元国家安全保障局長・北村 滋「国は外交、防衛、情報、経済、技術の5つの力を高めるべき時」

高市政権が打ち出した17の戦略分野への投資

 ─ 第2次高市政権がスタートしましたが、高市早苗首相は「危機管理投資」「経済安全保障」を重要政策としています。今後をどう見通していますか。

 北村 高市首相は経済安全保障に関して、広くかつ深い知見をお持ちです。2022年には第2次岸田第1次改造内閣で経済安全保障担当大臣を務められた経験もあります。

「危機管理投資・成長投資」を打ち出して、17の戦略分野への投資を進めようとしています。これまで産業政策、特に20世紀は「傾斜生産方式」や経産省主導で、特定の産業の育成を進めてきましたが、この考え方は21世紀になってグローバリズムの中で廃れていきました。

 現在、経済安全保障政策の一環としてサプライチェーン強靭化の必要性が高まっています。ただ、これも、重要物資が欠乏すると困るので、サプライチェーンの維持という観点から保全しなければいけないという、いわばマイナスのものをゼロにする取り組みでした。

 高市首相が就任されて以降、戦略的な分野に重点的な投資をしていくという方針が明確に打ち出されました。AI(人工知能)、量子、重要鉱物、先端半導体、バイオなど安全保障に直結する産業や技術を育成していくという考えです。欧米諸国はすでに始めていることですが、危機管理投資という名の下に、あるべき方向に国が動いていることを実感します。

 ─ いずれの分野も担うのは民間企業、産業界ですが、どのような期待を持っていますか。

 北村 次の国家安全保障戦略の中で大きな課題になりますが、今までは輸出可能な防衛装備について5類型に限られていました。これは撤廃されると思います。

 すでに防衛産業分野における各企業の株価は非常に高い上昇を遂げています。是非とも今後、株価にふさわしい形で成長してほしいと思います。

 ─ 日本企業としては、防衛分野での海外企業との連携も大事になりますね。

 北村 ええ。一番大きいのがGCAP(Global Combat Air Programme=グローバル戦闘航空プログラム)で、イタリア、英国といった国と次世代戦闘機の開発で連携しています。日本企業は中核を担っており、研究開発、技術情報の交換という意味で重要です。また、「もがみ」級の護衛艦のオーストラリアへの輸出も決まりました。

 岸田政権で重要経済安保情報保護活用法の成立によって「セキュリティ・クリアランス制度」が始まりましたが、この制定の担当が、当時の高市・経済安全保障担当大臣でした。私自身も有識者の1人として会合に参画していました。

 安全保障分野における外国企業との連携の基盤をつくられたのは高市首相だと思います。

 

国民の中にも安全保障意識の高まりが

 ─ 総選挙の結果、自民党が衆議院で3分の2以上の議席を占めました。憲法改正に向け、発議ができる数ですが、今の政策は憲法改正なしでも進められるものなのでしょうか。

 北村 安倍内閣での「特定秘密保護法」、「平和安全法制」、岸田内閣での「経済安全保障推進法」、「重要経済安保情報保護活用法」、昨年の「能動的サイバー防御法制」の整備などで、我が国の安全保障の制度、組織について整備が進みつつあります。

 憲法改正には様々な論点があると思いますが、安倍内閣においては、自衛隊を憲法上位置付けるという案文が起草されました。今回、衆議院で3分の2超の議席を占められたということで、改正に向けて意欲を示されているということだと思います。

 ─ 北村さんはつねづね、安全保障の充実に向けては国民の意識の変化が大事だということを訴えてこられていますね。

 北村 重要です。私が官邸に入ったのは11年のことですが、当時は、安全保障に対する意識がそれほど高くはなかったと思います。

 その後、22年のロシア・ウクライナ戦争、23年のハマスとイスラエルの中東紛争勃発によって、戦場の模様が、我が国のお茶の間にも報じられるようになりました。

 一方、我が国の周辺には台湾有事の問題もあります。22年8月に当時のナンシー・ペロシ米下院議長が訪台をした際、中国は台湾を封鎖するような形で軍事演習を行い、我が国の排他的経済水域にも5発の弾道ミサイルを着弾させました。こうした事態を通じて国際的緊張や紛争が、我が国にも及びうることを、国民が認識したことが安全保障意識の高まりにつながっていると思います。

 

「デリスキング」への企業の対応は?

 ─ 企業は少子高齢化の日本で成長の種を海外に求めてきました。そのような時代の中、安全保障の観点から国と企業の関係はどうあるべきだと?

 北村 いろいろな場所で申し上げていますが、従来、企業法とは、商法、会社法、労働法、倒産法、税法、知的財産法、金融商品取引法とされてきました。しかし、セキュリティ・クリアランスや能動的サイバー防御、古くは特定秘密保護法など、国の安全保障に関する情報を律する法律が企業にも浸透しつつあります。

 また、経済安全保障の文脈でデリスキング(De-risking、特定の国や地域への過度な依存を避けつつ、経済関係自体は維持しながらリスクを低減する戦略)が言われますが、どの国でどういう制裁が課されて、企業としても対応しなければならないという時に、当社のところにも様々な相談が来ています。

 ─ 企業にも相当な危機感があるということですね。

 北村 企業自身がインテリジェンス能力を強化していかなくてはならない時代になりました。政府としても、企業に提供する情報や、企業の中にある営業秘密などへの関与も大きくなってきています。

