
代用教員や英語教師も務めた創設者・五島慶太
─ 1955年に東急グループの礎を築いた五島慶太翁が初代理事長として学校法人五島育英会を設立して、昨年の6月で70周年を迎えましたね。
渡邊 ええ。慶太翁の偉業はたくさんありますが、中でも特筆すべきは事業だけでなく、人づくりにも真正面から向き合ってきたという点です。慶太翁が生まれ育った長野県青木村には、実業家・教育者としての功績を称え紹介する「五島慶太未来創造館」があります。また、ご生家跡地には、東急グループ幹部の研修施設「東急グループ慶太塾」が設置されています。
─ 慶太翁は20歳のときに東京高等師範学校(現筑波大学)に進学されているのですね。
渡邊 そうなんです。慶太翁の足跡を見ると、回り道もされています。東京帝国大学法科大学(現東京大学法学部)に入学するのが25歳でしたからね。
─ 同期よりも5歳ぐらい年長ということになります。
渡邊 はい。中学校を卒業した後は青木村の尋常高等小学校の代用教員となりますが、働きながら勉強し、東京高等師範学校に入学、卒業後は三重県立四日市商業学校で英語教師も務めています。若い頃から教育を一つの仕事として認識していたのでしょう。ただ、師範学校出身で教員になればそのまま教師人生を歩んでいくものですが、慶太翁は一念発起して東京帝国大学に進み、鉄道院の官僚となります。その後、実業家へと歩み出していくわけです。
─ そういった慶太翁の歩みを次の時代にどのようにつなげていこうと考えていますか。
渡邊 この70年の歴史の重みや本法人設立の精神を振り返りつつ、慶太翁の想いもしっかり継承しながら、いかに夢ある未来につないでいくかが重要です。昨年末には五島育英会が擁する全9学校が集まって各校の長期ビジョンを発表し合いました。全校が一同に集まる機会はそうありませんので、学校法人全体としての方向性を再確認できたと思います。
─ 法人内には幼稚園から大学までありますね。
渡邊 はい。「東京都市大学」「東京都市大学付属中学校・高等学校」、「東京都市大学等々力中学校・高等学校」「東京都市大学塩尻高等学校」「東京都市大学付属小学校」「東京都市大学二子幼稚園」、そして「東急自動車学校」です。
─ 東京都市大学の今後の方向性を聞かせてください。
渡邊 2026年から第3期事業計画がスタートするのですが、その基本的な方針は東京都市大学グループとしてのブランド価値を確立し、社会に対して圧倒的な存在感を示していくとともに、未来に向かってより一層社会に貢献していくというものです。
東京都市大学は工学教育の理想を求める学生が中心となって創立された「武蔵高等工科学校(後の武蔵工業大学)」を核に、慶太翁が設立した女性の実践的教育の普及を目指した「東横商業女学校(後の東横学園女子短期大学)」が2009年に統合し、総合大学として誕生しました。同時に、幼稚園から大学までの各校に「東京都市大学」の共通名称を冠したグループとなったわけです。
それから16年が経過していますが、東京都市大学の知名度はまだ道半ばです。ただ、理系の単科大学だった旧武蔵工大に文系の東横学園が加わったことで、科学・技術に立脚している文理融合の総合大学になり、研究・教育領域に幅が出たことは時代に合致していたと思います。その結果、人気も高まりました。
「創発デザイン工学環」を開設
─ 東京都市大学の学部数はどのくらいになりますか。
渡邊 理系及び文理融合系の幅広い領域を網羅する8学部18学科です。さらに2027年4月には学部等連係課程「創発デザイン工学環」を東京・世田谷キャンパスに開設する予定です。
この新しい学部相当の組織となる創発デザイン工学環の特長は「工学×デザイン」です。学部横断的にイノベーションを創出できる学環を目指します。大学の野城智也学長は、イノベーションマネジメントの大家でもあり、将来楽しみな学環です。
工学とデザインを掛け合わせるためには、まずは理工系がベースにないと難しい。政府も産業分野の育成・成長を促進する「新技術立国」を掲げていますし、他の大学も理工系重視になりつつある中で、もともと本学が理工系に強いというポジションは時流に乗っていると思います。
─ ものづくりにデザイン性を持たせるといった流れも強まっていますからね。
渡邊 そうですね。しかし、ベースはエンジニアリングです。実際に手を動かしながら、リアルなものを作り上げる力が持つ価値は変わらないと思います。また、付属の中学校や高校でも理科や科学の教育を非常に重視しています。中でも実験に力を入れています。これは以前から続いている本学グループの伝統でもあります。
─ 理工学部には「原子力安全工学科」があります。
渡邊 はい。これも慶太翁が戦後間もない頃に原子力研究所を作ろうと動いていたことが土台にあります。1957年に東京急行電鉄(現東急)の取締役会で、研究用原子炉の建設が議決されています。東急グループの淵源であった「田園都市株式会社」が1918年に設立、1922年には目黒蒲田電鉄が設立されました。この当時、既に電力事業も始めていました。
