堀 ライフハックという言葉は多くの人に認知されるようになりましたが、一方で「そんなの役に立たない」、「小手先の小細工では何も変わらない」という記事が時々登場したり、ひどい時には「ライフハック(笑)」などと揶揄されてしまったりすることがありますよね。でも、そうした記事にも、もっともだと思う点はあるんです。
佐々木 どんな点がもっともだと思いますか?
堀 ライフハックが登場した2005年、いろんな人が仕事から生活のいろんなことに「近道」を探すのに夢中になり、ハックを探したり共有したりしていた活発な時期がありました。しかし、有用なものがたくさん紹介される一方で、「なるべく少ない石鹸でシャワーを浴びる方法」とか「店で買わずに自宅でチーズを作る方法」といったように、"本当にそれはハックなの?"と笑ってしまうものもあったことを思い出すのです。「細かすぎたり、誰にとって便利なのかを見失ったりしたハックは確かに冗談みたいに思われても仕方ないのかなあ」と。
佐々木 「ライフハック」はもともと英語で必ずしも明確に定義されていないので、適用範囲がどんどん広がっていきがちですよね。ごく些細な工夫やちょっと目新しい方法を、何でもかんでも「ライフハック」と呼んでいれば、揶揄する人からすると格好のネタかもしれません。
2005年頃に「ライフハック」という言葉に強い魅力を感じたのは、自分の限界に突き当たった時、自分の戦略に問題があるのではないかと考えていいという漠然とした気持ちを、「ライフハック」が肯定してくれたからだったと思います。
それまでの一般的な考え方ですと、例えば、整理がうまくいかないというのは、
だらしがないから
意志が弱いから
しつけが悪かったから
といったことを言われるばかりで、「対策」としては自己嫌悪をバネにして、それまで以上の努力をするしかない状況でした。「ライフハック」の発想であれば、そんな努力をしなくても、ちょっとした工夫でうまくいくこともあるとわかり、これが実際に私を助けてくれたのです。
堀 そう、この「自分にとって役に立つ」、「自分に勇気を与えてくれる」というところが大事なんですよね。個人的には、揶揄する人は放っておき、自分にとって便利なものなら積極的にブログやツイッターで共有してほしいと思っているんです。プログラミング言語であるPerlの合言葉は"There is more than one way to do it"(やり方は一つではない)なんですが、ライフハックも同じで、一見似通った仕事や人生の壁でも、その人その人で乗り越え方が違う。それをみんなで楽しめるようにしたいなあと思うわけです。
佐々木 最初は私自身、ライフハックで享受できるのは小さな成果だと思っていたところもあるのですが、ライフハックのレベルが高ければ、そうとは限らないと思うようになっています。例えば、野口悠紀雄さんの「超」整理法は学生の頃からやっていますが、実践して以来書類をなくすことがまったくなくなりましたし、シゴタノ!の大橋悦夫さんのタスクシュートがなかったら、本を書き上げるのに今の倍の時間がかかっていたと思いますし、堀さんの『情報ダイエット仕事術』を留学中に読んでいればあんなに苦しむこともなかったですし、その留学中に出会った『シュガー・バスター』(講談社)を知って以来、生まれつきのアトピーから解放されました。これらはどれも小手先に近いやり方からスタートしていますが、自分自身は相当の成果を得てきていると思うんです。
堀 手先の変化が人生を変えるという、以前触れた話題ですね。ライフハックが好きな人とは、「違ったやり方を探せる人」、「現状に満足していない人」。アップルの古い広告のキャッチフレーズで言うなら、Think Differentを実践できる人だと思うのです。やってることは小手先のチューニングでも、目指しているのは違いの見えない小さな自己満足ではないと僕は思っています。佐々木さんが「留学中に読んでいれば」と思われたように、「こんなハックをもっと早く知っていれば!」という人が1人でも減るように、自分が有用だと思ったものはこれからも共有していきたいですね。
佐々木 揶揄もそうですが、「こんなことはみんなとっくに知っている」という判断は、意外と当てになりませんね。意外なほど「当然」ということを知らない人が、ちょっとしたことを知ることで、いろいろなことが急にできるようになるということが実際に起きるのですよね。
堀 確かに、小さなきっかけが生み出す大きな変化について理解すれば、ライフハックはもっと楽しくなりますね。オープンソースのハッカーたちが好んで使う言葉、Share and Enjoy!(みんなで共有して、エンジョイしよう)の精神で、今年もがんがんいきましょう。
対談後記(堀 正岳)
自分にとって有用なものは、きっとネット上の誰かにとっても有用なものです。そして有用な情報を積極的に流す人の下には情報がさらにやってくるというネットの不思議な法則もあります。
普段の仕事や生活の中で「あ、便利だ」と思うようなことがあったら積極的にブログやツイッターで共有してみてください。それにより、ブログやツイッターをフォローしてくれる人が増えますし、そうした人からさらに新しいハックが届くはずです。
Happy Lifehacking!
佐々木 正悟(ささき しょうご)
心理学ジャーナリスト
「ハック」ブームの仕掛け人の一人。専門は認知心理学。 1973年北海道旭川市生まれ。97年獨協大学卒業後、ドコモサービスで働く。2001年アヴィラ大学心理学科に留学。同大学卒業後、04年ネバダ州立大学リノ校・実験心理科博士課程に移籍。2005年に帰国。 著書に、ベストセラーとなったハックシリーズ『スピードハックス』『チームハックス』(日本実業出版社)のほかに『ブレインハックス』(毎日コミュニケーションズ) 『一瞬で「やる気」がでる脳のつくり方』(ソーテック)などある。
堀 E. 正岳(ほり まさたけ)
ブロガー・気候学者
1973 年アメリカ・イリノイ州エヴァンストン生まれ。筑波大学地球科学研究科(単位取得退学)。理学博士。地球温暖化の影響評価と気候モデル解析を中心として研究活動を続けている。その一方でアメリカでライフハックが誕生したころからその流行を追い続け、最新のハックやツール、仕事術や自己啓発に至る幅広いテーマをブログ Lifehacking.jp で紹介している。 著書に、「情報ダイエット仕事術」(大和書房)、「英語ハックス」(日本実業出版社、佐々木正悟氏との共著)、Lifehacks PRESS vol2(技術評論社、共著)がある。ブログ「Lifehacking.jp」を主催