 コスト(価格)とエフィシェンシー(効率)を理念としてきたグローバライゼーション経済が、「デリスキング経済」に変わりつつあるということなのだと思います。

 特にG7(先進7カ国首脳会議)は、グローバライゼーションを牽引してきましたし、WTO(世界貿易機関)を中心とする自由貿易体制のチャンピオンでした。西側先進国が足並みを揃えて世界経済を牽引してきたのです。

 23年の「広島サミット」では「経済的強靭性及び経済安全保障に関する首脳声明」が出て、まさにG7諸国自身が世界経済のデリスキングというものについてコミットしたわけです。

 22年に「経済安全保障推進法」ができたことは我が国にとって重要なことでしたが、世界的に見ると23年のG7の共同首脳声明は、世界経済のあり方が変容を遂げたことを、G7諸国が認めたという意味で大きかったと思います。

 こうした世界経済というマクロの流れが、ミクロ経済の主体である企業にも影響を及ぼしているのだと思います。

 ─ 米トランプ政権が66の国際機関からの脱退を打ち出しましたが、このことと安全保障との関係をどう考えますか。

 北村 これについては、離脱した国際機関をよく見る必要があります。トランプ政権は必ずしも安全保障的な観点で国際機関から離脱しているのではなく、国の主権を超えて特定の価値観を押し付けるような主体から離脱しているのです。

 トランプ政権の外交安全保障政策は、予測不可能性というのが1つの戦術ですから、我が国においても毀誉褒貶はあると思います。一方、昨年12月4日に発表された米国の国家安全保障戦略を見ると、非常に戦略的な視点で書かれていうことが良くわかります。

 ─ 今の情勢において、日本としても自らの国を自らの手で守るという観点からの見直しが入る可能性もありますね。

 北村 そうした議論は出てくると思います。先程申し上げた米国の国家安全保障戦略では、「第一列島線」を防衛線とすることが明確に打ち出されています。どういうことかというと、在日米軍を含めて、我が国自身も自らを守るとともに、米国の安全保障、就中、本土防衛という観点から、第一列島線上で防衛しなければならないと書かれているんです。第一列島線には当然のことながら台湾も含まれます。

 ─ 引き続き同盟国である米国との関係は最重要になりますね。

 北村 我が国の存立にあたって日米同盟が基軸であるのは当然のことです。国民全体にどの程度意識があるのかはわかりませんが、米国の安全保障戦略や本土防衛に深くビルトインされているという認識は持つ必要があります。

 前出の米国家安全保障戦略で「西半球」重視が打ち出されたことから、インド太平洋地域から「足抜け」するのでは? という見方もされましたが、冷静に全文を読む限りは全くそのようには見えません。

 ─ 日本企業は中国とはどのように付き合う必要があると考えますか。

 北村 これは中国だけに限りませんが、その国でビジネスをするということは「郷に入っては郷に従え」で、当該国の合法性は意識しなければなりません。一方で、中国では法や人権の持つ意義が我が国のそれとは異なりますから、それを十分に意識した上での経営が求められるということです。

 ─ 中小企業からの相談も増えていますか。

 北村 中小企業については資産が100億円以下でも先端的な技術を持たれている企業が多くあります。それが株式市場で技術、IP、のれん等の無形資産が低く評価されているという事実もあり、懸念国資本の企業に買収されようとするケースが出てきています。経済安全保障とM&A(企業の合併・買収)は最近のキーワードになっています。

 ─ 外国人労働もインテリジェンスと微妙に絡んでくると思いますが。

 北村 難しい問題です。安倍内閣でも「移民は行わない」としてきましたが、実際には外国人労働の枠は広がっていきましたし、外国人労働なしには我が国の経済が回っていかないのが実情です。労働力として日本経済全体を考えた時に避けて通れない問題です。ただ、外国人の土地取得規制については、私も有識者会議の一員ですから、検討していきたいと思います。

 ─ 外国人留学生の問題をどう考えますか。

 北村 最近、研究における情報、技術の保全、すなわち、「リサーチセキュリティ」ということが言われています。安全保障に関するアカデミアでの研究成果が漏洩しないためにどうするかということを、G7全体で真剣に検討してきました。

 ─ 外交力、防衛力にとどまらず情報力、経済力、技術力など国が持つ力を一体で考えていく必要がありますね。

 北村 その通りです。今、「経済の武器化」ということも言われていますが、国際的に見ると外交、防衛、情報、経済の4つの力を行使することによって国家意思を達成するというのが国策遂行の常識だと思います。

 今、日本は安全保障戦略を改定中ですが、22年の国家安全保障戦略では、4つの力にプラス技術力が安全保障に関する国力5要素ということになっています。

 ─ SNS、AI社会におけるインテリジェンスをどう考えていけばいいでしょうか。

 北村 1つはサイバー攻撃の問題です。現在はマルウェアの生成もAIが使用されています。攻撃側における活用も進んでおり、被害を拡大、深刻化させています。これは防御や、前段階での企業の訓練でのAIの活用、先制防御も重要な課題になってくると思います。

 また、あまり認識されていませんが、SNS上では、自動的に生成されるナラティブ(物語)が多いのです。しばしばディスインフォメーション(偽情報)は表現の自由の文脈で語られることもありますが、機械が生成している情報に表現の自由はあるかについて、真剣に考える必要があります。

 すでに先の総選挙でも中国系のアカウントが「反高市」の情報工作を行っていたことが報じられていますが、国家を背景とするディスインフォメーションにどう対応するか。認知戦の中で、アタックしてくる悪意あるナラティブに対して、いかにAI等の高度な技術を活用してカウンターナラティブを生成するかが重要な課題になっています。このような前提で物事を捉えていかないと、対処を誤るということは認識する必要があります。