米Appleは3月9日に開催したスペシャルイベントで、「Apple Watch」の詳細と発売日を発表したが、米国のミレニアルズ(18歳-34歳)はApple Watchよりも「Apple TV」の値下げと「HBO Now」に興味を持ったようだ。スペシャルイベントの前後の英語ツイートをFizziologyが分析した結果、18-34歳の話題の傾向はApple TV/HBO NowがApple Watchの2倍だった。35-49歳だと逆にApple Watchが2倍になる。

Appleのスペシャルイベントに関するツイートをFizziologyが分析した結果のインフォグラフ 出典:Re/code

この結果を「Apple Watchへの関心が薄い」と見るか、それとも「TV番組のネット配信に対するミレニアルズの関心が高い」と見るべきか。HBO Nowのインパクトを実感しにくい日本だと前者かもしれないが、後者と見るのが妥当だろう。

HBO Nowは、米ケーブルTVチャンネルHBOが同社のコンテンツをApple TVで視聴(将来は他のストリーミング・デバイスにも拡大)できるようにするサブスクリプション型のストリーミングサービスだ。

この発表の何がスゴいのかというと、ケーブルTV企業や衛星TV企業の切り札だったHBOをAppleが奪ったことだ。HBOとケーブルTV/衛星TVとの結びつきは強く、これまでDVD化される前のHBOのコンテンツはケーブルTVや衛星TVが独占していた。だから「Game of Thrones」などのHBOのコンテンツをいち早く見るには、ケーブルTVや衛星TVサービスのプレミアプランを契約しなければならなかった。そうなると、100チャンネルを超えるようなプランになり、見るとは限らないチャンネルだらけの高額な契約になってしまう。

HBO Nowによって、ついにケーブルTVや衛星TVでHBOを契約することなく、HBOのみ契約できるようになる。これはHBOの脱ケーブルであり、ケーブルTVチャンネルのコンテンツをケーブルTVサービスが独占してきた時代の終わりを意味する。

ネットTVサービス競争でAppleにアドバンテージ

Appleがこの秋、サブスクリプション型のTV番組のネット配信サービスを提供するという噂が飛び交っている。Wall Street Journalの報道によると、Walt Disney、CBS、FOXなどと協議しており、25チャンネルぐらいのパッケージで月額30-40ドルになるという。

報道にあるようなネットTVサービスは、今年に入ってすでに「Sling TV」(ケーブルTVチャンネルを中心に20チャンネル:月額20ドル)、ソニーのPlayStation Vue(50チャンネル+:月額50ドル)などが登場している。もし、秋にAppleが参入するなら後発になるが、同社はHBO Nowをしばらく独占できる契約をHBOと交わしている。消費者がTVのネット配信サービスを選ぶ際、HBO Nowを契約できるのがAppleのプラットフォームだけとなったらAppleの強力なアドバンテージになるだろう。

CNNやMTVのような専門局が生まれなかった日本

日本でも日本民間放送連盟の井上弘会長が3月19日の定例会見で、テレビ番組をPC/スマートフォン/タブレット向けに広告付きで無料ネット配信する「広告付き無料配信トライアル」を、在京キー5局共同で10月から始めると発表した。

何やら今年は、日米でネットTVサービスがテレビ視聴を変えそうな勢いである。ただ、同じ「ネットTVサービス」だからといって中身まで同じになるかというと、日本と米国ではテレビのビジネスモデルや視聴者のニーズが異なる。そこのところを意識しないと、テレビというメディアが変われるせっかくのチャンスを逃すことになる。

米国で登場し始めているネットTVサービスは、これまでケーブルTVや衛星TVなど有料TVサービスを契約するしかなかった番組コンテンツを、ネットを通じても視聴できるようにするサービスである。米国では地上波放送を受信しにくい地域が広く、そのため1970年代後半からケーブルTVを契約する家庭が増加し始め、TVサービスを受信する方法の主流になった。広告以外にユーザーがケーブルTVに支払うサービス料金という収入源があるケーブルTVサービスにおいてケーブルTVチャンネルが成長し、ニュース専門チャンネルのCNN、音楽専門のMTV、スポーツのESPNなど、ユニークなケーブルTVチャンネルが生まれ、そして視聴者を獲得した。