鉄道の電力を賄うと同時に、その電力を地域社会にも供給できるようにしたのです。当時の発想としては、そういったインフラ全てをまとめて提供できるような仕組みを考えていたのです。その延長線上に原子力エネルギーの取り組みも考えていたのでしょう。2代目の五島昇社長時代の1960年に川崎市に原子力研究所を作りました。
─ 日本での原子力の研究分野はどんな状況ですか。
渡邊 原子力の名を冠している学科があるのは、日本の大学では今や2校しかありません。本学は設置当初から「原子力安全工学」の名称を掲げ、安全性に重きを置いてきました。その名の通り、原子力を安全に制御するための教育研究活動を推進しています。
ちなみに、本学の大学院には「共同原子力専攻」があるのですが、これは早稲田大学との共同教育課程です。ですから、大学院を修了するときには本学だけでなく、早稲田大学からも修士の修了証書を受け取ることになります。廃炉作業一つとっても原子力技術の維持継承は極めて重要で、原子力研究分野は今後も継続して推進していきます。
付属学校から留学する制度
─ 社会課題の解決へ共に進むということですね。一方で中学校と高校を併設している意義とは何ですか。
渡邊 ベースにあるのは行事や部活といった青春を謳歌しつつ、人としての成長を促す環境づくりや進学実績ですが、それらに加えて特徴的なのは国際性です。付属中学では3年次に、ニュージーランドでのホームステイがありますし、各校ごとに多種多様な海外研修プログラムが用意されています。
大学では「東京都市大学オーストラリアプログラム(TAP)」という留学制度を実施しています。オーストラリアのパースにあるエディスコーワン大学とマードック大学に1学年の約2割にも及ぶ学生たちが約4カ月間留学します。昨年10周年を迎えました。それだけオーストラリアとの結びつきは深く、本学の入学式には駐日オーストラリア大使も出席されるほどです。
2024年に文部科学省から「令和5年度 大学入学後の総合的な英語力の育成・評価に関する好事例」にTAPが選定されました。さらに本年3月には、日豪両政府が実施する「日豪友好協力基本条約署名50周年」における周年事業にも認定されました。学生交流や共同学修を通じ、日豪両国の相互理解を深める取り組みとして期待されています。
─ 東急グループならではのメリットはありますか。
渡邊 もちろんです。海外でのインターンシップも約2カ月間、経験できます。例えば、東急建設にはベトナムに鉄道建設の事務所があるのですが、そこで建設現場を学んだり、東急がベトナムのビンズン新都市で街づくりを行っている事務所でも経験を積んだりしています。こうした本学の海外インターンシップ研修制度は文部科学大臣賞を受賞しています。
─ 逆に留学生の受け入れはどうなのですか。
渡邊 グローバルリーダー人材育成に資する「アジア・大洋州5大学連合(AOFUA)」を軸にして、海外大学や機関などから、優秀な人材を受け入れています。また、昨年12月には提携先のエディスコーワン大学から学生を受け入れたのですが、約2週間、日本企業のインターンシップを経験してもらいました。
東急グループでは、東急電鉄やケーブルテレビのイッツ・コミュニケーションズ、東急百貨店などで受け入れてもらいました。オーストラリアの学生からすると、電車が2分遅れただけでお詫びしている日本の鉄道文化に大きな衝撃を受けるようです(笑)。
また、東急ホテルズ&リゾーツや東急百貨店は、インバウンドが重要なので、外国人学生の視点は参考になることも多く、受け入れ企業にもメリットがあります。
その意味で国際教育や国際交流は、今後のグローバル人材を輩出していくという命題がある中で、さらに力を入れていく領域です。その際には初等中等教育でも国際教育に注力していく考えです。
拠点・渋谷の立地を生かして
─ 中でも日豪関係においては両国の関係深化にもつながっていると言えますね。
渡邊 そうですね。例えば、TAPの拠点でもあるパースの近郊でヤンチェップという街に東急グループが開発拠点を置いてから一昨年7月で50周年を迎えましたが、東急の野本弘文会長が旗振り役となって、「インターナショナルキャンパスシティ構想」が立ち上がっています。これも慶太翁から始まった開拓精神が五島昇や今の経営陣に引き継がれ、東急グループ、そして五島育英会の「進取の気性」につながっています。
先ほどの創発デザイン工学環もそうですし、昨年本格始動させた社会と大学の交流の場「渋谷パクス」もそうです。企業、行政、大学、地域住民などが連携してイノベーションを生み出す社会人向けの施設です。
─ パクス(PXU)とは?
渡邊 社会(パブリック・ピープル)、クロッシング、そして大学(ユニバーシティ)と私たち(アス)の頭文字からとった言葉です。リカレント教育の場を提供することで産学協働のイノベーション拠点にしていきたいと考えています。スタートアップが集積する渋谷を拠点にしているからこそ、こういったプログラムも実施することができます。
今後も、この進取の気性を生かしながら新たな取り組みを続け、未来に向けて社会に貢献する人材を輩出していきたいと思っています。