生成AI(人工知能)や自動運転、量子コンピュータ、AR・VR技術ーー。近年のテクノロジーの進化は目覚ましく、30年前には考えられなかったような体験が身の回りに多く存在している。

一方で、「当たり前の存在」となって、私たちに生活に溶け込んでいるテクノロジーも数えきれないほどあるだろう。そこで、本連載では、その当たり前になっている存在にスポットライトを当て、読者が抱いているかもしれない「そういえば、この技術ってどういう仕組みなの?」という素朴な疑問に答えていく。

第1回目は、多くの人が大型連休時にお世話になっているであろう「ETC」について詳しく紹介する。

なぜ初回がETCなのかというと、ペーパードライバーの筆者が今年のGWに高速道路を利用した際、ETCのゲートを時速20㎞以上で通過する車両を見かけ、「本当はどれくらいの速さまで対応できるのか。もし開閉ゲートにぶつかったらどうなるんだろう……」と気になったからだ。そのことがきっかけとなり「そもそもETCってどんな技術なのだろうか」と、一から知りたくなった。

ネットで検索すればある程度のことは分かるが、自分の目で確かめたいと思ったので、料金所ETCのシステムでトップシェアを誇るパナソニック コネクトの試験場に足を運んでみた。

  • パナソニック コネクトのETC試験場(神奈川県横浜市)

    パナソニック コネクトのETC試験場(神奈川県横浜市)

そもそもETCとは?

筆者の疑問を解決する前に、まずはETCの概要を説明し、この技術の歴史を振り返ろう。

ETCは「Electronic Toll Collection System」の略で、高速道路や一部の有料道路で自動的に通行料金を支払うシステムのことだ。車両に設置されたETC車載器にETCカード(ICカード)を挿入し、有料道路の料金所に設置されたETCレーンのアンテナとの間の無線通信により、車両を停止することなく通行料金を支払うことができる。

  • 高速道路 ETC入口のイメージ

    高速道路 ETC入口のイメージ

ETCは世界に先駆けてイタリアで導入され、その後、欧米各国でも導入が進んだ。日本では1994年に当時の建設省と道路公団が研究開発を開始し、1997年の試験運用(小田厚道小田原TB、アクアライン)を経て、2001年から導入が開始した。同年3月に千葉と沖縄地区で一般利用が開始され、7月に東京・名古屋・大阪の三大都市圏の一部区間で、そして11月に全国には全国の高速道路で一般利用が開始された。

ETCが導入される前の高速道路では、料金所での支払いによる渋滞が大きな問題となっていたという。車両は料金所で停止し、運転手が窓から手を出して料金を支払う必要があった。特に休日やラッシュアワーには長い列ができ、大きな渋滞が発生していた。

ETCが普及したことで、人手を介することなく自動的に料金を支払うことができるようになり、料金所渋滞の解消につながった。また、アイドリングが減ることで排ガスの排出も削減している。

それだけでなく、ETCの導入によって、曜日や時間帯による割引などの料金設定が技術的に容易となり、混雑を軽減するための料金設定の組み合わせを行うことができるようになった。

ちなみに東京湾アクアラインでは、土日・祝日、川崎方面に向かう上り線で変動料金制を2023年7月より試験的に実施している。政府は、高速道路の渋滞緩和のために料金を特定の時間帯などで変える「ロードプライシング」を2026年度から順次、全国で本格的に導入していく考えだ。

  • 東京湾アクアラインのETC時間帯別料金(ロードプライシング)について 出典:国土交通省

    東京湾アクアラインのETC時間帯別料金(ロードプライシング)について 出典:国土交通省

国土交通省によると、2024年3月におけるETC利用率は全国平均で94.7%で、1日あたり829万台がETCを利用しているという。ETCの導入により、一部の高速道路では料金所がETC専用となり、現金での支払いができなくなる可能性もある。

単純そうに見えて案外複雑なETC

ものの数秒で通過できるETCのシステムは、単純そうに見えて案外複雑だ。

レーンの周りある数多くの機器はそれぞれが重要な役割を持っており、高周波無線通信、制御、センサ技術、暗号化技術、ネットワーク、画像認識など多くの技術が使われている。

  • ETCレーンの構成(パナソニック コネクト提供)

    ETCレーンの構成(パナソニック コネクト提供)

料金所を通過するまでのおおまかな流れは、(1)車の進入を検知(2)車載器との通信(3)開閉バーをつかった車の退出といった具合だ。一つずつ見ていこう。

(1)車の進入を検知する

車の進入に関しては、両側に計4本立っている車両検知器の光センサーが検知を行う。

なぜ4本もあるのかというと、その車が前進しているのか、後退しているのかを判別するためだ。両側に1本ずつの計2本だと、車両の検知はできるが進行方向は読めない。だが、前後に2本ずつ配置し検知したタイミングのずれを利用することで、どちらに進行しているのかが分かる。「前進」を確認すると次のステップである「アンテナと車載器の通信」が始まる。

