これまで佐々木さんの「Google世代の整理術『デジタル情報整理ハックス』」の連載の延長で対談をしてきましたが、今回からからはもっと「ライフハック」寄りの話題に舵を切って紹介していきたいと思います。
「ライフハック」の定義
堀 海外のライフハックのトレンドだとか、流行の仕事術の話題など、話は尽きませんが、でもまずは基本にもどって「ライフハックって何?」という話をしておきたいと思うんです。
佐々木 堀さんはもともと、ライフハックがアメリカで流行し始めた頃からそれをフォローしていたのですよね?
堀 そうです。最初は「ライフハックはおばあちゃんの知恵袋だ」とか、「ライフハックはGTD(Getting Things Done)をすることだ」とか言われていて、僕の中でとても混乱していたんです。でも、ライフハック・ブログの牽引者となった43FoldersのMerlin Mannさんのおっしゃっていたことが僕には導きの糸になりました。
佐々木 彼はどんなことを言っていたのですか?
堀 Merlin は「ライフハック」の定義と聞かれたときに、それを「人間の頭のいい部分と、悪い部分をつなぐ近道」という風に表現していたんです。
簡単な例を出すと、たとえば私たちは「明日の朝ゴミを出そう」と考えて、いらないものを一カ所にまとめておくくらいに賢いのに、次の朝玄関から出るときにはそれをすっかり忘れている程、頭が悪いものです。 そこで、ゴミは玄関先にまとめておき、それを踏み越えなければ玄関から出られないようにする、という簡単な工夫をすることでゴミを出すのを忘れなくなる、そういったものがライフハックなんだと彼は説明しました。
佐々木 たしかにそういうことはよくありますね(笑)。労少なくいい判断ができるようにするための工夫がライフハックというわけですね。
堀 僕はもうちょっと、それを人生全体にまで広げて考えたいと思ったのです。ゴミを出すのを忘れないのと同じように、「10年後の自分は何をしていたい?」「自分の現状に満足している?」といった、本来なら自己啓発に属する質問を日常に持ち込みたいと思ったのです。
たとえば、僕はもともと短気で愚痴ばかりいってる性格だったのですが、あるとき同僚にたしなめられて、はっと気づいたことがあったんです。「自分の口から出るものを変えなくては、どんなに理想や正論を大事にもっていてもダメだ!」ということです。そこですぐに、自分の口からでる言葉の一つ一つにチェックをいれて、「短気で愚痴っぽい要素」を排除する訓練を始めてみたのです。効果はめざましいものがありました。
注意してほしいのは、最初には自己啓発的な「気づき」があったのですが、それを実現するには口から出る言葉の一つ一つ、手元の作業など、日常の行動が変わらなくてはいけない、という部分です。大言壮語が人生を変えるのではなくて、それを実装する「小さな習慣」がゆっくりと人生の舵を切るんだと僕は考えています。だから僕にとって、ライフハックとは「人生を変えるための小さな習慣」という定義に落ち着いたのです。
佐々木 なるほど!
ライフハックと心理学の関係
堀 今度は佐々木さんにお聞きしたいのですが、以前佐々木さんが講演をされていたときに「ライフハックと心理学は相性がよい」とおっしゃっていたと思うのですが、それはどのように相性がよいのでしょうか? そこに佐々木さんのライフハックのヒントがあるように思ったのですが...。
佐々木 たとえばライフハックの代表的手法のひとつとして、GTDがあげられると思いますが、GTDが必要とされる理由は心理学的なものですし、GTDの技術の中にもふんだんに心理学的な発想が入っていると私は思います。
堀 もっと具体的にいうとどんなところですか?
佐々木 たとえば、「やるべきことや気になることを書き出す」という要請は、「記憶すべき事柄」が「記憶できる能力」を上回っている状況のせいで発生するはずです。その状況においてGTDが有効に機能するのであれば、GTDという技術には「人間の記憶できる能力」を拡張したり補助したりする仕組みが備わっているはずです。
堀 なるほど、GTD を可能にする心理に秘密が隠れているというわけですね。それ以外のライフハックについては?
