
「日本はモノづくりをしていかなければなりません。ただ同時に、過去の延長線上のモノづくりでは駄目なのだと思います」─日本特殊陶業会長の尾堂真一氏はこう話す。自動車用の点火プラグで世界首位の日本特殊陶業。だが近年は、電気自動車(EV)向けの部材を手掛ける企業を買収するなど、先を見据えた投資も実行。さらには、将来技術としての量子分野も基礎研究に取り入れている。DX、AIの時代に日本のモノづくりはどうあるべきなのか─。
将来を見据えて最先端技術も研究
─ 尾堂さんは2011年に社長に就任していますが、この間、政治、経済、自然災害など様々な変化に直面してきましたね。どういうことを感じてきましたか。
尾堂 社長就任以前から、世界の変化に直面してきました。例えば、東西のイデオロギーが対立する冷戦の時代がありましたが、私は1989年にちょうど西ドイツ(現ドイツ)に赴任しており、ベルリンの壁崩壊を目の当たりにしました。
当時は社会主義、共産主義が敗れて自由主義が勝ったようなムードになったわけですが、その次に来たのがバブル経済です。バブルとは実体経済を伴わないマネーゲームですが、誤った資本主義のような形で、その影響が残っています。
その次に来たのが、やや社会主義的な考えと修正資本主義、それに加えて社会の分断です。今は、それらが入り混じった混沌とした状況の中にあります。
─ この先の状況をどう見据えていますか。
尾堂 この先がどうなるのかは常に見ていますが、私の感覚では、かつての産業革命はエネルギー革命でした。人類はエネルギーを手に入れたことによって産業革命を起こしたわけですが、それに対する代償としてCO²による環境汚染などの問題が出てきて、人類はそれに苦しんでいるわけです。
ですから、この先の解決策としては、新しいエネルギー革命ではないかと思っています。キーワードは量子科学のイノベーションではないかと。突き詰めると核融合で、実現できればおそらくCO²問題はなくなってしまう。ただ、実現できるか非常に不透明な状況です。
─ 技術的に難しいと。
尾堂 そうかもしれません。実現できるという人もいますが、かなり少数派です。エネルギーに関わっている人に近ければ近いほど難しいという人が多いような気がします。
ただ、私は可能性があると思っているんです。問題はいかにコストも含めて技術を制御できるか。核融合が実現すると、また違うエネルギー革命が起きるでしょう。30年、40年、あるいは50年先になるかもしれませんが、新しい地球ができてくると信じています。
実は1年半ほど前から、当社で基礎研究を担っている科学研究所の若手を中心に、量子科学に関する勉強会を開いています。志を同じくする他社も参加して、数カ月に1回、打ち合わせなどをしていますが、当社としても将来の事業に生かしたいと考えているんです。
─ 研究開発に携わる人達にとってもやりがいのある仕事ですね。
尾堂 そうではないかと思います。最先端の分野ですから、科学研究所のメンバーが議論する相手のレベルも非常に高いんです。科学研究所のリーダーには、既存の技術の延長線上ではなく、量子的なことまで考えた上で基礎研究を行った方がいいのでは?と伝えています。
日本の加工技術は非常に素晴らしいのですが、最後の決め手は材料開発です。その材料開発をする時には、分子構造、原子構造まで突き詰めるわけですが、そうするとやはり量子の分野が入ってくるんです。実際には今の材料開発において、すでに量子の技術はかなり使われているんです。
─ 今までとは材料開発が変わってきていると。産官学の連携も進めていますか。
尾堂 ええ。愛知県では、ファインセラミックスセンター、東京では日本ファインセラミックス協会に参加して、日本の他社も含めて、技術開発に向けて連携しています。
ファインセラミックスセンターには電子顕微鏡を始め、最先端の機器も揃っていますから、非常にありがたいですね。セラミック技術は日本の製造業の大きな強みの1つだと思っています。
資本主義のあり方を どう考えるか?