  • 両側に車両検知器が設置されている

    両側に車両検知器が設置されている

また、両側にある車両検知器の間には、車軸(タイヤの数)を検知する踏板マットが敷かれている。一般的に、車両が重くなればなるほどタイヤの数は増える。そのため、センサーで車の全長や幅、高さを検知するだけでなく、踏板マットでタイヤの数を数えることで、車両の種類の検知の精度向上につなげている。例えば、車両の軸数が2軸であれば乗用車、4軸であればトラックなど、軸数によって車両の種類が判定される。

  • 車軸(タイヤの数)を検知する踏板マット

    車軸(タイヤの数)を検知する踏板マット

またこのタイミングで、車両のナンバープレートの情報も読み取っている。ナンバープレートの情報を用いて特定の車両を識別することで、料金所を通過する各車両を正確に特定している。交通量の分析や交通量の最適化などにも利用されているとのこと。

(2)車載器との通信

車の進入を検知したら、次は車載器とアンテナが無線通信を行う。アンテナは「ETC」と書かれた車線表示板付近についており、通信は4つの車両検知器に囲まれた領域で行われる。

この通信により、車載器に登録された車載器IDや、車両情報、通過料金所情報、料金情報などのデータが交信される。これらの情報はすべて暗号化されており、無線通信によって受信した情報を基に、通行料金が自動的に支払われる。

  • ETC車載器と通信を行うアンテナ。一般的には「ETC」と書かれた車線表示板付近についている

    ETC車載器と通信を行うアンテナ。一般的には「ETC」と書かれた車線表示板付近についている

情報の処理は、料金所ゲートのそばにある、ETCシステムのサーバーや制御PCなどが設置された「通信機械室」で行われる。これらのサーバーが通行料金の計算や料金情報の管理、ETCカードの有効性の確認などを行っているとのことだ。

(3)開閉バーをつかった車の退出

無線通信により料金徴収が完了すれば、開閉バーが開く。開閉バーの前後にも車両検知器があり、車が退出したことを検知すると自動でバーが閉じる仕組みになっている。それと同時に、路側表示機に通行料金と車両の種類が表示される。ETCカードが未挿入だったり、カードの有効期限が切れていたり、車載器が壊れていたりするとバーは開かない。

ここまで長々と説明したが、この一連のプロセスにかかる時間はほんの数秒だ。一瞬のうちに複雑な処理がされていることに、筆者は驚いた。

  • 路側表示機の形は首都高速道路(左)とNEXCO(右)で異なる

    路側表示機の形は首都高速道路(左)とNEXCO(右)で異なる

速度制限が時速20㎞以下の理由

ここからが本題だ。ETCを通過する際、技術的には時速何㎞まで対応できるのだろうか。

ETCシステムの営業を担当するパナソニック コネクト 現場ソリューションカンパニー パブリックサービス本部の安住晃さんによると、一般的な料金所に使われているシステムでも時速80㎞までは通信可能なスペックを持っているという。

  • パナソニック コネクト 現場ソリューションカンパニー パブリックサービス本部 営業総括部 営業2部 営業1課 安住晃さん

    パナソニック コネクト 現場ソリューションカンパニー パブリックサービス本部 営業総括部 営業2部 営業1課 安住晃さん

日本のETCシステムの通信速度上限については、規格としては時速120㎞以上でも通信可能とされており、ゲートのないフリーフロー式のETCでは、時速180㎞まで通信が可能だという。「タグ方式」を採用しているアメリカの一部の有料道路では、減速せずに通過できるケースもあるという。

ただし、これはあくまでも理論上の数値であり、実際の運用では安全性を考慮する必要がある。ETCゲートを通過する際に時速20キロメートルに減速しなければならない理由は、主に事故防止のためだ。

先述した理由を含め、さまざまな理由で料金所のバーが開かないことがある。その場合、一時停止することになるのだが、もし、後続車が時速80㎞走っていたとしたら、追突される可能性が高まることは容易に想像できるだろう。フランスやイタリア、韓国、中国なども日本同様に料金所に開閉バーを設け、事故防止のために速度制限を設定している。

日本のETCレーンでは、速度制限を守ってもらうために、開閉バーの開くタイミングを遅らせるといった施策も実施されている。開閉バーの開くタイミングを遅らせることで、車の速度が速く感じられ、運転手が速度を落とす行動につながっているという。