佐々木 「ファイルや書類は時間順に整理するとよい」というライフハックを考えてみますと、「新しいもの、最近使ったもののことはよく覚えている」という記憶の性質が関係していることが分かります。当たり前のことではありますが、この方式が採用される前には「分類別」に何でも整理する、という方法の方が優勢でした。しかしこれが機能していなかった。つまり、時間がたってから「分類のための言葉」を再利用しようとしても、「分類ラベル」は「想起手がかり(何かを思い出す手がかり)」として十分な刺激とはならないのです。これも心理学です。
堀 これも人は自分が思うほどに頭が理路整然としていない例ですね...。
佐々木 それから、タイマーで「時間切迫感」を高めてとりあえず手をつけるというのも心理学で説明できますし、マルチタスクよりシングルタスクの方が全体的に効率がいいというのは、認知心理学の「注意」という概念から説明できます。また、意識的な努力に報酬を伴わせて無意識の習慣に落とすというのは、行動科学で言うところの「強化」そのものです。ライフハックの具体例には、心理学が至るところで顔を出しています。
堀 なるほど。答えが見えてきたきがしますが、あえてお聞きします。なぜ、佐々木さんのブログは「ライフハックス心理学」なのでしょう?
佐々木 今述べてきたとおり、ライフハックを分析すれば、心理学的に説明できる方法論がたくさんあるのです。そのように説明づけられるというだけでも面白いと私は思うわけですが、実際的な利点をあげるなら、ライフハックの背景にある心理学的知識をもとに、逆に新たなライフハックを考案できるということがあります。だから「ライフハックス心理学」なのです。
堀 「心理学的知識をもとに、逆に新たなライフハックを考案できる」例はあげられますか?
佐々木 たとえば、GTDが求められる原因として人間の記憶力・認知力の限界があると先ほど言いましたが、それを説明した用語が「認知資源」です。人間の「認知資源」には限界がある。この事実を踏まえるならば、プレゼンテーションを行う際、テーマは少ないほどよいことが分かります。プレゼンテーションの経験が一度もなくても、このようにしてプレゼンテーションのための重要なライフハックである「テーマをひとつに絞る」という方法を、自分自身のために導き出せます。テーマが2つ、3つと増えるにつれて、聴いている人は混乱する。なぜなら、人間の認知資源には、限りがあるからです。
堀 僕が行動に光をあてて自分を制御する方法を探しているのに対して、佐々木さんはもっと認知的な動機づけから自分を動かすライフハックを探しているんですね。ぜひ次回から、この2つの見方で仕事術や、やる気をハックする手法などを斬っていきましょう!
対談後記(堀 E. 正岳)
ちょっと今回は難しいお話でしたが、共通していたのは「人間の認知力や、頭の良さには限度があって、それをケアするのがライフハック」という点だったと思います。 特に僕からは次のことを今週のハックというか、宿題としてあげておきたいと思います。
人生の目標と、玄関で毎日出会えるような工夫はありますか? それこそが最も大事なライフハックです!
次回からはこれまでの情報整理術に加えて、仕事術、メンタルハック、文具、手帳術をレパートリーに加えて話題を広げたいと思います。
佐々木 正悟(ささき しょうご)
心理学ジャーナリスト
「ハック」ブームの仕掛け人の一人。専門は認知心理学。 1973年北海道旭川市生まれ。97年獨協大学卒業後、ドコモサービスで働く。2001年アヴィラ大学心理学科に留学。同大学卒業後、04年ネバダ州立大学リノ校・実験心理科博士課程に移籍。2005年に帰国。 著書に、ベストセラーとなったハックシリーズ『スピードハックス』『チームハックス』(日本実業出版社)のほかに『ブレインハックス』(毎日コミュニケーションズ) 『一瞬で「やる気」がでる脳のつくり方』(ソーテック)などある。
堀 E. 正岳(ほり まさたけ)
ブロガー・気候学者
1973 年アメリカ・イリノイ州エヴァンストン生まれ。筑波大学地球科学研究科(単位取得退学)。理学博士。地球温暖化の影響評価と気候モデル解析を中心として研究活動を続けている。その一方でアメリカでライフハックが誕生したころからその流行を追い続け、最新のハックやツール、仕事術や自己啓発に至る幅広いテーマをブログ Lifehacking.jp で紹介している。 著書に、「情報ダイエット仕事術」(大和書房)、「英語ハックス」(日本実業出版社、佐々木正悟氏との共著)、Lifehacks PRESS vol2(技術評論社、共著)がある。「ブログ Lifehacking.jp を主催」。