世界で力の理論が横行する今、日本の立ち位置をどう考えますか? 御手洗冨士夫・キヤノン会長兼社長CEOを直撃!

行き過ぎた自国第一主義の流れを断ち切るべき

 ─ 本題に入る前に、キヤノンは3月27日付けで、副社長の小川一登さんが社長COO(最高執行責任者)に昇格する人事を発表しました。社長交代を決めた理由は何ですか。

 御手洗 当社は今年から第7期目の中期経営計画を開始しましたが、小川副社長は、合計29年もの海外勤務経験があり、特にキヤノンUSA社長として豊かな実績を重ねてきました。

冨山和彦の【わたしの一冊】『社内政治の科学  経営学の研究成果』

 その優れたリーダーシップと幅広い国際経験に加え、清廉かつ公正な人柄は経営者として申し分なく、当社が次なる時代へ歩を進めるうえで欠くことのできない資質であると考えたわけです。

 ─ 改めて、キヤノンは海外の売上高比率が約79%を占めるグローバル企業になったわけですが、御手洗さんは国と企業の関係をどう考えますか。

 御手洗 国の存在なくして企業の反映はあり得ません。政治と経済というのは本来、切り離し得ない車の両輪のような関係です。トランプ大統領の振る舞いを見れば明らかなように、その言動は世界経済にまで影響を及ぼし、各国を翻弄しています。この事実こそ政治と経済が表裏一体だという証左でしょう。

 ─ 御手洗さんは30歳の時に米国に行かれて、それから23年間は米国で勤務しましたね。その御手洗さんから見て、トランプ政権による関税政策など、現在の米国をどのように捉えていますか。

 御手洗 かつて米国には、大統領はもちろん、国民一人ひとりの中にも揺るぎない倫理観がありました。キリスト教的価値観に根差した他者への献身、人を敬い慈しむ心、祖国への忠心、そうした精神が根底に根付いていました。

 ところが、率直に申し上げれば、今日では道徳的規範を欠く大統領を国民の半数が支持するという現実が存在します。この状況を見ると、わたしがいた頃の米国とは全く趣を異にしてしまったと痛感しますし、それゆえ深い懸念を抱いています。

 ─ しかし、もう半分の国民は倫理観を持っているということですね。

 御手洗 まさにその通りだと思います。しかしながら、現下の米国には、かつての伝統や精神を体現する指導者が台頭していないように見えます。とはいえ、やがて、新たなリーダーが現れ、徐々に米国は元の姿に戻っていくものと信じています。

 米国は、いま一度、現在の状況を冷静に考えてみるべきです。関税政策一つとっても、冷静に評価すれば最も深刻な影響を受けるのは米国民です。そのため、トランプ大統領は金利を下げて、ドル安を誘導し、世界中の企業を米国に誘致することで、自国産業の再興と繁栄を図ろうとしています。

 ─ それがトランプ氏の主張する「MAGA(Make America Great Again=米国を再び偉大に)」ということですね。

 御手洗 その通りです。しかしながら、米国は世界有数の輸入大国でもあります。おおよそ輸入額は4兆ドル規模、輸出額は3兆ドル規模とも言われ、米国は明確に輸入超過の構造を抱えている国です。ゆえに、ドルが下落すれば輸入コストは上昇し、さらに追加関税が重なれば米国企業にとって深刻な負担となります。

 製造業の国内回帰を唱えるにしても、例えば、トヨタ自動車はすでに、米国に複数の工場を建設し、多大な雇用を創出して米国社会に多大な貢献をしてきました。そうした事実をトランプ大統領には改めて認識していただく必要があると思います。そう考えれば、今年の中間選挙においても、トランプ大統領は現在の方針のままでは立ち行かなくなるのではないかと思います。

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