問題は多チャンネル化によって、視聴者のニーズにほとんど応えていないようなチャンネルも続々と生まれたことだ。それでも、ケーブルTV企業は「ケーブルTVチャンネルは幅広いニーズに応えられる」とひたすら多チャンネル化を進めた。1995年には月額40ドル程度だったケーブルTVの平均料金が今では月額約130ドルである。

そんな不要なチャンネルの受信をケーブルTV企業に押しつけられてきたことに不満を抱き始めた人たちが、いわゆる"コードカッター (ケーブルサービスを解約)"になって、ネットのオンデマンドサービスやストリーミングサービスを支持し始めた。

ミレニアルズ(18-34歳)がネットTVサービスを好むのは、彼らがYouTubeに親しんできた世代であるというのが理由の1つだが、もう1つ大きな理由がある。

以前、リーマンズショック後の景気低迷と就職難を経験したミレニアルズが大手銀行に不信感を抱いているという調査結果を以前に紹介したことがあるが、大手銀行に劣らずミレニアルズに嫌われているのがケーブルTV企業なのだ。独占的に近い立場を利用して、魅力あるコンテンツを持ったチャンネルと人気のないチャンネルをパッケージ化して売りつける。サポートの対応も悪い。ユーザーの声に耳を傾けず、ユーザーがサービスをコントロールするのを認めない。そんな姿勢を嫌って、ネット配信に期待しているのだ。

日本はTVの市場規模が大きいのに多チャンネル化に移らなかった珍しい市場である。衛星放送によってチャンネルは増えたが、米国に比べると少ない。ネットやSNSで話題になる番組も多くは地上波キー局で放送されていて、基本的に誰でも視聴できる。話題のHBOのドラマをリアルタイムで見るためにケーブルTVのプレミアサービスを契約しなければならないというような悩みとは、ほぼ無縁だ。

在京キー5局の配信サービスは見逃した人や録り逃した人にコンテンツを提供する無料の広告付き配信であり、日本の視聴者が必要としている日本にフィットしたソリューションだと思う。だから、米国でサブスクリプション型のネットTVサービスが成長したら「日本でも……」という期待が高まるかと思うが、有料TVサービスのコンテンツが魅力に欠ける限り、有料TVサービスに対する日米の需要の違いが、そのままネットTVサービスに対する反応になって現れると思う。

ただ、ネットTVサービスへのシフトを機に、日米の違いから学ぶことも多いと思う。多チャンネル化を経験しなかった日本では、CNNやMTVのような地上波キー局に匹敵するような影響力を持った小さな専門局が現れなかった。世界的にはケーブルTVチャンネルの専門局や、キー局では実現できないユニークなプログラムを提供する小さな放送局によって、テレビというメディアが再発明されている。日本でニュース専門チャンネルが人々の生活に根付いていないのは少々残念なことであり、ネット配信へのシフトを機にテレビという影響力を持ったスクリーンを利用する媒体の幅が広がってほしいとも思う。

米国の「コードカッター」の意識は、固定電話を解約し、スマートフォンにコミュニケーションをまとめた人たちに近い。スマートフォンは電話だが、スマートフォンにおいて電話は機能の1つに収まり、メッセンジャーやSNSなどに個人のコミュニケーションの可能性が広がった。コードカッターのためのサービスと呼べる新しいサブスクリプション型のネットTVサービスが続々と登場し始め、同時にストリーミング・デバイスにアプリストアが拡大する動きも加速している。

これらのタイミングがシンクロしているのは偶然ではないだろう。スマートフォンが単なる電話でないのと同じように、アプリストアを利用できるテレビは単なるテレビではない。新しいネットTVサービスは、そこに人々を導く入り口になる。