日本IBMは3月17日、来日したIBM Corporationソフトウェア担当シニア・バイス・プレジデント兼チーフ・コマーシャル・オフィサーのRob Thomas(ロブ・トーマス)氏を招き、AIの「第3フェーズ」と位置付けるエージェント戦略や日本市場の位置付けについて説明するラウンドテーブルを開催した。

  • IBM Corporationソフトウェア担当シニア・バイス・プレジデント兼チーフ・コマーシャル・オフィサーのRob Thomas(ロブ・トーマス)氏

    IBM Corporationソフトウェア担当シニア・バイス・プレジデント兼チーフ・コマーシャル・オフィサーのRob Thomas(ロブ・トーマス)氏

IBMが描くAI・ハイブリッドクラウド戦略とエンタープライズITの変化

まず、トーマス氏は「IBMは2020年に新たな戦略を打ち出しました。それはハイブリッドクラウドとAIに軸足を置くものです。戦略は大半の企業がテクノロジー基盤としてマルチクラウド、あるいはハイブリッドアーキテクチャを選択するだろうという私たちの信念にもとづいています。また、AIがビジネスにおける生産性向上の大きな原動力になるとも考えていました。そして今、その見立てが世界中で現実になりつつあります」と述べた。

こうした状況をふまえ、同氏はグローバルにおけるエンタープライズITの現状、予測について説明を始めた。同氏によると現在、企業が保有するデータのうち、基盤モデル(Foundation Model)やAIモデルで活用されているのは1%に過ぎず、これは従来のAI活用事例の多くが消費者向けだったためだという。今後、企業は自社の独自データを使い、ビジネスに特化した、固有性のあるAIモデルを構築していく流れが強まっていくと予測している。

また、マルチクラウドおよびハイブリッドクラウドのアーキテクチャは、もはやテクノロジーにおけるデフォルトになっているとのこと。同社では2026年半ばの提供開始予定で1月にAI対応主権管理ソフトウェア「IBM Sovereign Core」を発表。企業では最先端のテクノロジーを活用したい一方で、それを自国の主権の枠組みの中で運用したいというニーズが高まっている。これは将来的にも進展するトレンドとのことだ。

  • IBM Sovereign Coreのアーキテクチャー概要

    IBM Sovereign Coreのアーキテクチャー概要

さらに、今後3~4年間でAIを基盤とした新しいアプリケーションは10億個に達すると予測されており、これらすべてにコンテナ技術とハイブリッドアーキテクチャが必要になるため、同社ではRed Hatとともに戦略を進めている。

加えて、世界にはさまざまな種類のコンピューティングがあり、CPU、GPU、エッジコンピューティング、近い将来には量子コンピューティングも加わり、テクノロジー戦略は今後これらすべての計算基盤を考慮に入れる必要があるとのこと。

このほか、大半の企業がAIにおいてSLM(小規模言語モデル)、LLM(大規模言語モデル)、フロンティアモデル(GPT、Gemini、Claudeなど)のマルチモデル戦略を採用すると想定している。価値の源泉は、再び独自データに戻るため、自社専用のデータでSLMやLLMを構築できるかにかかっているという。

AIは「第3フェーズ」へ - エージェント時代の到来

そして、AIは「第3フェーズ」に入っており、第1フェーズはデータの時代で機械学習やデータサイエンスが中心、第2フェーズは生成AI、現在の第3フェーズは「エージェント」の時代と位置付けている。

トーマス氏は「エージェントとは、特定のタスクを実行したり、目標を与えたりするために設計されたAIの形態で、AI自身が目標を達成する方法を見出します。私たちは、AI、エージェント、そして自動化は極めて密接に関連していると考えています」と説く。

IBMでは、AIのプロバイダーになるためには、まず自社がAIをどのように展開しているかを示す「実例」である必要があると考えた。そこで、同社は2022年に米IBM CEOのArvind Krishna(アービンド・クリシュナ)氏による「世界で最も生産性の高い企業への変革」として「クライアント・ゼロ(Client Zero)」に取り組んだ。

これは、部門横断データをAIで分析して経営判断につなげる洞察や顧客体験、自社のIT・技術基盤のモダナイゼーション、従業員の生産性向上などでAIと自動化をフル活用し、生産性の向上を図った。トーマス氏は「AIの導入により、節減効果が約45億ドルに達しました。明確で測定可能なROI(Return On Investment:投資利益率)を得ています」と振り返る。

同氏はAIに関する最大の学びは主に2つあるという。1つ目は本質的に「文化」の課題であるということであり、AIの導入にはテクノロジーの使い方だけでなく、ビジネスの進め方やプロセスそのものの大きな変革が求められている。だからこそ、経営トップが主導する必要があり、AIはテクノロジーの変革である以上に文化の変革だという。

2つ目は、AIが1つの大規模ユースケースだけで完結することはほとんどないということ。IBMで実装してきたAIユースケースは155超であり、多くの企業でも標準的な姿になると推測している。

多数のユースケースを試し、その中でうまくいくもの、そうでないものがあることから、重要なのは反復と実験の文化を醸成することであり、複数の重点領域を定めて、その中で多様なユースケースを展開することで、AIは「今すぐに高いROI」を生み出せると提言している。

IBMのAIプラットフォーム戦略と「IBM Bob」の役割

トーマス氏はIBMが提供するプラットフォームについて「AIとハイブリッドクラウドのためのものであり、エンタープライズITにおける新しいスタック」と位置付けている。業務アプリケーションは、ソフトウェア開発生産性向上のための「IBM Bob」、エージェント管理の「watsonx Orchestrate」、コンサルティングのための「IBM Enterprise Advantage」を提供。

AI・データプラットフォームは「IBM watsonx」があり、リアルタイムデータのためのConfluentの買収を予定。また、HashiCorpとRed Hatによるハイブリッドクラウドおよび自動化プラットフォーム、メインフレーム、Powerサーバ、AIアクセラレータ半導体「IBM AIU」、そして量子コンピュータ「IBM Quantum」を含むインフラを提供。これらはすべて、IBM Sovereign Coreの一部として、主権環境で提供を可能としている。

この中でも、IBMが掲げる「仕様駆動型開発」を実現するIBM Bobはソフトウェア開発プロセスそのものを再定義する可能性がある。品質保証やプロフェッショナルなエンジニアのスキルはどのように変化していくのだろうか。

  • IBM Bobの特徴

    IBM Bobの特徴

同氏は「Bobは最適化エンジンで複数のAIモデルを使い分けます。Bobに指示を出すとタスクに最適なモデルを即座に選択し、性能とコストの両方を最適化します。これがBobの最大の特徴です。ソフトウェア開発においてコードを書く作業は、全体の20%程度に過ぎません。Bobはこの20%が得意です。残りの80%は保守、運用、アップグレード管理、セキュリティ脆弱性対応など、コード生成とは関係しない作業です。Bobはその一部を支援できますが、すべてではなく人間の役割は依然として非常に重要です」と指摘。

そのうえで、同氏は「AIでソフトウェア開発者は不要になるという話がありますが、私はまったくそうは思いません。むしろ逆だと考えています。これから10年で、ソフトウェア開発者やエンジニアの数は従来以上に増えるでしょう。というのも、AIツールを使って最も大きな効用・価値を引き出せるのは、結局のところ彼らだからです」との見解を示している。

AI導入に向けて組織が持つべき条件とは

日本では、2025年に「IBM AI Lab Japan」を立ち上げている。同氏は「これはIBMが過去20年以上で日本に対して行った、最大規模のソフトウェアR&D投資です。日本が世界において非常に重要な国だと考えており、R&Dへの投資や日本におけるイノベーション創出を進めたいと考えていました。その流れの一部は、Rapidus(ラピダス)とのパートナーシップに始まり、日本の半導体技術に対して投資を行いました。その後、量子コンピューティング分野でのパートナーシップが続き、日本への展開を進めてきました。そして今回のAIへの注力が、いわば第3の柱になります」と説明している。

では、AI導入を成功させるために必要な要素あるいは必須条件にはどのようなものがあるのだろうか。その点についてトーマス氏は最も重要な資質は好奇心だという。

AIは単に今やっていることを少し良くするためのものではないため、新しいアイデアやアプローチ、AI活用の可能性を探ろうとする意欲が重要であり、本質的には、ビジネスのオペレーティングモデルそのものを再考するために、創造性と好奇心を持てるかどうかが問われるという。

もう1つは積極性とリスクを取る姿勢だ。ある程度、テクノロジーについての理解の深さがあると「何が可能か」という直感が得られるようになり、好奇心にもつながるとのこと。

同氏は「一定レベルの技術的な深さを持っていることは重要。この点については、日本企業はとてもよく準備ができているとも思います。というのも、日本の多くの企業はエンジニアや技術系リーダーによって経営されているからです。これは非常に重要な強みだと考えています」と述べている。

ROIとKPIで見るAI導入 - IBMが重視する評価指標

ただ、AIを導入し、効率化が図れたとしてもROIは切っても切れない関係だ。どのようなKPIをもってして、顧客企業のビジネス成果を担保しているのかは気になるところ。

これらについては、いくつかのポイントを示している。同氏はAIの最大価値の1つは「実行スピード」であり、多くの企業ではプロセスが手作業中心で、あらゆるステップに多くの人が関与している。IBMではAIの大きな価値は「企業のオペレーションのスピード、つまり処理の速さを高められるかどうか」にあると考えているという。

  • ロブ・トーマス氏

    ロブ・トーマス氏

そのため、顧客とプロジェクトを進める際に、いくつかのKPIを設けている。まずはスピード向上となり、たとえば保険金請求処理、ローン審査、融資判断など、どのようなプロセスであれ、処理のスピードを向上できているかどうかは重要だ。

また、正確性も重要でありAIをチューニングして、適切な判断を行い、高い精度を実現できているかどうかが肝になる。100%の正確性は人間と同様にあり得ないが、正確性は重要な要素となっている。

さらに、コストについては技術的に軌道に乗っていてもAIのコストが高く、ROIが出ないプロジェクトも存在することから、顧客や事業に合理的なコストで提供できているかという視点を持つ。

そして、最も重要視しているものが顧客満足度だ。トーマス氏は「結果にお客さまが満足しているか、IBMと協業することでビジネス変革を実現できたか、これが最終的な評価指標になります」と説く。

企業データ活用が進まない理由 - 鍵を握る「信頼」とガバナンス

とはいえ、冒頭に同氏が触れたように現状ではエンタープライズデータの1%しか基盤モデルには反映されていない。この点について何が問題なのか尋ねてみると、最大の課題は「信頼」であると強調する。

企業では「これをパブリックなモデルに入れたら、データのコントロールを失うのではないか」「自社データの価値を失うのではないか」という不安があるため、自社の独自データを非常にセンシティブなもの、競争優位の源泉として捉えている。

IBMでは顧客とAIに関する協業を行う際には、AIモデルをオンプレミスに配置し、多くの場合はSLMを利用しており、顧客データを保護するという観点で高い信頼を得ているとのことだ。

トーマス氏は「AIには2つの世界があります。1つは消費者向けAI、私たちが個人として使う大規模モデルです。そして、もう1つはB2B、企業向けAIです。多くの企業は自社データを消費者向けの大規模・公開モデルに入れることは望んでいませんが、自社専用のモデルであれば受け入れやすいと感じています。そのため、1%という数字は非常に小さいですが、これは比較的早く変わると考えています」と力を込める。そして、これがIBMの戦略の中核だという。

IBMにはAIモデルにおいてデータがどのようにガバナンスされるのか、AIのアウトプットをどのように信頼できるのかを顧客に示すための機能として「watsonx.governance」を提供している。同氏は「AIにセーフガードとガバナンスを組み込むことで、企業は自社の独自データをAIに投入することに、自信を持てるようになります」との認識を示していた。