生成AIの登場により、企業におけるIT活用の在り方は劇的な変化を遂げている。守りのITから攻めのITへ、そしてAI前提の経営へ――。この変革期において、情報システム部門(情シス)はどのような役割を担うべきなのか。

3月4日に開催された「TECH+セミナー情シスの業務改革 2026 Mar. for Leaders ITリーダーのための突破口 複雑化するIT環境に挑む、情シスの実践ロードマップ」に、クレディセゾン 取締役(兼)専務執行役員CDO(兼)CTOの小野和俊氏が登壇。同社が2025年9月から全社で推進するAIトランスフォーメーション「CSAX」の取り組みと、AI時代に情報システム部門が果たすべき役割について語った。

生成AI時代、情シスに求められる新たな役割

小野氏はまず、情シスの本質的価値について、生成AI以前と以後を対比して整理した。

従来、情シスに強く求められてきたのは「システムの安定運用」「コスト最適化」「内部統制」といった、いわば“守り”の領域だった。しかし、生成AI以後の世界では、これらがなくなるわけではないものの、新たな要件が加わったと同氏は指摘する。

「これまでの役割に加えて、『AI活用アーキテクト』としての全体像を描く能力、データを統合的に扱う『データ統合戦略責任者』としての役割、そして社員がAIを最強のコンパニオンとして使いこなすための『知的生産基盤設計者』としての機能が求められます。さらに、AIのリスクを管理するガバナンスや、全社の生産性を向上させるドライバーとしての役割も重要です」(小野氏)

一方で、変わらない本質もある。「企業活動を『再現可能・制御可能・拡張可能』な仕組みに変換すること」――これこそが、時代が変わっても揺るがない情シスの共通テーマであると定義した。

クレディセゾンのDXは、「CSAX」へ

クレディセゾンのDXは3つのフェーズで進んできた。

2019年に小野氏がCTOとして着任し、内製開発チーム「テクノロジーセンター」をゼロから立ち上げたのがフェーズ1だ。フェーズ2では情シス部門と内製部門が一体となり全社DXを推進。フェーズ3ではノーコード・ローコードツールを活用した市民開発者の育成に取り組んだ。この6年間で、2019年比161万時間の業務が自動化されたという。

  • クレディセゾンにおけるDXの歩み

    クレディセゾンにおけるDXの歩み

こうしたDXの土台の上に、2025年9月1日からスタートしたのが全社AIトランスフォーメーション「CSAX」だ。CSAXは4つの柱で構成される。第1の柱は「全社員のAIワーカー化」、第2は「業務の再設計・AI起点の業務改革」、第3は「AIフレンドリーな情報・システム設計」、そして第4が「AIガバナンスの確立」である。

  • CSAXの概要

    CSAXの概要

ROI 954%を記録した「全社員AIワーカー化」

1つ目の柱である「全社員のAIワーカー化」において、小野氏は「職種を限定せず、全員がAIを使いこなすことを前提としている」と説明する。

本格導入に先立ち、2025年6月から約2カ月間、315名の社員を対象にChatGPT Enterpriseを用いたパイロット検証が行われた。対象は営業、管理部門、オペレーション、法務、企画・マーケティング、IT/システムなど幅広い職種に及んだ。

定量効果としては、営業部門で月間827時間(1人あたり26.7時間)、管理部門で月間505時間(同20.2時間)、オペレーション部門で月間232時間(同6.8時間)の削減を達成。全体では平均8.5%の業務時間を削減できることが判明した。

しかし、小野氏がより重要視しているのは定性的な効果だ。法務部門では「新しいタスクや活動を完了する能力が向上した」と回答した社員が100%、企画・マーケティング部門では「仕事がよりクリエイティブにできるようになった」が95%、IT/システム部門では「仕事の満足度が向上した」が88%に達した。

利用後のアンケートでは、経営層・部長職の75%が「なくては困る」、25%が「できれば使いたい」と回答。「不要」との回答は0%だった。投資対効果(ROI)は954%に達し、当初目標の500%を大きく上回った。同社は迷うことなく全社導入を決定した。

「荷車から自動車へ」業務プロセス自体を再設計する

2つ目の柱は「業務の再設計」だ。小野氏は、既存の業務フローにAIを当てはめるだけでは不十分だと説く。

「我々の仕事のほとんどは、生成AIが登場する前に設計されたものです。例えるなら、自動車が発明されたのに、荷車で荷物を運ぶ前提で業務をしているようなもの。強力なエンジンが生まれたのなら、それを使うことを前提に全業務を再設計すべきです」(小野氏)

講演では、具体的な事例としてコールセンターにおけるAI活用が紹介された。オペレーターの研修に用いられる「AIロールプレイング」のデモンストレーションでは、AIが「海外出張を控えてカードの限度額が足りるか不安な顧客」を演じ、オペレーター役の社員と自然な対話を行っていた。AIは相手の発話内容に応じて、「継続的な増額がいい」「急いでいるのでSMSで結果を知りたい」といった具体的な要望をリアルタイムに生成し、終了後には「少し形式的になりすぎた」といった具体的なフィードバックまで行っていた。

さらに同氏は、クレーム対応時にオペレーターを支援する「AIコールセンター」構想についても紹介した。顧客の発話内容がリアルタイムでテキスト化・要約され、自社の商品設計や過去のやり取りを踏まえた応対の選択肢がオペレーターのPC画面に表示される仕組みだ。

「コールセンターの現場からは、クレーム対応などで頭が真っ白になってしまい、適切な案内ができなくなるという悩みを聞きます。そこで、お客さまとの通話内容をリアルタイムでテキスト化・要約し、『このケースではこの対応が最適』という選択肢を画面に提示する仕組みをつくっています。現場からは『それが実現できれば、本当に心穏やかに仕事に向き合える』という声が上がっています」(小野氏)

AIフレンドリーなドキュメント設計とガバナンス体制

CSAXの第3の柱である「AIフレンドリーな情報・システム設計」では、社内ドキュメントをAIが正確に読み取れるよう、約30のルールからなるガイドラインを策定した。

例えば注釈を付ける際、従来は「注1:当社が内製開発した生成AIサービス」のように対象の単語が省略されることが多かったが、新ルールでは「注1:SAISON ASSISTとは、当社が内製開発した生成AIサービス」と明記する。人間にとっての可読性を大きく損なわずに、AIの解釈精度を高める工夫だ。

  • ガイドラインの一例

    ガイドラインの一例

4つ目の柱である「ガバナンス」については、外部コンサルタントを入れ、AI活用状況の現場把握からAI指針・ポリシーの策定、ガバナンス体制構築、モニタリング、人材育成、運用プロセスの改善まで7つのステップで体制を整備。「内製を志向する我々ですが、ブレーキ役となるガバナンスにはあえて外部の目を入れている」と小野氏は語る。

  • AIガバナンス確立のための取り組み

    AIガバナンス確立のための取り組み

レガシーを知る情シスだからこそ、AI時代のアーキテクトになれる

講演の最後、小野氏は改めて、情シスが果たすべき貢献についてまとめた。AIの最新動向をキャッチアップし、自社に合ったユースケースをデモとして提示すること。そして何より重要なのが、既存システムとAIをつなぐ役割だ。

「『2025年の崖』と言われるように、レガシーシステムが足枷だと言われがちですが、既存のシステムやデータとつながらなければAIの真価は発揮できません。既存システムの仕様を熟知し、セキュリティや個人情報の取り扱いを理解している情シスだからこそ、AIと既存資産を安全かつ効果的に接続するアーキテクチャを描けるのです」(小野氏)

ボトムアップで上がってくる現場のアイデアに対し、適切なガードレールを設計すること。トップダウンの施策に対しては、全体最適のグランドデザインを描くこと。同氏は、これまでの「再現可能性・制御可能性」という価値を守りながら、AIという新たな武器を全社に実装していくことが、これからの情シスの本質的価値であると締めくくった。

「過去の取り組みを否定せず、リスペクトしたうえで、新しいやり方をインストールしていく」——。プログラマー出身でありながら、大企業の経営陣として組織変革をリードしてきた小野氏の言葉には、技術と人、そして過去と未来をつなぐ「情シス」という仕事への誇りが込められていた。