─ ところで、尾堂さんは欧州や米国など海外経験も長いわけですが、どういったメリットを感じていますか。
尾堂 少し生意気に聞こえるかもしれませんが、日本語だけでものを考えるのではなく、英語の発想でものを考えられるようになったこと、そして日本を外から見られるようになったこと、この2つがよかったと感じています。
例えば、海外の子会社にいると、日本の本社の矛盾点なども見えてきます。米国法人社長の時には、本社の取締役も兼務していました。ほぼ毎月の取締役会に帰国していましたが、当時は取締役が25人ほどいましたから、なかなか発言機会はありませんでした。取締役会の意味について考えさせられる経験でしたね。
─ 当時の日本企業は、どこも取締役会の人数が多かったですね。
尾堂 そうですね。ですから私も社長に就任してすぐ、執行役員制度を導入し、取締役の人数を大幅に減らし、議論ができる環境の実現に努めました。
私自身、欧米主導のガバナンスを、そのまま受け入れることには疑問を感じています。一方で経営の「見える化」は非常に大事だと考えています。その意味で指名委員会や報酬委員会の設置には大賛成です。
ただ、外部の人たちを中心とする委員会に責任を持たせるというのはいかがなものかと感じてもいます。社外の人に、会社に責任を持たせるわけにはいきませんから。
例えば、会社で不祥事があった時に、代表取締役が社外に対して謝罪をするのは当然として、指名委員長に謝罪をさせるのはあまり見られないのではと思います。こうした点の欧米主導に違和感を覚えています。
─ 近年、資本主義のあり方が問われています。行き過ぎた株主資本主義の見直しも始まっていますが、こうした問題をどう考えていますか。
尾堂 企業の経営に携わっていると、上場の意味を考えさせられる時もあります。
上場をしていると、やはり還元を含め、株主への配慮は必要です。ただ、当社の場合には配当や自社株買いということだけでなく、利益については従業員や地域社会など他のステークホルダー、先行投資など、バランスを取りながら配分するということを宣言しています。
株主だけに偏ることがないようにしているんです。
─ 日本特殊陶業は森村グループの中核企業の1社ですが、改めてその強みをどう認識していますか。
尾堂 当社は1936年(昭和11年)に日本碍子のスパークプラグ(点火プラグ)部門が分離して設立しましたが、このプラグという、いい商品を受け継ぐことができたのがよかったですし、時代も付いてきたことが大きかったですね。
森村グループでは、ノリタケが陶磁器、TOTOが衛生陶器、日本ガイシが碍子、そして日本特殊陶業がスパークプラグを受け継ぎましたが、それぞれの事業が時代の変化に伴って、変わってきています。
祖業が会社の主力になっているのは、TOTOTの衛生陶器と日本特殊陶業のスパークプラグくらいです。後の2社は時代の変化に沿って、事業構造が少し変わってきています。
日本企業が目指すべきモノづくりの方向性
─ 産業界では全般的に価格競争が激しいわけですが、強みのある製品があると、適正な価格で販売することができると。
尾堂 それに加えて、当社はBtoBだけでなく、BtoCの補修サービス、アフターマーケットを持っていることが大きな特徴です。BtoBは、自動車メーカーに販売し、非常に厳しい価格交渉が求められます。
一方、アフターマーケットでは我々が過去から積み上げているグローバル、日本において独自のルートで市場を開拓してきました。為替など想定外のことが発生しても、対応できます。
例えば、米国のトランプ大統領による高関税政策がありますが、海外のアフターマーケット向けには、関税分を転嫁する形で輸出しています。こうしたことは替えのきかない製品だからできることです。
─ また、生産性向上に努めてきたことも大きかった?
尾堂 生産性は非常に上がっています。私が入社した頃、プラグの絶縁体を焼き固めるために20数時間焼いていました。それが今は5時間になっており、そこだけを切り取っても生産効率が何倍も上がっています。