日本のスポーツ界が世界で目覚ましい飛躍を遂げる一方、30位台で低迷を続ける日本の「デジタル競争力」。かつて世界を席巻した日本企業は、なぜここまでIT・デジタル化で立ち遅れてしまったのか。
3月4日に開催された「TECH+セミナー 情シスの業務改革 2026 Mar. for Leaders ITリーダーのための突破口 複雑化するIT環境に挑む、情シスの実践ロードマップ」に、松下電器産業(現パナソニック)やヤンマーなどで長年CIOを歴任し、数々のIT改革を牽引してきたCIO Lounge 理事長の矢島孝應氏が登壇。日本企業のIT化が遅れた4つの真因を分析するとともに、AI時代を勝ち抜くための三位一体の経営と、これからのITリーダーに求められる覚悟を説いた。
デジタル競争力低迷の日本、求められる「経営・現場・IT」の三位一体
講演の冒頭、矢島氏は世界の中における日本という視点から現状をひも解いた。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)や冬季オリンピックでの活躍など、日本のスポーツ界が盛り上がりを見せている昨今、企業・経済分野においては停滞が続く。国際経営開発研究所(IMD)が公表する「世界デジタル競争力ランキング」において、日本は2020年以降下落を続け、2024年には31位に後退。2025年も30位にとどまる。このデジタル競争力の低迷は、日本の労働生産性の低下と比例していると同氏は指摘する。こうした現状を踏まえ、矢島氏は日本企業のIT化がなぜここまで遅れたのか、その経緯を振り返った。
日本のIT化は、1970年代の個人作業のIT化から始まり、80年代の部門最適、そして2000年代のエンタープライズ領域(全社統合)へと変遷してきた。矢島氏は、企業が強みを発揮するためには、「経営・現場・IT部門の三位一体」が不可欠であると強調する。
「経営は、売上や利益を上げ、社会的な信頼を得る。現場(事業)は、良い商品を開発・生産・販売して社会に貢献する。そしてIT部門は、業務を効率化するためのプロセスと、適時的確な経営判断を下すためのデータを提供する。この三位一体で経営を支えることが重要です」(矢島氏)
具体的には、「ビジネス」「データ」「アプリケーション」「テクノロジー」の4つの階層からなるエンタープライズ・アーキテクチャの視点を持ち、各階層において経営者、現場、IT部門がそれぞれの役割を果たす必要がある。システム統合を進める際には、「業務プロセスを統一するのか」、あるいは「情報を集約するのか」、その目的を経営視点で明確にすることが重要だ。
しかし2000年代のシステム統合ではこの前提が欠けていた。「例えばSCM(サプライチェーンマネジメント)を推進するにあたり、売上を上げるには在庫が必要だが、キャッシュフロー改善には在庫削減が求められる。相反する課題の優先順位を経営が決めなければ、個別最適が進んでいく」と同氏は説明する。
日本のITが遅れをとった4つの真因
日本のITがここまで遅れてしまった要因として、矢島氏は次の4つを挙げた。
1つ目は、「人を大切にする経営」だ。欧米ではIT投資によって人件費を削減する動きが顕著だが、日本は人を大切にするため、IT投資が人件費削減に直結しにくい構造があるという。「リーマンショック時、欧米は徹底的にITに投資して人を減らしたが、日本はIT投資を抑制した。ここから急速に差が広がり始めた」と同氏は分析する。
2つ目は、「現場が優秀すぎること」だ。日本の現場(ブルーカラー)は非常に優秀で、イレギュラーな事態にも臨機応変に対応してしまう。
「悪天候などで商品の入荷が遅れた際、欧米なら『明日になります』で済みますが、日本は現場の努力でなんとか当日中にお客さまへ届けてしまいます。システム上はマイナス在庫になっても、手書き伝票で強制出荷して対応できてしまう。こうした現場の強さが、皮肉にもシステムの標準化を阻んできた面があります」(矢島氏)
3つ目は、「2025年の崖」に対する誤解だ。経済産業省は2018年版のDXレポートにおいて基幹システムの老朽化を経営課題として提示したが、多くの企業では経営層の理解が進まず、情シス部門の課題として矮小化されてしまったという。
そして4つ目が、「ユーザー企業におけるSEの圧倒的な不足」である。
「米国のSEは約400万人で、その70%がユーザー企業に属しています。一方、日本のSEは約100万人で、ユーザー企業に所属しているのはわずか30%。この圧倒的なリソースの差が、日本のIT化を遅らせた最大の要因と言えます」(矢島氏)
DXの本質は“BX by Digital” - 企業のパーパスがDXの在り方を決める
こうした課題を抱えるなかで、近年DXが叫ばれている。しかし、単なるアナログのデジタル化(デジタイゼーション)やプロセスの変革(デジタライゼーション)にとどまっている企業も少なくない。矢島氏は「DXの本質は、デジタルを使って新しいビジネスを創出すること。私はこれを『BX by Digital(デジタルによるビジネストランスフォーメーション)』と呼ぶべきと考えている」と語る。
さらに、新しいビジネスを創るうえでは、企業が持つ「使命(パーパス)」が重要になると同氏は説く。例えば、同じビルの清掃会社であっても、「効率よく安く綺麗にする」ことを使命とするA社と、「気持ちよく仕事ができる環境を提供する」ことを使命とするB社では、目指すべきDXの姿はまったく異なる。A社であれば清掃ロボットの導入がDXかもしれないが、B社であれば、利用者が快適に過ごせるような空間制御システムや、トイレの空き状況をスマートフォンで確認できる仕組みの構築などがDXのかたちになり得る。
「企業のパーパスに基づいて新たなサービスをつくり上げていくことこそが、DXの在るべき姿です。現在では自社内にとどまらず、社会課題の解決や業界全体を見据えたIT化、デジタル化へと視座を高めていく必要があります」(矢島氏)
これからのCIOに求められる「素直な心」とテクノロジーへの理解
最後に矢島氏は、これからのIT基盤とCIOの役割について言及した。
これからのシステム構築においては、企業の決算や基本業務を支え安定稼働が求められる「基幹システム(ホスト系)」と、顧客や社会とつながりアジャイルに構築される「戦略系システム(オープン系)」を明確に分け、APIで柔軟に連携させることが不可欠だという。そして、文字や数字だけでなく、画像、音声、位置情報、さらには感情データといった非構造化データの活用も進めていく必要がある。
また、懸案であるSE不足への対策として、同氏は急速に進化しているAIの活用を挙げた。
「現在はプログラミングの80点以上のコードをAIが書けるようになっています。IT部門はシステム開発・運用におけるAIの活用を本気で検討すべきです。さらに経営層に対しても、AIをどう経営に組み込むのか、そのための教育をどうするのかを提言していくことが、これからのCIOの重要な役割です」(矢島氏)
講演の締めくくりに、矢島氏は自身が尊敬する経営者・松下幸之助氏の「素直な心で経営をする」という言葉を紹介した。
「素直な心とは、何でも『はい』と聞くことではなく、自然の理法や時代の流れを素直に読み解き、経営に生かすということです。テクノロジーの劇的な変化を見極め、技術の進化を素直に受け入れて経営戦略に組み込んでいく。第4次産業革命の時代において、CIOやITリーダーの皆さまには、ぜひこの『素直な心』を持って日本のITを前進させていただければと思います」(矢島氏)