実はやわからい開閉バー

もし、何らかのトラブルで開閉バーが開かずに衝突してしまったら……。

  • 風船式のETCの開閉バー

    風船式のETCの開閉バー

運転に不慣れな筆者は、ETC料金所を通過する際にこのようなことを考えてしまい、いつも不安になりながら運転している。ところが、実際に開閉バーを触ってみると、想像していたアクション映画のワンシーンのような大惨事にはならないことに気が付いた。

  • 触ってみると、実はやわらかい

    触ってみると、実はやわらかい

ETCの開閉バーは、カーボン繊維を主成分としたものや、写真のような風船式のものなど、さまざまな種類がある。カーボン繊維は繊維の方向に力が掛かると強度を発揮するが、繊維に対して垂直に力が掛かると脆いという特性をもつ。最近は風船式のバーが増えているといい、万が一自動車が衝突した場合は、車を気付付けないような工夫がされている。

  • ETCの開閉バーは複数種類あり、最近は風船式のバーが増えている

    ETCの開閉バーは複数種類あり、最近は風船式のバーが増えている

「料金収受システム」から「情報サービスの基盤」へ

人々の暮らしをより快適なものにしたETCだが、この技術は今もなお進化し続けている。単なる「料金収受システム」ではなく、「情報サービスの基盤」へと進化している。

2016年に本格運用が開始された「ETC2.0」は、車載器とアンテナの双方向通信が可能になったことで、多彩なサービスを実現するシステムだ。高速道路と自動車が情報を連携して、渋滞の迂回ルートを教えてくれたり、安全運転をサポートしたり、災害時の適切な誘導をしてくれたりする。

  • 「ETC2.0」システム概要 出典:国土交通省

    「ETC2.0」システム概要 出典:国土交通省

全国高速道路の約1800カ所(国道の約2400カ所)に設置された通信アンテナの下を通過するときに速度や経路、加速度や急ブレーキの回数といった情報が吸い上げられ、道路管理者がそのデータを活用して、渋滞対策や料金施策、物流支援などにつなげている。国土交通省によると、2024年3月末時点でのETC2.0車載器の普及台数は約1142万台にのぼる。

そして、このETC2.0のさらなる進化系として、国土交通省が「ETC3.0」と表現する次世代ITSの開発も進められている。まだ実現されていない技術だが、国土交通省は2022年3月に次世代ITS(高度道路交通システム)開発のロードマップを発表した。同技術は、新たな自動走行道路の料金体系に対応できるシステムと位置付けられている。

ETC2.0の課題としては、セキュリティや機能の追加・更新ができないこと、そして交通データの収集や活用の自由度が低いことなどが挙げられる。そこで次世代ITSでは、システムと車両との一体化、つまり機能追加などが可能なソフトウェア化することを目指している。

次世代ITSが実現するサービスとしては、高速道路のインターチェンジ(IC)などにおける合流支援や、道路管理センサーを活用した先読み情報の提供、ETC決済手段の多様化、自動運転トラックの運行管理などが想定されている。

  • 国土交通省が「ETC3.0」と表現する次世代ITSは、新たな自動走行道路の料金体系に対応できるシステムと位置付けられている

    国土交通省が「ETC3.0」と表現する次世代ITSは、新たな自動走行道路の料金体系に対応できるシステムと位置付けられている

自動で料金を収集するだけでも十分に革新的なシステムなのに、まだまだ進化を続けようとするETC。軽い気持ちでパナソニック コネクトの試験場に足を運んだが、いろんなカラクリに驚きを隠せなかった。

パナソニック コネクト 現場ソリューションカンパニー パブリックサービス本部 システムエンジニアとして働く森田穂垂さんは「ETCは日常に溶け込んでいる当たり前の技術ですが、ETCがない時代に戻れと言われれば、絶対に戻れないと思います。それくらい重要なインフラで、先輩たちが苦労してくれたおかげで今の便利な生活があると思っています。先輩たちの知恵と技術を引き継いで、さらに便利なETCや次世代ITSを開発していきたいです」と語ってくれた。

  • パナソニック コネクト 現場ソリューションカンパニー パブリックサービス本部 業界ソリューション総括部 S12部 1課 森田穂垂さん

    パナソニック コネクト 現場ソリューションカンパニー パブリックサービス本部 業界ソリューション総括部 S12部 1課 森田穂垂さん

森田さんの話に筆者は何度もうなずき、「当たり前になっている革新的な技術ってたくさんあるなあ」と再認識した。

2024年のお盆は6連休で、2日間休めれば最大10連休になる。国内でドライブ旅行を考えている方は、ぜひETCのゲートを通るときに、助手席の方に豆知識を披露してみてほしい。くれぐれも時速20キロメートル以上で通過しないように……。