プロの仕事とアマチュアリズム

某バラエティ番組で、人気焼肉店に少しノンビリ屋の番組スタッフが突撃取材に行くという企画がありました。繁盛店の混雑時にズカズカと厨房に入って取材を申し込むと、店主は「忙しい」と怒鳴り、営業時間終了まで寒空の店外でスタッフは待ちます。これを見た視聴者から、同店に「客商売のクセにその態度はなんだ!」とクレームのメールが入りました。

プロならテレビの取材にはすべて丁寧にこたえろというのでしょうか。「プロなら文句を言うな」という風潮があります。プロを「店」、または「企業」に置き換えても同じです。しかし、プロも人間、文句も言えば腹も立てますし、何より客の理不尽を満たすことは不可能です。

想像してみてください。営業時間中の戦場のような厨房で、テレビの取材に愛想よくこたえながら、衛生管理は厳守していて、安くて、それでいて旨くて、サービスは完璧で、店員は全員美男美女を揃えて、帰りは全スタッフで客の背中が見えなくなるまでお見送りするような店があったとしたら、それは某かの「詐欺」に違いありません。

冷静に考えれば、営業時間中の飲食店の厨房に番組スタッフという第三者が許可なくズカズカと入らせるほうが「プロ失格」です。実はこれ、このスタッフを困らせるほうが「絵的に面白い」というプロデューサーの狙いがあり、事前に「打ち合わせ済み」の演出だったのです。

満を持して始めた新ビジネスは「宅配寿司チェーン」

S社長は真新しい白衣に身を包み、ニッコリと微笑みます。握ったことのない寿司を握ったフリをしながら、カメラマンの要求にこたえます。この日はチラシ用の写真撮影で、S社長自ら「寿司職人」のモデルを務めたのです。

大学卒業後、大手居酒屋チェーンの本部スタッフとして店舗開発、業態開発に携わり、30才を期にS社長は独立起業し、今や複数の業態の店舗を持つ飲食店グループを経営しています。その新業態として、満を持して始めたのが「宅配寿司」です。1年前の役員会議で注文した「出前の寿司」が値段に釣り合わない品質の悪さで、「食のプロ」を自負するS社長は「素材にこだわれば勝てる」と商機を探っていたのです。

素材へのコダワリは撮影にも表れます。マグロ、あわび、いくら、伊勢エビをまな板皿に盛り込んだ「イメージカット」の撮影に10時間を費やし、撮影の熱でだれた魚介類を何度も交換して納得の一枚にOKを出します。

マグロの「赤」が牛肉の「赤」になっている!

料理専門のカメラマンがデジカメで撮影した見事なイメージカットは、データとして広告代理店に回されました。宅配寿司の集客ツールはチラシがメインで、毎日大量に新聞に折り込まれるチラシの中で「旨そう」と思わせることが重要なのだと、広告代理店の担当者相手に力説します。

そして、チラシが出来上がりS社長は激怒します。広告代理店の営業部長、営業担当、デザイナーなど関係者全員を呼びつけ怒鳴ります。

「これは牛肉の赤だ!」

イメージカットの「マグロの赤」が「牛肉の赤」だというのです。広告代理店にとってのクライアントは神様と同義です。平身低頭平謝りしますが、S社長は「これはプロの仕事じゃない」と怒りは収まらず、金を払えないとまで言い出します。同じデータを使って色が変わるわけがないと。そこで、営業部長が「お恐れながら」と揉み手をしながら、「S社長のおっしゃられる『マグロの赤』を教えてください」と二重敬語でへりくだります。

部下にアゴで合図を出し、持ってこさせたイメージカットは確かに輝いており、なるほど、これがマグロの赤と言われればチラシの赤はくすんでいます。しかし、それを見たデザイナーもまた「申し訳ございませんが」と、先に謝罪してから訊ねます。

一芸のプロと大量生産のプロを一緒にしてはいけない

「これはプリンターで印刷したモノではないでしょうか?」

S社長の「マグロの赤」とは「フォト用紙」に「プリンター」で印刷したものだったのです。イメージカットのデータをS社長は自分のPCにいれており、それを印刷したモノでした。データは同じでも、印刷する用紙と方法が異なれば「色」は変わります。

チラシはB4サイズで、同等サイズのフォト用紙は某家電量販店のオンラインショップで20枚入り1,980円。1枚99円です。一方、チラシに使うコート紙なら数円もせず、プリンターのイ ンクカートリッジ代とオフセット印刷のインク代は比べものになりません。

「そもそもの土俵が違うモノを比べて、『プロの仕事か』とお怒りになられても困ってしまいます」と、私まで二重敬語になったのは、広告代理店時代の条件反射です。

プロの仕事には、プロ野球選手や写真家のような一芸に秀でる「プロ」と、印刷や製造業のように大量生産する「プロ」があります。S社長の要求は両者を混在する「プロ0.2」です。

そもそも、現在のオフセット印刷は安価な大量印刷を目的としており、色の厳密な再現を求めるなら、より値の張るグラビア印刷などを選ばなければなりません。また、同じように印刷したチラシでもそれぞれ微妙に色が異なることがあるのは、広告代理店や印刷所……つまり、クライアント以外にとっては「常識」です。

平謝りの末、「今回だけは」とお許しをちょうだいしました。しかし、執拗な叱責を受けた営業担当は「だったら、宅配寿司の値段で、銀座の名店・久兵衛と同じ寿司を出してみやがれ」と、クライアントのいない営業部の忘年会で荒れたと言います。

その後、この広告代理店は、S社長には印刷された束から色の「濃い」ものをわざわざ選別し、納本用の見本として届けていました。根本的な問題を放置したまま、小手先に走るのは「プロの広告代理店」になせる技です。

エンタープライズ1.0への箴言


「プロの仕事には種類がある」

宮脇 睦 (みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi