今後のAI活用は、単なる効率化のための道具から「人に寄り添い、共に働く存在」へと進化していきます。それぞれのユーザーの目的や役割を理解し、適切なタイミングで支援する。それが「パーソナライズAI」の姿です。

AIが個人や業務に応じて最適化されることで、生産性や体験の質は大きく向上します。その一方で、個人情報や行動履歴などのデータを活用する必要が高まるため、セキュリティやガバナンスの重要性もいっそう増しています。

今回は、マルチAIエージェントをベースとしたパーソナライズAIの可能性と、その時代に向けて企業が備えるべき視点について解説します。

AIは便利なツールから「伴走するパートナー」へ

前回までに紹介したように、AIは「人が指示しなくても目的を理解して動く支援型AI」、すなわち複数のAIエージェントが連携して業務全体を支援する「マルチAIエージェント」へと進化してきました。この仕組みにより、専門知識がなくてもAIを使いこなせる環境が整いつつあります。

次に注目されているのが、こうしたAIを一人一人のユーザーに最適化(パーソナライズ)する取り組みです。AIがユーザーの役割や行動履歴、業務状況を理解し、必要なときに必要な支援を行う、いわば「伴走型AI」への変化が始まっています。

現在でも、個人向けとしては、SiriやAlexaなどがユーザーの好みや位置情報に応じて柔軟に対応しています。一方で、企業利用においては、より高度なパーソナライズが求められます。例えば、部署や役職、アクセス権限などの情報を踏まえたうえで、各担当者に最適な回答や次のアクションを提示する仕組みです。

さらに、ユーザー自身が過去に作成したレポートや資料などの情報を学習させることで、AIがその人の志向や表現の傾向を理解し、より自然な提案やコンテンツを生成できるようになります。こうしてAIは、単なる「ツール」から「人と共に考え、行動するパートナー」へと進化していくのです。

AIのパーソナライズがもたらす新しい価値

パーソナライズされたAIは、ユーザーの目的を理解して伴走することで、業務効率にとどまらず成果の質そのものを高める可能性を持ちます。

例えば営業部門では、商談の進捗状況や訪問履歴をもとに、AIが「次にアプローチすべき顧客」や「最適なタイミング」を提案できます。人事部門であれば、社員の問い合わせ内容や申請履歴を学習し、必要な情報を先回りして案内することも可能です。

つまり、AIが人の仕事の流れを理解し、状況に応じて最適な支援を行う環境が実現します。ここで重要なのは、これが「自律型のAI」ではなく、あくまで人を中心に設計された「協調型AI」であるという点です。

AIのパーソナライズに伴う技術的な課題

AIがユーザーごとにパーソナライズされれば、業務はより快適になります。しかし、その裏側で新たなリスクも浮かび上がります。ユーザーごとに最適化されたサービスを実現するためには、AIに膨大な個人情報や業務データを学習させる必要があり、セキュリティやプライバシーの配慮がこれまで以上に重要になるのです。

もともと企業利用のAIでは、社外秘の情報や役職によって閲覧が制限されたデータを扱うため、情報漏洩のリスクが課題でした。トゥモロー・ネットが実施したAI活用に関する調査でも、「セキュリティやプライバシーの懸念」は運用者側の課題の上位に挙げられています。

  • トゥモロー・ネット連載3-1

    セキュリティやプライバシーの懸念が上位の課題に(資料:トゥモロー・ネット)

見落とされがちですが、セキュリティはAIソフトウェアだけで完結するものではありません。AIがどのハードウェアやミドルウェア上で動作しているか、どのようなネットワーク構成で構築されているかなど、基盤となるインフラの設計がセキュリティレベルに大きく影響します。セキュリティを後付けにした複雑な構成をとると、思いがけない脆弱性が生まれるリスクもあります。

したがって、ユーザーフレンドリーで使いやすいAIサービスであると同時に、最初からセキュリティを担保しやすい仕組みを備えたAIサービスを選択することが、安心してAI活用を進めるために不可欠なのです。

AIを支える基盤の構築と運用

パーソナライズAIを安心して運用するためには、AIそのものだけでなく、それを支えるインフラの選択と設計が欠かせません。クラウドサービスは導入が容易でスピーディーな一方、機密性の高いデータを扱う場合にはオンプレミス環境のほうが適しているケースもあります。特に金融・製造・公共分野では、厳格なセキュリティ要件からオンプレミスが選ばれる傾向があります。

オンプレミスの構築にあたってはハードウェアとソフトウェアの調達から実装まで、時間も手間もコストもかかります。あらかじめ構築されたアプライアンス型ハードウェアを活用して、負担を軽減するという選択肢もあります。

さらに、複数のAIが連携して動作するマルチAIエージェントでは、複数の専門AIが連携して情報収集・判断・実行を行うため、大量のデータ処理が発生します。これを支えるには高性能GPUサーバや分散処理環境の整備など、処理性能を担保する仕組みが重要です。

また、高い性能のGPUサーバを構築するだけでなく、GPUリソースの割り当てや稼働状況を最適化する仕組みも有効です。休眠時間を短縮しリソースを効率的に再配分することで、限られたGPUを最大限に活用しながら、安定した処理性能を維持できます。

今後、AIはますます発展していくでしょう。AI時代に企業が持続的にAIを活用していくためには、AIそのものの精度や機能だけでなく、それを支える基盤の設計と運用のあり方を見直すことが欠かせません。安定的かつセキュアに動作する環境があることで、その力を発揮できるのです。

連載のまとめ - AIと共に働くために

AI活用において求められているのは、単なる効率ではなく、人にとって心地よいコミュニケーションと協調です。企業内の業務や顧客対応の領域においても、AIがすべてを代替することはありません。むしろ、AIと人がそれぞれの強みを発揮し、支え合う関係が重要になります。

AIが単純作業を自動化し、人が創造性や判断力を発揮する。この相互補完の関係が、AIと人が共に成長していくための理想的な姿です。AIは人の代わりではなく、人の可能性を拡張する存在です。その進化を支えるのは、人に寄り添い、協調して働くという設計思考に他なりません。