を示す手段だ。好きなインディアーティストだけをノンストップで再生して、9月にインディアーティストへのロイヤリティの割合が急増したら、レーベル大手はクリック詐欺が深刻な問題になる前にビッグプール方式を見直し始めるだろう。「メジャーレーベルがビッグプールから離脱したら、それが音楽産業の流れになる」としている。

筆者はApple Musicを毎日利用している。支払っている料金は再生しているアーティストに分配されてほしいと思っている。でも、SilentSeptemberに協力するつもりはない。単純に考えたらビッグプール方式はLaguana氏が指摘するような問題を抱えているが、同氏の指摘はもっと議論と検証が重ねられるべきだと思っている。

例えば、YouTubeなどがクリック詐欺と戦ってきた歴史を考えると、Laguana氏が指摘するほど音楽ストリーミングサービスや音楽レーベルに隙があるとは思えない。契約者シェア方式が望ましいのは理解できるが、契約者シェア方式に変更するのは簡単なようでいて複雑で面倒なプロセスになる。個人的には、それがシンプルなビッグプール方式が続く理由ではないかと疑っている。

Laguana氏の指摘が的を射ているのか、それとも的外れなのかはわからないが、それでも同氏の指摘が広く共有されているのは、音楽ストリーミングサービスの仕組みが不透明だからだ。突きつめると、問題の核心はそこにある。

AppleのApp Storeが成功した理由の1つは、シンプルで透明な仕組みだったからだ。アプリを購入した代金の7割がアプリ提供者に届くから、アプリ開発者を身近に感じられる。対照的に音楽ストリーミングサービスは、サービスがユーザーとアーティストをシンプルかつ透明に結ぶ仕組みになっていないから、CDを購入していた頃よりもアーティストをサポートしている感覚が薄くなる。音楽ストリーミングが音楽産業を支える新たなモデルになるには、この点が改善されるべきである。

9月の末になったら、Apple Musicに料金を支払うユーザーが出てくる。だからこそ、このタイミングで問いを投げかけてきたLaguana氏に対して、音楽レーベルやストリーミングサービス側はしっかりと答えるべきだと思う。